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作戦会議

※うっすらではない





「それで、この槍を半分恒久的な祭具にできないかしら、というご相談なんですけれど……?」


 師のアイディアを名代として説明していたハリエットは、純粋魔法理論について瞬時に考えを巡らす天文台の面子の中で、キルスティンと名乗った宮廷天文学者だけが、壁にめり込みそうな勢いで頭を抱えていることに気がついた。訝しさに、自然と語尾が少し上がる。


「あの、キルスティン様……何か?」

『嘘だ……』


 問われた学者は心ここに在らずといった風情で、呆然と足元を見たままブツブツとひとり言ちている。『私の夢が……』とか聞こえた気がするけれど、いかに高精度な通信魔法の中といえども、さすがにうわ言レベルのつぶやきまで拾うのは難しい。

 もう少し可聴領域を広めようかしら。テーブルの上に置かれたきらびやかな銀鏡をしげしげと見つめ、ハリエットは鏡面に向けて再度手をかざした。銀製の上に貴石の装飾がついた鏡とくれば、媒介としては相当に強力なはずなのだけれど。


「気にしなくていいわよ。その子、ちょっと夢見がちで思い込みが激しいだけだから」

『その通りですご令嬢。この者の様子がおかしいのはいつものことですから、お気になさらず』

『ヒューゴに言われたくないわ!』


 魔女と兄弟子の散々な言い種に、さすがに我に返ったらしいキルスティンは、カッと目を見開いてこちらを振り向いた。つかつかと暖炉の脇の空席に歩み寄り、半ばやけっぱちのようにどっかと座り込む。


『私じゃなくても驚愕すると思いますけど!? 配置記憶で祭具の槍を動かして分火に使うとか、そんなことはどうだっていいんですよ! そんなん術式を多少いじれば普通にできるでしょ。それより、流星公が聖女様にうっすら迷惑がられる世界線が存在するんですか!? 私の愛読するオービニエの〝星の銀貨〟が……』

「おっ、厄介オタクだ」


 ふたたび頭を抱えてしまったキルスティンの供述を聞き、傍観を決め込んでいたリュドミラがボソッと失敬なことを言った。入出力をかなり調整してあるので、あちらに聞こえることはないだろうけど──ハリエットは親友に向け、一応「めっ」と目顔で釘を刺す。道化のような仕草で両手をあげたリュドミラは、黙って降参の意を示してみせた。反省してまーす。


「オービニエ?」

「リベルタの有名な劇作家。恋愛喜劇っていうの? 神話とかおとぎ話をベースにしたハッピーエンドの舞台をたくさん書いてる。戯曲が飛ぶように売れる神作家のひとり」


 友人たちが小声で交わす会話に、複雑な思いが過ぎる。〝星の銀貨〟は読んで字のごとく、リュベージュに伝わる星拾いの乙女伝説に絡めた聖女と王子の身分違いの恋の物語である。それこそ街の噂を面白おかしく書き立てたタブロイド紙を発端として──天才劇作家の筆により世に放たれた情熱的な恋愛劇は、かの国の首都で大々的に出版され、すぐに大陸中を席巻した。

 売れているのは知っていたが、寮の談話室にあるささやかな共有書架にまで並んでいた時は気絶しそうになった。恐ろしいので間違っても読もうと思ったことはない。まさか王立天文台(こんなところ)にまで読者がいたなんて!

 長年の聖務で鍛えた分厚い仮面をしっかりとかぶり直して、ハリエットはにこりとよそ行きの笑みを浮かべる。


「人の噂など無責任なもの。タリスカルの王女殿下にも失礼です。それほど娯楽として広まっているならばなおのこと、私が公子殿下をお迎えするわけにはまいりません」


 愉快な話ではないけれど、その無責任な噂の熱心な読者がいてくれたおかげで説得力は増したような気がする。250マイルを超えて会いに来たのなんだのと、この上面白おかしく盛られたらたまったものではない。


『表現は自由だがね』


 ヨナスのすぐ傍らに立って聞いていたヒューゴが、呆れたように肩をすくめた。


『そういった娯楽紙や戯作にも自由はある。それ自体は尊重しよう。しかし題材にされた当事者が否を突きつけているのだから、そこで子供のような駄々をこねるものではないだろう。──すまない、ハリエット嬢。当所の者が失礼を』


 さっきまで好きなように喋って世話を焼かれていた数学者が、今度は逆に妹弟子を嗜め、スマートに詫びてくるので笑ってしまった。否定も肯定もせず、鷹揚に謝罪を承ける。

 この天文台の人びとは──みなそれぞれに自由で、相応に責任を持ち、誰かの欠点を他の誰かが補うことで全体として機能している。集団がひとつの生命体を構成しているかのように有機的だ。誰も、ひとりで完璧になろうとはしていない。

 この空間がコーネリアスという人を育てたのだ。よく分かる。そう思えば、厄介オタクの多少の非礼くらいなんでもないことに思える。

 そうですか、と、喧騒に紛れて、不意にヨナスの呟きが聞こえた。香炉のすぐ前に座し、通信を受け持っているからこそ拾えたような、ほんの小さな声だった。──そうですか、お嬢様。あれはただの噂だったんですね。……






『まあ、うちの弟子の言う通り、その……槍か? 祭具に配置記憶の魔法を入れること自体は簡単だ。ルーンで制御するだけの簡単な術だからな。問題は、やっていいのかということだ』


 ことの成り行きを見守っていたオットフリートが、素朴な疑問を口にした。聖燭祭は言わずもがな、教会の伝統的な宗教儀式である。そこで使用する祭具に、純粋魔法の刻印を施すようなことが許されるのかという疑義は至極もっともなものだ。教会は純粋魔法を拒絶こそしないが、保守的な教義にはいまだに魔法使いを忌み嫌う傾向もある。


「あら、いいに決まってるじゃない。何のために私がいるのかという話だわ」


 自信たっぷりに請け合ったのは、ぐっすり眠ってしまった猫を膝に置く湖の魔女だ。つやつやの毛並みを撫でながら、悠然と笑う。


「領主様が私をお招きになった時は、そりゃあ教会も騒然としたものだったそうだけれど。私は魔法使いであると同時に、ティアーリアの錬金術師よ。錬金術を──蒸留や凝縮を手放して今日の教会事業が成立するというなら、やってみるといいわ」

「サベリア様が旗印に立ってくださるなら、少なくともわが領においては問題ないかと。ご心配痛み入ります」

『なるほどな』


 サベリアの大言をブリュンヒルデもあっさりと肯定した。

 錬金術は「塔」が主導する純粋魔法ともまた毛色が違う。異端として毛嫌いする会派もあるにはあったものの、錬金術の持つシンプルな技術の側面を、医療や感慨といった事業を抱える教会全体が拒否し続けることなどおよそ不可能だったのである。「教会領」が後継の教育のために大魔法使いを招いてから、今日までの軌跡を思い返したのだろう。オットフリートも納得したように頷いた。若干うんざりしたような顔で、小さくつけ加える。


『刺繍にしろ細工にしろ、誰の仕業かひと目で分かるような代物になるだろうしな……』

「なあにそれ。センスが抜群って言いたいの?」


 突っかかってくる魔女をじろりと睨めつけて、オットフリートはわざとらしく盛大なため息を吐いてみせた。常に年長者としての威厳を崩すことのない老人だが、さすがに齢が近い相手だからか、少し油断して見える。


「台長閣下、よろしいでしょうか」

『名前でいい。どうした?』


 ハリエットが少し勇気を振り絞って声をかけると、思いがけず穏やかな声が返された。

 末弟子を自領預かりにしたと、この師だけには書簡で伝えてあると母に聞いたことがる。もっと値踏みされるような厳しい眼差しを想像していた。少し肩の力が抜ける。

 どうした? の、尋き方がそっくりだと思う。何だか泣きたくなる。


「はい。聖槍に配置記憶を籠めることは簡単だと伺いましたが、机上の試案ではいくつか困難があるように思えるのです。お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

『うえっ』


 ハリエットにしてみたら、ごく当たり前の問を投げかけただけなのだけれど──面白そうな顔をする「塔の老人」が何か答えるより先に、キルスティンが潰れたカエルのようなうめき声をあげた。細い眼鏡の鉉を直しながら、怪異でも見たみたいに半歩後ずさる。


『度胸あるねこのお嬢さん。知らないよ、どうなっても』







作戦会議/うたたね歌菜

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