15 聖女
【能無しのダンジョン】に入れずに帰って来た後で他のダンジョン(初めての場所)に行く気にはなれずに宿屋でダラダラと過ごした。
「おはよう。」朝になって食堂にはリグが居る。
「おはよう。今日はどうするの?」
「本当にどうしようか?昨日この町を見て回ったけど、本当に何も無いのな。」
「そりゃ、此処は王都から見たら旧道の方だからね。昔はもっと活気があって今みたいに町と言う名の村じゃなくて、しっかりとした町だったらしいよ。」
「異世界基準でもここって村なのか。」
「失礼な奴らだな。此処で暮らしている奴らも居るって言うのによ。」宿屋の親父が珍しくいる。しかも、話を聞いていたらしい。
「別に村暮らしが悪いなんて言って無いだろ。王都は近いしダンジョンの暴走の危険も少ないし良い所だろ。」リグってハムスター寄りの見た目なのに意外に攻撃的なんだよな。
「昔は【魔導国アイリス】と交易が活発でフラーヌ山脈を抜ける前に寄る町で賑わってたんだぞ。」
「何年前の話。」
「100年前って話だ。」
「オッサン生まれてないだろ。」思わず突っ込んでしまった。
「まあな。」何故勝ち誇る?
「なんで交易が減ったの?」リグがオッサンの話に付き合う気らしいので俺は黙って耳をそばだてる。俺は知らない人との会話にはストレスを感じるタイプなのだ。一人の時は頑張っていたけどリグとシアンのおかげで手抜きが出来る。
「フラーヌ山脈の向こうの領地が無くなったからだよ。」魔導国とやらに戦争で取られたって事か。
「そっか。それで交易が減ったんだ。」領地を取られたけど和平を結んだのかな?
「山越えて税を払ってじゃ交易するにしたって、コストが高すぎる。まあ、それでもこの町がやっていけるのは山越えが有るからだけどな。」
「言われてみれば道はしっかりしているね。」
「貴族の子供が【クジャタ学院】に入学されるのに合わせて行商人も一緒になって【アイリス】に行くからな。その時に混じって俺達も行くのさ。」
「もしかして、明日の買い付けって?」
「ランカンに聞いて無かったのか?明日は貴族様に混じって聖女様も行かれるんで数が多いぞ。俺達としちゃその分護衛が多いから安心だけどな。」話の流れ的にランカンって店のオッサンの事だろう。
「あんた、何サボってんだい。明日の準備は私達に押し付けて自分はノンビリ寛ぐつもりかい。」奥から宿屋のおかみさん(見た事は無い)らしき人の怒鳴り声が聞こえて来た。
「やべえ、やべえ。明日から頼むな。」そう言って居なくなった。
「何だったんだ?」
「さあ?」
結局その後に宿屋でうだうだと一日過ごして終わった。
「遅いじゃ無いか。これを早く収納して付いて来てくれ。」夜明け前に来たのに慌ただしいオッサンだ。
「シアン。収納を空にしたって言ってもこんなに入るの?」店の中に足の踏み場も無いくらいに物が置いて有る。
「大丈夫だよ。」そう言ってドンドン荷物が消えていく。俺の収納の感じからして大きめの木箱を2・3個で一杯になると思うのに、20~30は有りそうな勢いだ。
「俺と専属契約結ばないか?一緒に儲けようぜ。」
「それって俺もリグも要らないじゃん。」さすがに小さい女の子の紐になるのはちょっとな。
「兄貴がそういう事を気にする人だからシアンに好かれたんだよ。オッサンも分かってんだろ?魔族が自分を売る様な人間と一緒に行動する事が無い事くらいさ。」
「知ってるよ。でも、言うだけなら無料だろ。さあ、行くぞ置いて行かれたらどうにもならないからな。」そう言って一番に店を出て行くけど・・・カギは掛けなくて良いんだろうか?
教会の前の広場?空地に到着するとすでに大勢の人が集まっている。日も上ってないのに屋台まで出ているんだけど、夜通しやっていたのだろうか?
「こっちだ。はぐれない様に付いて来てくれ。」そう言ってオッサンはドンドン進んで行くけど、小さいシアンははぐれそうだ。
「ダーリン。」はぐれたら困るので手を繋ぐけど、少し顔を赤らめてキュッと握り返しながら上目遣いで見られる・・・イカン。これが吊り橋効果って奴なのか?俺まで緊張してきた。
「二人で見つめ合ってないでさっさと行くよ。兄貴もどれだけ初心なのさ、はぐれない様に手を繋いだだけでしょ。」
「そうだな。急ごう。」精一杯平静を装ったけれど上手くできただろうか?シアンと手は繋いでいるけれど、小さいシアンはこの人ごみで見失うと困るからであって他意は無い。無いはずだ。
シアンの歩幅に合わせて歩きながら急ぐ。難しいぞ普段俺はどうやって歩いていたんだろか?
屋台が並んでいて混んでいた通りを抜けると、旅支度の人達と馬車が開けた所に集まっていた。先に行っていたオッサンも他の商人に挨拶をしている様だ。
「俺達は此処で待って居れば良いのかな?」
「人ごみは抜けたけど、手は繋いだままで良いの?」気が付いて手を離す。シアンが名残惜しそうな表情をするので心が少し痛い。
「リグは全く余計な事を言うわ。」
「これはこれは、君はガストンじゃ無いかね。」身なりの良さそうな青年?がこっちに近づいて来る。
「サイゼリエール?」両目を見開いていつもの驚いた時に見せる表情をしている。
「ああ、やっぱりガストンだ。心配したんだよ。ただでさえ貧乏貴族なのにお兄さんがケガをして、資金不足の補填の為に売られたって聞いてね。」シアンの方を見るとシアンも?って顔してる。
「君に心配される覚えは無いけどね。」
「そうかい。そう言えば僕は婚約したんだよ。誰だと思う?」
「婚約はおめでとう。誰かなんて興味は無いな。」
「興味が無い訳無いだろう?ハミラを呼んで来てくれ。」いつの間にかに青年の後ろに居た人が馬車の一団の方に向かっていく。
「ハミラ・・・」
馬車の方から二人こっちの方に向って歩いて来る。
「リグ。」赤い長い髪をポニーテールにしていて、活発そうな感じの女の子だ。リグを見て表情から嬉しそうなのが分かる。
「そう。君の幼馴染のハミラだよ。僕達は婚約したんだ。」
「あなたが家を継ぐ資格を得たらって話でしょ。勝手にウソを吹聴しないで。」
「僕が家を継ぐのは確定事項だ。だから、事実上の婚約であってウソではないだろう。」凄い奴だ。俺ならあんな風に女子に言われたら、何も言えずに俯いてしまうところだ。まさに鋼メンタル。
「ダンジョンの浅い階層しか入った事が無いのに、それを言えるところが凄いと思うよ。」
「ガストン。僕は君と違って魔法の才能が有るんだ。学院でこの才能を開花させれば、ダンジョンの深層に潜るのも容易い事だよ。」リグとの間に火花が見える様だ。
「そんな事よりリグは大丈夫?お腹空かせてない?ケガはしてない?」赤い髪の女の子はもしかしてリグのお母さんだろうか?彼女なのかと思ったけど、お母さんって事にしておこう。その方が俺の精神衛生上好ましい。
「大丈夫だよ。絶対に僕が迎えに行くから待って居てね。」お母さんでは無い事で確定した。リグがあっち側の人間なのは分かっていたけど・・・少しへこむ。
「無駄だ。ハミラは僕の婚約者だって言っただろうが、お前が任期を開ける頃には俺の妻になっているんだよ。」どう育てるとこんな感じに育つんだろうか?ハミラちゃんが思い切り嫌そうな顔で睨んでいるのに・・・・
貴族の後ろに控えていた男が出て来て、耳元に口を近づけてヒソヒソ何かを言っている。何言っているかは聞こえないけど、他人の目の前で堂々とヒソヒソ話をするのは、彼らの頭が残念なのか?貴族とはそう言う物なのか?まあ、どっちでも良いけど。
「僕も忙しいんでね。失礼するよ。行くよ、ハミラ。」
「あなたに指示される覚えは無いわ。用が有るならさっさと行きなさいよ。」貴族は舌打ちして歩いて行った。
「で、あなた達がリグを買ったの?」
「へい。」当然話しかけられて変な感じになってしまった。
「リグが色々とお世話を掛けると思いますが、どうか無事に返してください。」簡単な現状報告が終わった。さっきの貴族に対する態度とイメージがだいぶ違う。
「二人はどういう関係なの?チューはしたの?」シアンが変なテンションになっている。
「僕達は領地が隣で弱小貴族だから交流が子供の時からあったんだ。兄貴どうしたの?」可愛い幼馴染設定は俺にはなんで付いて無かったんだ。差別だろ。こんなの差別だろ。
「なんでもない。続けてくれ。」俺も大人だ。何とか自分を抑える。
「それで、将来を誓い合う関係になったのよ。」両手の人差し指をチョンチョンさせながら赤い顔で言ってるハミラちゃん。見てるとドキドキしてくるぞ。
「あのボンボンは何なの?二人の恋路を邪魔するアイツは。」シアンは普段ののほほんとした声じゃ無く、声に怒りが籠っている気がする。
「伯爵の息子で、幼年学校でハミラが気に入られて、付きまとわれてるんだよ。想像は付くけど、どうして婚約になったの?」
「ダンジョンの管理の時に冒険者を募ったのよ。その時にサイゼリエール領のお抱えが手伝ってくれたのよ。その時は流れの冒険者って名乗ってたんだけどね。」
「それで友好の証にって事か。」何が友好なのか俺には分からないけど、シアンも分かるらしいので黙って置く。
「お父さんも私とリグの事を知っているから、条件を付けるまでは頑張ってくれたのよ。ホットモリアにはB級の冒険者の働きに見合うだけの対価が無いから。」
「フムフム。」みんな分かっているのに俺だけ分かってないのは恥ずかしいので(年長者だし)頷いておく。
「兄貴・・・分かって無いでしょ。」
「ほら。あれだろ。冒険者に払う金が無いから、ハミラちゃんと息子が結婚すれば家族みたいな感じでしょ。」言っていた事を急遽まとめてみました。
「ふふふ。」突然ハミラちゃんが笑い出した。
「リグが楽しくやってるのが分かって安心しました。これからもお願いしますね。」そう言って俺の手を握って来る。女の子の手って柔らけえ、俺も恋しそうだ。
「リグをお願いしますね。じゃあ。」そう言って頭を下げて行ってしまった。
ハミラちゃんが居なくなってすぐに聖女だ。聖女って聞こえて来た。
せっかくなので三人で見に行く。人混みが邪魔で見えないのでその辺に止めてあった馬車に乗ってみる。みんなやっているし大丈夫だろう。
聖女は右に騎士、左にシスターの間に挟まれて何か話をしている。
何だこれ?こっちの世界の女子は皆ルックスが良いので、別に飛びぬけた美少女って訳では無いが色気・フェロモン・オーラなんでも良いけど、何かが出ている。
強烈に引き付けられる何かを持っているらしい。他の人には神々しく感じるのかもしれないけど、俺にはたった一言、エロいとかし感想が出て来ない。
俺の本能があれは極上の女だって教えてくれる。俺の中で思って居た聖女って、神々しくてエロさから正反対の位置に居る存在だと思って居たんだけどな?
それとも俺の頭の中がピンクに染まっているだけなのだろうか?
「なんか聖女って凄いね。魔力の色が白いんだ。」聖女が豪華な馬車に乗り込んだので、馬車から降りてシアンの一言。
「どういう事?」あのフェロモンは俺には白くは見えないぞ。色で例えるとピンクだ。
「普通は魔力に色が付いてるの。例えばリグなら青だし、ダーリンならピンク。白い魔力って珍しいんだと思うよ。」ピンクって言われた時点でドキッとしてしまった。
「もしかして、あれって魔力を意図的に出していたって事?」
「リグは鋭いね。聖女様の魔力が凄いってのも有るんだろうけど、周囲に魔力を出して威圧していたんだよ。きっと。」
「あれって威圧なの?」俺には全くの逆効果だと思うんだけど?
「兄貴は何ともなかったの?僕には見えない壁がある様に感じたけど・・・兄貴はピンクだもんね。」リグの視線を追うと、俺の息子が・・・・すぐにずらして見えない様にしたが手遅れだったようだ。
「ダーリン。私は何時でもオッケーだよ。」シアンが恥じらうのであった。