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board games.

3日くらい前に戻ります






「え、ホントに? アンタ弱すぎない?」


 ついさっき、目の前の人間からルールを教えられたばかりのボードゲームであっさり圧勝してしまった。アンドリースは呆れ顔で、駒代わりにしていた星砂璃をテーブルに置く。

 星砂璃──水属性を持たない者が簡単な水魔法を使う媒介として作られた、砂金のインクルージョンがきらめくガラス玉である。ちょっと大きな街なら、その辺の道具屋でも手に入る生活魔道具ではあるが、目立つので「王を逃がすゲーム(タフル)」のキングとして使っていた。ランヘデーヌから海峡を経て大陸へと伝わった、古い包囲ゲームだ。チェスの流行に伴い、内陸ではとうに廃れて等しい。


「だから言ったじゃないですか、弱いって」

「あんなに理路整然とルールを説明できる奴がホントに弱いなんて思わないだろ。それにしても弱いな。子供でも勝てるんじゃない?」

「ゲーム好きな子供たちの戦意は高いからね。普通に負けるだろうな、これは」


 窓際の文机を囲んで、ゲームに興じる少年たちを眺めていたグステンの言葉に、コーネリアスは思わず声を上げて笑った。子供のゲームに懸ける情熱は並々ならぬものだ。おっしゃる通りだと思う。


「何を隠そう、私もボードゲームの類は()()()()でね。でも、コーネリアス君には勝てるかもしれないな」

「えっ、グステン様も弱いんですか?」


 こんな深謀遠慮の塊みたいな人が、そんなことあるのだろうか。それこそ信じがたい話だ。びっくりしてその顔を見上げると、今度はアンドリースが声をあげて笑った。どうやら本当らしい。


「ご夫君様は余計なことを考えすぎなんですよ。ルールもなかなか憶えないし」

「雑念が多いんだよ。そこは気にしなくて大丈夫と言われても、つい気になってしまう。ルークやビショップは1ターンでこの距離を戻れます! とか言われてもね。輜重を置いて単騎突入した騎兵なんてただの旅行者じゃないか?」


 本当に雑念が多い。コーネリアスとは弱さの質がまた違いそうで、確かにいい勝負かもしれないと思った。「やってみますか?」と王騎代わりのガラス玉を差し出すと、そうだねえと顎を撫でながらグステンは向かいに腰を下ろす。

 ホルフェーン州、ロイデンの街の運河沿いの商人宿である。

 年明け早々、諜報部が調べ上げた結果をもとに、シュピーゲル家のあるエーラフガングの管理者に向けてグステンが出した思わせぶりな書状の返事が届いたのは、雪月も3週目に差しかかった頃のことだったそうだ。

 几帳面そうな文字で、


  ホルフェーン州代官・ザウスナ家当主 クラウディア3世・ザウスナ


 と記された書簡には、教会領の名において照会された〝教会法上の懸念〟について「しかるべき調査と聞き糺しを要すると認め、伯府とも協議ののち、直接の会談を設ける」と認められていた。グステンからの書状にはっきりとした罪状を書いたわけではないが、捨て置けないと判断して回答してきたところを見ると、それなりに内部調査が回ったのだろう。

 飛び抜けて悪質なのは、目に見える健康被害は出ない成長阻害の薬物投与だけれど、客観的に見ると「氷室に閉じ込める」だの「道中で馬車から下ろし置き去りにする」だのといったあからさまな犯行の方が耳目は集めそうである。貴族の身分をもってしても、およそ免罪できないカードが揃っている。


 側近として母から教育を受けているアンドリースにまず随行を任じてから、当主夫君は少しの間考えて、


 ──君もきた方がいいな。


 と、コーネリアスの目をまっすぐに見て言った。

 元はと言えば自家の揉め事でもあるし、自分が行かないという選択肢が念頭になかったコーネリアスは、まずその時点で面食らったものだった。そう伝えると彼は、眼鏡の奥の優しい目を細めて──被害当事者を聴取や交渉の場にわざわざ引き出さずに済ませることも多い、という教会法の慣習を教えてくれた。

 傷ついている自覚が今ひとつ持てずにいる「当事者」として、そんなものなのかとぼんやり思った。

 まだ──ほんの1週間ほど前のことだ。教えられたことを思い出しながら、コーネリアスは目についた駒をなんとなく前に進める。王に向かうでもなく、左右どちらかを埋めるでもなく、ただそこにあったから動かしましたという指し方である。


 この人本当に何も考えてないなあと、主人の代わりに暖炉の前の椅子に腰を下ろしたアンドリースは半ば感心している。闘争心のカケラもないこの男は、駒だろうがカードだろうが、とにかく順目しか出せない。ピケなら手持ちの役は端から宣言してしまうし、障害物双六(バックギャモン)ならひたすら安全なところにマスを進めることしかしない。

 相手を出し抜いて手を吐き出させようだとか、進路を妨害してやろうとか、そういう発想が一切ないのである。今の打ち手だって、「駒が横に並ぶときれいだから」という程度の虚無の一手にすぎない。たまたまそれが、一撃で敵陣深くまで切り込めるはずの(ルーク)という意味深な駒だっただけで。


「……塔なのにひとマスしか進まないなんてことがあるのか……?」


 頬杖をついて盤上を見つめながら、グステンは誰にともなくひとり言ちている。不可解以外の何物でもないという表情だ。

 気持ちはよく分かる。アンドリースも、当初はまったく同じような無駄な深読みに持ち時間を使ったので。椅子に深く座り直して、ホルフェーン代官からの書簡を開き直しながら、真顔で考え込む主人に同情の目を向ける。


 ──その人相手に真面目に考えたら負けですよ、ご夫君様。









board games./Yuat

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