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突然、世界がひっくり返る

女子が4人(5人?)もいるとまあしゃべりまくるので収拾つかない!

女子会ターンが少し続きます






「え」


 うんざりした顔で頬杖をつく母に見守られながら、つい今朝方──またしても──特級(ワイバーン)便で届いたという手紙を読んでいたハリエットは、ゴーストでも見たように顔を引きつらせた。両脇で友人たちが心配そうに覗き込む中、手にした封書をぺいっとテーブルに投げ捨てる。


「分火使に来るって何!? アトラシアから!? えっえっお母様私無理です、絶対無理」

「えぇ!? 来るって言ってんの? 聖燭祭に!? もう今夜じゃん」

「いくら殿下でも、この距離を一日で越えるのは無理だと思うけど……」


 聖国のほとんど端と端に離れたアトラシアとヘーゼの距離は、直線距離でも優に250マイルを超える。転移魔法を含めたとしても、常識的な移動手段で踏破できる限界を超えているだろう。完全にドン引きして手を取り合うハリエットとリュドミラの隣で、カタリナが冷静に分析する。


「あら、そうでもないわよぉ」


 丸く磨いた爪にフッと息を吹きかけながら、窓際の長椅子に横座りした華やかな美女がくちばしを挟んだ。弦楽器のように張りのある、少し低めの艶やかな声だ。

 白いリネンのシュミーズドレスにボルドーのベルベットガウンを羽織り、腰周りをゆるく留めるサッシュにはち切れんばかりの()()()な胸が乗っかっている。デコルテが大きく開いたデザインといい、目のやり場に困るとしか言いようがない妖艶な美魔女である。

 素焼きの器のような滑らかな白い肌。ぽってりと厚い唇。綿毛のごとく長いまつ毛が気だるい緑青の瞳を縁どる。肩に少しかかる髪はファールゴールドのようなみずみずしい蜜色で、傾きかけた西陽を受け鼈甲のように輝いている。


 魔法使いサベリア・クレストーゼ──通称「湖の魔女」その人である。見たところブリュンヒルデより少し上くらいの脂の乗った年増女にしか見えないが、これで「塔の老人」と十も違わない最古参だというのだから、つくづく魔法使いとは不可思議な存在だ。


師匠(せんせい)……そうでもないってどういうこと?」

「攫われそうになったのに、忘れちゃったのかしらこの子。〝公爵家の友人〟よ」

「ひえっ」

「うーわ」


 神獣リヴィエルの存在を示唆され、互いの手をがっしり握っていたハリエットとリュドミラは思い思いに、貴族令嬢にあるまじき声をあげた。

 「星渡り」の異名を持つ翼ある馬の俊足は、時速にして40マイルとも言われている。転移魔法と組み合わせれば、聖国横断も充分射程に入ってくる。幼子の寝物語にも謳われるリヴィエルの逸話は市井でもよく知られていた。カタリナも思い当たる節があったのだろう、何とも言えない顔で黙り込んでしまう。


「子爵閣下? 難しい顔しておいでですけど、何か策はあるのかしら?」

「完全にノープランです。だからサベリア様に相談に来たの」


 頭の痛そうな顔で、こめかみを揉みほぐしながらブリュンヒルデは重々しく答えた。「そうねえ」と物憂い猫のように伸びをして、サベリアは高い背もたれにしなやかな肢体を預ける。

 煉瓦色のベルベットの長椅子は、父のインテリア趣味からインスピレーションを受けて、ハリエットが試作した回癒の椅子(カナペー)のプロトタイプだ。美意識の高い師に山ほど改善点を挙げられ、結果コーネリアスに渡したあの初号ができあがったので、なんだかんだ感謝はしている。直すの大変だったけど!


「相談に乗るのはいいけど──あれ? 婚約者くんは? いないの?」

「連れてくるわけないでしょ!」


 わざとらしくキョロキョロと辺りを見回す師を、背中の毛を逆立てるようにして、ハリエットはバッサリと撥ねつけた。あちらの家との「お話し合い」が済んでいないため、正確にはまだ婚約者ではないのだけれど──ひと月もしないうちに、母から「領内の誰もご学友なんて信じてないわよ」と言われるくらいの状況になった。反省はしていない。

 この破天荒な師匠には、絶対におもちゃにされるからなるべく接触させたくない……というもくろみはタールスライムの出現により頓挫したけれど、あれは衆人環視の前で引き合わせただけなのでノーカンとしたい。

 こんな密室で──内密の話をしに来たのだから密で当然だ──キャラの濃い女にばかり囲まれるような座組みに、あんな植栽みたいな人を絶対に巻き込めない。


「過保護」


 薬室長印の練り薬を指先に塗り込みながら、サベリアは切れ長の大きな目を半目にした。湖面に向けて大胆に開けた三連のアーチ窓を背に、木陰に横たわるヴィーナス像のような風情だ。


「10歳からあのジジイにこき使われてたんでしょお? 貴族のお嬢様に世話焼かれなくたって、ああいう子は女の園のあしらいくらい心得てるわよ」

「女子会に呼ばれるタイプっすよね」


 リュドミラの評を耳にした子爵閣下が思いきり噴き出した。静かに周囲の話を聞いていたカタリナも、口元を手で隠してあさっての方向を向いている。笑いを堪えているのだろう。


「過保護で何が悪いの? 婚約者を大事にして何の問題があるのかしら」


 ふん、と気にした風もなく胸を張って、ハリエットはかすかに湯気を立てるカップを傾けた。実もふたもない言い種と裏腹に、完璧な淑女の所作がかえってふてぶてしい。

 一瞬鼻白んだようにアーモンド型の目をぱちぱちさせて──珍しい表情だ──サベリアは大仰に肩をすくめて見せた。肘置きの陰でひっそりとぐろを巻いていた、毛足の長い白猫を両手で掴んで吊り上げる。


「別にないけどぉー。なーにこの子たくましくなっちゃって、遊び甲斐がないわぁ」

『人の子の成長は遅いけど、育つ時はあっという間よ。諦めなさい』


 くあ、と牙を剥き出しにして大欠伸した猫は、だらんとぶら下げられたまま利いた風な口をきいた。〝水銀(メルクリオ)〟と銘が入ったネームプレートを首元な揺らして、太いしっぽを箒のようにパタパタさせる。


「メル様! お久しぶりです」

『はいはいメル様ですよ。あたしのことは、あの男の子にちゃんと紹介して欲しかったわねえ。水車小屋の上にいたのに、あなた達全然気づかないんだもの』


 師から取り上げた灰白の猫を膝に乗せると、ハリエットはその顔をじっと見つめる。魔女の契約獣は空色の目を半月型にして、じとっと主人の弟子を見上げた。長いヒゲを不服そうに揺らす。


「えっ……先月の? メル様いらしたの?」


 それはもしかしてもしかしなくても、リラが張り切って上から下まであざといオフホワイトでまとめてくれた日のことだろうか。ぎょっとしたハリエットがおそるおそる尋ねると、秋の空のような澄んだメルクリオの目が、ぱちんと泡の弾け飛ぶように、主人と同じ緑青に変わる。

 浴室で反響する声のように、目の前の猫を通して、遠くから意地の悪い師の声が響いた。


「あの日は湖が全面凍結してたでしょ。氷が割れて嵌まってる子供がいないか、メルに()()()()()もらって見回りしてたのよ。見たわよお、人の研究所の分室でいちゃいちゃいちゃいちゃしてくれてたわねえ」


 顔から火が出るかと思った。







突然、世界がひっくり返る/世武裕子

メル様が話題にしているのは94話くらいの時のこと↓

https://ncode.syosetu.com/n7462km/94/

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