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必殺技論争および村同士の分断について 藤原

※偏見に満ち溢れています

 必殺技という言葉は気軽に使われるが、字面を改めてよく見てみると、「必ず殺す技」と、あんまり穏やかじゃない。言葉としての定義は「必ず効果があると期待される、とっておきのわざ」だそうで、必ずしも相手を殺す必要は無いようだ。

 必殺技といえば格闘技が連想される。私は趣味で格闘技をしている。私の格闘技遍歴は柔道を四年、ボクシングを一年、総合格闘技を二年、キックボクシングを三年と、合わせてみればなんだかんだで十年間は格闘技に親しんでいる。とはいえ大人になってからは試合に出るようなこともなく、運動不足解消の習慣として半ば幽霊会員化することもありながらゆるゆると続けている。

 この界隈の方には馴染みが無いと思うが、格闘技ジムに対して「なんか怖そう」と考える人も多いと思う。ジムにも拠るが、会員の大半を占めるのは私のように試合に出ることはなく、運動不足解消のためにサンドバッグやミット打ちをする一般会員。そこまでハードなことはしないし、痛いことも基本的にしない。

 そしてその他が試合出場をするアマチュアおよびプロ選手。ハードワークなうえに怪我も日常茶飯事。我々のような一般人と対比して彼らをガチ勢と呼ぶ。

一般人とガチ勢との間には非常に大きな認識上の分断がある。


 以前都内某所のバーでとあるガチ勢と親しくなった。ゴリラが直立歩行したような風体の彼は、大学レスリングで鳴らしたごりごりのトップレスラーで、二十六歳の現在も全日本選手権大会で準優勝し、天皇杯にも出場するほどの猛者だ。

フェアな客観的事実だが、数ある格闘技の中でもレスリングというのは特に過酷な競技である。その中でも大学レスリングの練習量と運動強度は全アマチュアスポーツの中でも屈指だ。若い怪力自慢がひたすら取っ組み合いをするので当然生傷が絶えない。

彼から聞いたドン引きエピソードがある。

「指とかよく折れるんですよ。でも折れた指を隣の指とテープでぐるぐる巻きにすると、一本の指になるから折れてないことになるんですよ」

骨折の痛みとかは我慢すればいいらしい。

これが格闘技のトップアスリートの認識であり、我々一般人との間のギャップの大きさがシンプルに伺えるいいエピソードだ。


 さて、我々一般人と格闘技ガチ勢との間の認識上の分断について例を上げたが、次に彼らと別勢力との思想的分断があることに最近気が付いたのでそちらも紹介したい。その別勢力とは武術クラスタ、通称武クラだ。

 武術クラスタとは、古流武術やジークンドー中国武術等スポーツ競技としての建て付けが無い戦闘技術愛好家たちの俗称だ。というよりはっきり言って格闘技サイドからの蔑称だ。

 格闘技ガチ勢は主にSNSで武クラを徹底的に見下しており、傍観者の私としては彼らの思想的分断が見ていて興味深い。武クラサイドのスタンスはおおよそ下記のようなものだ。

「我々は試合では使えないような技を練習している。使ったら下手すれば死ぬ」

 格闘技ガチ勢はここから「我々がやっているものはとても危険で、スポーツとは違うんだよ」という含意を読み取ってしまう。

 今回格闘技サイドを代表するレスラー氏の主張はこうだ。


『「決まれば大ダメージの凄い技!とてつもない技術!神業!」と、単一の動作を見てキャッキャしてる武クラがいるけど、そもそも技って全部そうじゃないですか。技って全部必殺技ですよ。おれが本気で投げたら基本人は死にますよ』


 ここで冒頭のキーワード必殺技が飛び出した。誰でも知っている必殺技とは、かめはめ波や波動拳等、漫画やゲームの架空技、多少格闘漫画に詳しければ『あしたのジョー』のクロスカウンターや『はじめの一歩』のデンプシー・ロール等が思い浮かぶはずだ。

 漫画を読んだ人であれば承知の通りだが、矢吹丈にしても幕之内一歩にしても、とてつもない犠牲と修行の果てにこれらの必殺技を体得している。言わば誰にも真似が出来ない奥義のようなものだ。

しかしレスラー氏の言によれば、


「必殺技なんてどんな雑魚でも持てるんですよ。努力もできない雑魚って必殺技が簡単に持てることすらわかんないんですよね。戦いって必殺技の差し合いのことなのに、持ち寄った必殺技をどう防いでどう当てるかの世界なんて彼らには思いもよらないでしょうね」


 とのことだった。

 私は格闘漫画で育った一般人なので、この視点は正直目から鱗だった。考えてみれば当然のことで、クロスカウンターにしろデンプシー・ロールにしろ、動き単体を取ってみれば難しくもなんとも無いので修得は容易だ。身も蓋もない話だが、どちらの技もフィジカル性能に優れた者がいい感じのタイミングで相手をぶん殴っているだけの話である。そのフィジカル性能とタイミングこそが競技者としての優劣という意見で、これはもっともだ。

 しかしそもそも武術は競技ではないし、ものによっては修行過程で刀や手裏剣まで出てくる。現代日本においては実践不可能という意味では、ある意味魔法と変わらないファンタジー技術だ。

 一方格闘技は合法的なリアルスポーツなので、言ってみればファンタジー作品の愛好家に「でも現実には魔法なんて無いじゃん」と無粋なつっこみをするのと同レベルの難癖だとも思う。

 もっとも武クラは武クラで格闘技へのマウンティングからは逃れられないようで、古くは雑誌書籍で、昨今ではYouTubeといった媒体で武術家による上から目線の格闘技論が横行しているのも事実。一概に一方的な因縁付けとも言い辛い。

 格闘技にしろ武術にしろ、どちらも極めて人口の少ない集落だ。そんな小さな村同士でもいがみ合ってしまうことにおかしみを感じてしまう。自分と利害関係の無い諍いを眺めているのは意外と面白いので、これからもこの無害な水掛け論が続くことを願っている。

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