14 能無しのダンジョン7
ツインラット俺達に向って走って来る。安全エリア(とうせんぼうエリア)の近くまで引き付けてから、剣を敵に向けて一気に走り出す。
俺が思い切り走り出したらあっちが止まって待ち構えている。犬みたいなもんか?追いかけると逃げるのに逃げると追いかけて来るみたいな。
せっかくなので待ち構えていた奴に勢いのまま突きを放つ。当然の様に避けられてしまったが、リグのパチンコが奴の弱点を捉えた。
もう一匹が突っ込もうとして来たけれど、走って来て勢いが有る訳じゃないせいで、動き出しが遅い。
「一匹で俺のボールが奪えると思うな。」華麗にチューチュータックルを躱すと、直後にシアンの魔法で倒れた。
「やっと危なげなく倒せたな。」みんなでハイタッチする。長かったネズミとの戦いに終止符が・・・
「俺ってただの囮じゃない?」
「盾から囮にランクアップだね。」
「なんか俺とリグって立場が逆な気がするんだけど。」俺が奴隷でリグが主人って感じがしてくる。
「そんな事無いわよ。ダーリンの代役なんてリグには出来無いもん。囮だって立派な役割よダーリン。」
「そ そうだね。」主人が囮になっている事が変だと思うんだけどな。
ネズミは走らせなければ、それほど強敵じゃ無かった。さすがに一人で倒す事は出来なくても、三人で協力して倒すなら全然問題無い。
そんな訳でネズミエリアの探索を開始した。
「あれ?もう次の階層に来た。」遠くで今までよりもだいぶ大きい影がこっちに向って歩いて来る。
ネズミは結構倒したけど、普段の10分の1も時間が掛かってない。
「どうした?」なんの反応も無いので後ろの二人を見る。
リグもシアンも俺の方を全く見ずに大きい影を見ている様だ。リグはいつもの驚いた顔がさらに青くなっている。シアンは膝を振るわして震えている。
これって駄目な奴だね。
俺は速攻で振り返って収納から【スライムの核】をありったけ取り出す。
「二人ともプランBだよ。手伝って。」俺達の少し前に【スライムの核】を投げていく。
「リグ。出口石を後ろに投げて。」シアンもリグも大きな影が気になるのか、動きが鈍い。俺に言われてノロノロと動き出す。俺は一度見た後は見てない。
リグの後ろに出口が出現すると
ズン ズン ズン と後ろのモンスターが走り出した音がする。
俺は後ろを見ない様にして、恐怖で動けなくなっている二人を抱えて出口に飛び込んだ。
出口を抜けると三人一緒に草原にダイブした。
二人を抱えて俺の家に戻ると・・・・他の冒険者が出入りして使っているんですけど、まあこれが俺のって決まっている訳では無いし・・・・まだ明るいので道の端で二人を休ませる。
「結局アイツはなんだったの?」少し落ち着いたのを待ってから聞いてみた。
「あれはジャイアントゴブリンだよ。中層でも下の方に出るって言われているモンスターで・・・・」
「もっとも人間にトラウマを刻み付けるモンスターって言われているの。」
「男は殺し女は犯すって奴?」まさにゴブリンの代名詞。
「なぶり殺しにするんだ。男も女も関係なくね。ワザと腕を潰して治るのを待ってから、反対の手を潰したりってね。飽きるまでいたぶってから殺すらしいよ。」
「ダンジョンの外でも魔物として出て来る事も有るから、見た目だけなら知っている人が多いの。それも一般的な冒険者じゃ束になっても勝てない位に強いのよ。」
「ダンジョンの外では獲物がいっぱいいるからなぶり殺しになる事は無いらしいけど・・・・」
「二人とも見た事が有ったのね。」躊躇いがちに首を縦に振った。
「まあ、もう少し休んでから町に戻ろう。」二人とも生きて戻って来れた事がイマイチ実感で出来ないのか?見るからに精神不安定状態だ。
結局町に着いたのは暗くなり始める直前だった。今日は風呂場も満員御礼で寛がすに早々出て来て宿屋の食堂に来た。
「お前らウサギ肉持って来たか?」前も売った宿屋の店主が俺達のテーブルに来た。
「有るけど、他から買ったんでしょ?」リグは不機嫌を隠そうとしない。俺には出来ない事だな。
「それがよ。冒険者同士で揉めたらしくて、領主様に報告が行っちまったんだよ。そのせいでギルドの方で管理する事になってよ、ダンジョンに入るのに予約制になっちまったから出物が少ないんだよ。」
「なるほどね。ギルド管理だから、肉は全部ギルドに治めさせるって形になったって事か。」
「そういうこった。時間の問題なのは始めから分かってたから、先に集めちまおうと思ったのに冒険者共が揉めるからサッパリだ。」
「僕達だって大兎の足を10本しか持ってないよ。それでも良ければ売るよ。中銅貨40枚で。」
「ぐ 分かった。それで譲ってくれ。」売買が成立したのでシアンが大兎の足を収納から出した。
リグが銅貨を受け取り、宿屋の親父が大兎の足を自分の収納に入れて戻って行った。
「そう言えばカニの足を集めてなかったっけ?」
「アイツじゃ無くて店の方に売ってみるつもりだよ。まあ期待はしていないけどね。」
「じゃあ、飯でも食べますか。」疲れていたのでさっさと飯を食って寝る事になった。
次の日の朝。
「そろそろシアンと一緒に寝るのも慣れた?」リグに朝一で言われた。ちなみにシアンはお寝坊さんなので、だいたい俺の方が先に起きる。まあ、リグが一番早いんだけどね。
「お前な、俺は何もして無いぞ。そもそも、シアンは可愛いけど女としてじゃないからな。」
「別に僕は慣れたか聞いたんだよ。別に手を出しても何とも思わないって、見た目を変える魔法って上位の魔法だったと思うし、まだまだ先になりそうだね。」
「前も思ったけど、その見た目を変えてってなんか酷くない?」俺の好みに成形して来い的な感じに思うんだけど。
「そうかな?実際人族でも化粧したり、魔法で自分をよく見せるなんて別に普通の事だよ。兄貴の世界の女ってそういう事しなかったの?」
「してたけど、変化の度合いがね。」
「女が好きな男の好みになろうとするのと、男が女の期待に応えようとするのって同じじゃ無いのかな?」
「そう言うものか。」確かに男が好きな女の為に自分を変えようとするのって変では無いよな。女も化粧したりして自分の見た目をよくするのも同じって言われればそうかとは思う。う~ん納得いくようないかないような。
「おはよう。」
「おはよう。そう言えば、ネズミエリアってなんで簡単に抜けたの?」シアンも起きて来たし話題を変える。
「普通にイキナリ抜け道に出ちゃっただけだよ。普段ならマップが有る程度埋まっているから、この先が次の階層だって分かるけど今回は分かるよりも前に抜けちゃっただけだよ。」
「事故みたいなものだったのか。」
「ダーリンもパニックだったらと思うと震えて来るよ。」
「無事に逃げれて良かったな。」
朝食が終わってギルドに来た。
「ギルドに人が居るのって初めて見た。」
「もう少し早く来るのが普通だけどね。ピークも過ぎたみたいだし、これから減っていくと思うよ。」
「ゴメンね。私がゆっくり寝てるから。」
「兄貴のスタイルだったら、昼過ぎまで寝てても全然良いでしょ。どうせ一度ダンジョンに入ったら数日は帰って来れないんだし。」
「普通は違うの?」
「兄貴は知らなくて良いよ。効率は今のままの方が良いしね。」モヤッとするけど、まあ良いか。
今回はお喋りラガーマンは居なくておばちゃんが居た。
「すみません魔石の換金をお願いします。」
「はいよ。」そう言って、前も入れた壺をこっちに押し出して来たので、魔石をドンドン入れていく。
「ネネさん。私達のパーティー登録して欲しいんだけど。」
「あら。シアンじゃ無いの。風呂の受付は止めたって聞いてたけど、能無しのパーティーに入ったんだね。伝説みたいじゃないかい。そのまま魔石を入れたら待ってておくれ。おいでシアン、あっちで登録するから。」そう言ってシアンを連れて行ってしまった。
「伝説って何?」玉を入れながらリグに聞いてみる。
「能無しの英雄って魔族の女をパーティーに入れてたんだよ。まあ、魔族って魔力が強いから誘われるだろうけど、恋しないと仲間にならないって言うからね。」
「あの見た目の女の子を危険なダンジョンに付き合わせるのって罪悪感が凄いぞ。俺は。」小学生の女子を工事現場で働かせている気分だ。
「兄貴がそういう人間だから好きになったんだろうね。普通の冒険者は一緒にダンジョンに入るのを期待して誘うんだしね。」俺はこっちの冒険者と価値観が合わないと思う。リグですら少し罪悪感が有ると言うのに。
「登録の無いパーティーに使命依頼が有ったけど、あんた達だったんだね。内容はシアンに言って有るから聞いとくれ。」
それから魔石のお金を受け取ってギルドを出た。
「リグ宜しく。」そう言ってリグにギルドで受け取った金の入った革袋をリグに渡す。
「確かに。今回はツインラットで稼げたみたいだね。中銅貨50枚って結構稼いでるよね。」話をしながらギルドの道向こうの店に向かう。当然、使命依頼はその店から来ている。
「おお。来たか。いつまでも連絡が来ねえから今回はダメかと思ったぞ。」
「依頼は荷運びで良いんだよね?護衛じゃないね。」交渉はリグ任せである。
「おお。嬢ちゃんの収納を使わせて貰うだけで良い。明後日の日の出前にここに来てくれれば良い。そこからは目的地まで10日間を馬車で揺られて、あっちで3日間滞在して帰って来るだけよ、簡単だろ。」
「簡単かどうかよりも報酬は?」
「大銅貨10枚でどうだ。」
「往復で13日に準備も入れて14日だよ。大銅貨で14枚なら受けるよ。」
「分かった14枚な。前金で4枚は今渡すぞ。明後日の朝に5枚、帰った時に残りの5枚渡すって事で良いか?」
「今5枚で、最後に4枚で宜しく。」
「仕方ねえな。これで商談成立だな。」店のオッサンとリグが握手する。
「出来るだけ収納の荷物を整理してきてくれよ。」そう言われながら店を後にした。
「なんで買い物はしなかったんだ?」
「どうせ荷運びで会うんだし、荷運びって色々な商人と合同で移動するでしょ。その時に色々な商人を相手に買い物した方が良いでしょ。安くもなるし、選択肢も増えるしね。」
「なるほど。」
そんな話をしながら武器屋に来た。
「ほら洗濯上がってるぞ。」そう言って五リラ似の武器屋が3人分の服を出して来る。
「今日は兄貴にもイザと言う時の防具が欲しいんだけど、何か良いのを考えてくれない?」リグが突然言い出した。事前に何も言って無かったので、洗濯物を受け取って帰りだと思ってた。
「まだ必要無いだろ。」ゴリラは前回同様の反応だ。
「ツインラットと戦った時にかなり吹っ飛ばされてたからさ、今後の事を考えると保険は必要だともうんだ。」
「ツインラット。倒せるのか?」三人で頷いてしまった。なんで恥ずかしいんだ?ただ揃って頷いただけなのに。
「確かに中層に入ってもおかしくねえな。保険て事ならコイツだな。」なんか金属製の腕時計みたいなのを出して来た。時計の部分は丸い500円玉くらいの鉄の板がついている。
「なにこれ。」受け取って付けてみる。仕組みも腕時計と変わらないし、防具には見えない。
「そいつはマジックシールドってアイテムだ。魔力をそいつに流すと流した魔力に合わせた魔力の盾が出来る。」言われたままに意識を集中すると透明の盾が出来た。透明なガラスの鍋の蓋を付けている感じだ。
「あまり丈夫じゃねえからすぐに壊れるが、保険って意味ならこれ以上の物はねえ。欠点としてはすぐ壊れる事と他の装備品と違って防具の効果が盾の範囲しか無いってこったな。」
「ん?他の装備は違うってどういう事?」
「知らねえのか?装備ってのは上半身裸でも頭に被っているのと下半身の装備がダメージを軽減してくれているんだぞ。防具を作るスキルを持っている奴が作った物に限るがな。」
「だけど、この盾は当たった物にしか有効じゃないって事ね。」異世界アルアルだから放置で良いだろう。きっと・・・
「そん代わり、防ぐ能力は高えぞ。ジャイアントゴブリンの攻撃だって数回なら止められる。」
「そして壊れると。いくらなの。」我がパーティーのお母さんリグはやはり値段が気になる様です。
「大銅貨で5枚だ。」リグが険しい顔でゴリラと無言で数分睨み合った後で支払った。
「これで終わったけどやる事は終わったけど、どうする?」
「一回コイツを使ってみたいし、ダンジョンに行ってみるか。」
「さすがだね。」何がさすがなのか分からないけど、【能無しのダンジョン】に向かう。
ダンジョン手前の俺の家に複数の人が居る。
「あ。そう言えば、予約制になったんだ。兄貴ゴメンうっかりしてた。」
「リグのせいじゃ無いよ、私達も一緒に聞いてたもん。冒険者で揉めてギルドで管理する事になったって。」
「これから此処のダンジョンに入には予約しないとダメって事?」二人が頷く。
「此処のダンジョンはもう良いね。」予約してまでダンジョンに入りたい気持ちは俺には無い。
他にいくらでも有るみたいだし、こっちの世界に来てほとんどの時間を過ごしたダンジョンだけど、二度と入る事は無いと思う。少しだけ寂しい気持ちは有るけれど、心の中でダンジョンに別れを告げた。