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第2話 元勇者の実力

「新山千、元勇者の売れっ子作家だよ」


 新山千、小説を書いていてその名前を知らない人間はいないであろう超売れっ子作家。ライトノベルから純文学、ホラーまで何を書いてもベストセラーの現代の文豪。


 ただそれを真に受けるほど俺の頭はお花畑ではない。しかも元勇者ってなんだ、頭のおかしいやつが隣に越してきたことにテンションは下がっていく。


 「新山千ほどの大物がこんなアパートに住むわけないでしょ、てかお姉さんいつ引っ越してきたんですか物音まったくしなかったですけど…」


 元勇者とかいう戯言はスルーして質問を投げかける、頭のおかしいやつを題材にした話を書くときに参考にさせてもらおう。


 「そんなことか、君も作家ならこの状況をプラスに捉えないと、だから売れないんじゃない?」


 なんだこの女、初対面なのに失礼すぎるぞ。しかもなんでそんなこと知っているんだ、もしかして本当に勇者の能力的なやつで頭の中を覗かれたのか?


 「な、なんで俺が作家なことを知っているんですか…」


 質問を続けると今度はニヤリと笑いながら答える自称新山千。


 「さっきデカい声で言ってたじゃないか、売れないラノベ作家が住んでる家なんて~って」

 「あっ…」


 あまりにも恥ずかしい、穴があったら入りたいっていうのはこんな時のためにある言葉なんだろう。なにが頭の中を覗かれただ、思いっきり自滅じゃないか。


 「思い出した?能力を使うまでもなく丸聞こえだよ」


 俺の恥ずかしさを吹き飛ばすように意味不明なことを言い出す。


 「はぁ…能力ってなんなんですか、元勇者とかラノベじゃないんだから」

 「本当に勇者なら何が出来るっていうんですか!!」


 少々きつい言い方になってしまったがまともに付き合うよりマシだ。恥ずかしさもあるしさっさと部屋に戻りたい。


 「なんでもだよ」

 「なんでも~?チート系小説の主人公ですらできないことはあるんだよ、新山千なら知ってるはずですよね」


 腐っても小説家だ、今の発言は見逃せない。


 「少しは作家らしくなってきたじゃないか」


 喋り方から話す内容まで全てが癪に障る女だ。


 「信じてないようだから私の力のほんの一部を見せてあげよう、そうだな…君の腕を銃にしようか」


 きっとこの人には友達がいないのだろう、構ってほしくて適当なことを言いまくっているんだ。ちょっと付き合ってあげれば大人しく部屋に戻るだろう。


 「じゃあ早くやってくださーい」

 「そうこなくっちゃ!それ」


 彼女の掛け声に一瞬身構えてしまったが体に変わったところはない、さっさと退散させてもらおう。


 「…?もう満足しました?俺戻りますよ」

 「ちゃんと腕を見て見なよ」

 「はぁ…え…?」


 しょうがなく目線を外から腕に移すと本当に両腕が銃になっていた、しかもデカめのスナイパーライフルに。


 「いや…は?なに!!どうなってんのこれ!!!」

 「アハハ!そのリアクションを最初からしてくれれば良かったのに、あ、タバコはもったいないからもらっておくね」


 腕を叩いて大笑いする彼女の手にはさっきまで俺が吸ってたタバコがしっかりと握られていた。


 「スゥー…ちなみにそれ弾出るけど撃ってみたい?」


 「いや…そりゃ撃ちたいけど…」


 ここまでくればやけくそだ、なにがなんだか分からないけど乗ってやる。


 「じゃあ心の中で撃てって念じてごらん」


 俺は言われたとおりに念じてみた。


 「(撃て…!!)」


 ――ドバーン――

 発射されたのは銃の弾なんかではない、とてつもなく大きいエネルギー弾のようなものが打ち出さた。

 ベランダから見えるはずの山などは大きく削れその先には海が見えた、その光景に本日二度目の尻もちをつく。


 「こ、こ…な…」


 どうなってるのか尋ねているつもりが口が思うように動かない。


 「ぷっ…アハハハハハ、あー面白い」


 さっき以上の爆笑するその姿は勇者なんかではなく悪魔に見えた。


 「あっ、治さないとね」


 顔から笑みが消える前に呟くと、彼女はパチンと指を鳴らす。


 「ほら、元通り」


 彼女から視線を外し前を向くと俺が撃つ前のいつもの風景が帰ってきていた。それでも俺の腕は銃のままでズシリとくる反動が体に響いている。

 起こった現実を脳が処理をできていないのに怪しい女は一人でペラペラと話し続ける。


 「これで勇者ってことは証明できたね、次は新山千の証拠か…」

 「ま、待って、さっきなんでも出来るって言ってたけどこれがあんたの能力なんだろ!普通能力は一人一つってもんでしょ」

 「この能力で勇者なわけがないだろ!」


 自分でも何を言っているのか分からない、聞くべきところはそこじゃないのは明白、これは夢かもしれない、それでもここで他の能力を見て小説に活かしたい。心の中に少し残っていた作家魂が醜く足掻く。


 「勇者らしいことしてくださいよ!」

 「その勇者らしいという抽象的なイメージが君の創作の幅を狭めているんだよ、そうだね、先輩作家として少し授業をしてあげよう」


 大きな声で啖呵を切ったというのにはぐらかされるのはなんとなく恥ずかしい、会話のキャッチボールになっていない、キャッチボールだというのにカーブやスライダーを投げてくるタイプ、あぁ分かったこの人とは馬が合わないんだ。

 俺が我に返っている間もペラペラと何かを話している、その姿を見れば興奮もすっかり収まってしまった。


 「一応聞いておきますけど俺の勇者象がなんで創作と関係あるんですか」

 「ここまで言って分からないとは絶望的だね…」


 呆れ顔にため息交じりに言い放つ、こいつが男だったらグーで顔を殴ってしまうほどのウザさだ。

 「君の思う勇者とはなんだい?」


 「え、伝説の剣を引き抜いたり、派手な攻撃魔法を使ったり、時空を超えたりみたいな…」


 急に真面目な顔で質問してくるもんだからついまともに答えてしまう、俺の答えを聞くとさっきと全く同じリアクションを取られた。


 「はぁ…そんな力は勇者のおまけにすぎないんだよ」

 「勇者というのは悪に立ち向かい人々を救う存在」

 「その精神性があれば能力はなんだっていい、犬の糞を手のひらから生成する力でもいいんだよ」

 「まぁ私のようになんでもできる勇者もいるがな、大事なのは中身なのだよ」


 犬の糞の件はよく分からないが、それ以外の部分は理解できた。これまでの俺の小説は流行りに乗っかっただけのチート勇者が無双するだけの平凡な話、外側をなぞっただけの本質を捉えることのできてない駄作だったのだ。


 今なら超大作が作れる気がする、早く書きたい、こんな気持ちになったのはいつぶりだろう。


 「あの、ありがとうございます。俺、勘違いしていました、今ならいいのが書けると思います!お姉さんはある意味俺の勇者です!!では…」


 感謝を伝え部屋に戻ろうとした俺をお姉さんが引き留める。


 「待て、勇者らしいことしてと言ってたな、見せてあげる」

 「えっと、さっきのは俺も興奮してたので…もう大丈夫ですよ…?」


 ぶっちゃけめんどくさいのだ、この人が本当に勇者で本物の新山千だろうがなんだっていい、さっさと部屋に戻って執筆したい、そう思った瞬間に彼女の表情に怒りが滲み出てきた。


 「今、めんどくさいって思ったね…私が本物の勇者で本物の新山千ってことを証明しよう、見てて」


 そう言うと、特に詠唱をしたわけでも手をかざしたりしたわけではないのに炎と水の竜巻、10メートルはありそうな土で出来たゴーレム、更に家の周りは木々で覆われ森と化していた。


 「これが君の言うところの派手な攻撃魔法だろ?」

 「そ…そうです…」


 想像以上の規模間の魔法にテンションを上げたかったが辺り一帯が魔法の影響でメチャクチャになり、 地獄のような風景になっているため素直に喜ぶことが出来ない。やはりこの人には勇者より魔王や悪魔の方が似合っている。


 「もうわかりましたからやめてください!あなたは本物の勇者ですよ~!!」

 「分かればいい」


 満足気な顔で指パッチンをすると再度何事もなかったかのように辺りは元通りになる。この規模の魔法を発動するには複雑な詠唱をするのがお決まりなのに、この人はいともたやすく必殺技級の魔法を使ってしまった。この様子だと何でもできるというのは本当なんだろう、こんなのと戦った魔王に少し同情してしまう。


 「今度こそ新山千の証明だ」


 俺を置いてきぼりにして会話を進める。


 「君も作家なら当然私のSNSはフォローしているだろ?」


 もちろんフォローしている、なんなら通知までONにしているがこの言い方は少々気に食わないな…


 「君の言葉をそのまま投稿してあげよう、ほら何とか言ってみな」

 「え、じゃあ…オレンジジュースを飲みましたとか…?」

 「つまらんな…」

 「どうでもいいでしょう!?!?」


 やっぱり腹が立つ、この人が一般人だったら即会話を打ち切るレベルで腹が立つ。

 「よし、確認しろ」


 ブーっと音を鳴らしたスマホに目を向けると「オレンジジュースを飲みました」と投稿された通知が目に入る、なんとなくわかってはいたがこの人が新山千本人なのか、現代作家のトップを走り続ける人がこの残念な性格と確定してしまい少し悲しくもある。


 「本物なんですね…」

 「失礼なことを考えているのも当然お見通しだ」

 「げっ…」

 「改めて自己紹介だ、元勇者の売れっ子作家新山千だ、君は?」

 「売れないラノベ作家の九重龍です…」


 口に出すと肩書の落差が激しすぎる、属性が盛られすぎだろ。


 「ここは数ある家の一つでね、たまに顔を合わせることになるだろう、その時はよろしく頼むよ」


 流石売れっ子だ、タワマンの最上階の部屋とかもあるんだろうな。俺もいつかはそのレベルになりたい、そのために執筆を頑張らないとな、久しぶりに上昇したモチベーションを逃したくはない。


 「わかりました!こちらこそよろしくお願いします」


 「待て待て、目の前にこの私がいて教えを乞うこともしないのか?それではいつまでも売れないままだぞ」


 部屋に戻るのをまたしても止められる、この人やっぱりかまってちゃんなんじゃないか?


 「それもそうですね…」


 一呼吸置き真剣な顔でお願いしてみる。


 「俺に師匠になってください!」

 「断る!!!」


 よしこいつは絶対に殺す。

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