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第3話 前世からの親友・江口達代

 池端悠が前世の記憶を取り戻したのはまだ小学校に入学する前のことだ。池端家は当時西伊豆に住んでいて、自宅のそばで海をずっと見ていたら、突然頭の中が書き換えられる感覚に襲われた。その世界でも常に海のそばで生活していたことが関係しているのは明らかだった。


(…………)


 幼い悠はそれを誰にも言わなかった。特に父と母、それに妹には絶対に知られてはならないと思った。家族を困惑させるのが嫌だったからだ。優しい両親は話せば信じてくれるだろうが、そのせいでいろんな悩みを抱えることになるだろうとわかっていたので黙っていた。


 小学生になってから驚いたのは、同級生や上級生の半分以上から『独特のオーラ』を感じたことだ。強い光を発する者に近づいてみると、かつて共に戦った仲間、もしくは敵対していた魔族であることがわかった。誰も前世の記憶を持ってはいないようだが、自分と同じように黙っているだけかもしれない。その者たちとは深く関わらないようにした。



「……寝る前にアニメを見たせいかも。でもまるで違うお話があんなにはっきりと、夢ってこんなに残ってるものかな?」


「あまり気にしなくてもいいんじゃないかな。もしかしたら君は作家の才能があるのかも。試しに書いてみたら?」


 悠だけが見える、前世の記憶を持つかその可能性を秘めた人間のしるし。そのオーラがとても弱い同級生がいて、悩みがあるのかと尋ねてみると、前世を思い出しかけていた。それなのに他の者たちに比べ小さな光しかなかったのは、悠とは違う時代と世界からの人間だったからだと話を聞いて理解した。悠は異世界、その少女はこの世界の百年前程度前に生きた記憶を持っていた。


 気配の大きさは自分との関係の深さを表していて、記憶をどれだけ取り戻しているかは光の色で見分けられる。これを知っていれば注意すべき存在がはっきりわかる。家族で東京に移住してから危険人物はかなり減ったが、それでもある程度はいる。西伊豆にいたときよりは安全でも油断は禁物だった。



 しかし17歳となった現在の悠ならまだしも、小学生にずっと重大な事実を隠して生きろというのは酷だった。同じ世界で生きた誰かに話して少しでも楽になりたい……その自然な気持ちに一度だけ屈した。ほんとうにその一度きりだ。


「実は………」


「おお!やはり………そうだとは思っていたが!」


 その失敗を悠は今でも後悔している。ただし、その相手も悠と同じ考えの持ち主なのは幸運だった。前世の仲間を集めるべきではない、前回の生涯に縛られない生き方をしようと誓い合い、二人だけの秘密とした。完璧に記憶がある者同士だが、その思い出話もやめようと決めた。






「ああっ……見て!王子様が二人揃って……」


「朝から最高!今日はいいことありそうだわ!」


 悠と並んで歩き、共に女子生徒からの注目を集めるのは『江口(えぐち) 達代(たつよ)』。悠とは違いスレンダーな美しさを誇り、顔つきは悠よりも中性的だった。この学校は共学なのだが、二人がこれだけ人気者では男子生徒たちはやってられない。しかしどう贔屓目に見ても完敗なので諦めるしかなかった。


「相変わらず凄いな、悠は。裏でいくつもファンクラブがあるかもって噂だ」


「何言ってるんだ。彼女たちは全員女子野球部のエースで4番、江口達代の追っかけだろ」


 達代は野球部の中心選手で、練習時間にはいつも黄色い声援が飛んでいた。



「プロから誘いは来ないのか?」


「スカウトが来るわけない、こんな弱小校に。今年の夏も目指せ1勝ってレベルなんだから」


「いやいや、わからないだろ。いま野球界で日本一と言われてる選手だって高校のときは無名、しかも私たちと同じ都立の中でも弱いチームの出身だったらしいしな」


 小学二年のときに悠が転校してきてからの仲だ。軽い冗談を気兼ねなく言い合える。そして周囲に誰もいなくなると本題に入って情報交換をする、これがいつものやり取りだった。


「……順調だ。誰も私たちの秘密に気がつかないし、迫ろうともしない。ただし引き続きあの数人には要注意だ」


「やれやれ。気は抜けないままか。彼女たちに余計なヒントを与えないためにも、校内ではこれまで通りに接するか」


 二人の前世は世界最大の王国で活躍した兵士だった。悠と達代が常に行動を共にすれば、周りにいる同じ時を生きた者たちの記憶を呼び覚ますことに繋がるかもしれない。困難な事態が起きたときのために同じ学校にいるが、部活やクラスは違う。それがちょうどいい距離感だ。



「野球は高校で終わりだ。特に何をやりたいというものも今のところないし、とりあえず勉強していい大学に入っておけばなんとかなる。悠はどうするつもりだ?予想部の活動が今後に役立つのか?」


「そうだな……役立つとすればスポーツ新聞の記者かな。野球やプロレス、競馬で仕事ができるとすればその道しかないな。変な記事しか書いていないような連中でも有名大学卒のエリートだったりするから、私もちゃんと勉強しないと……」


 進学や就職に一切役立たないと思われる予想部でも、知識を得ておくのは無駄ではない。好きなことを仕事にするのはよくないという声もあるが、関心がなくつまらないものと毎日向き合うよりはいいと悠は考えている。


 前世の悠はそうではなかった。王国の兵士になったのは金を稼ぐのが第一で、魔物から国を守る、人類のために戦うといった思いはしばらくしてから芽生えたものだった。使命に目覚めた後も趣味を大事にして、自分の船を造ったり作曲して演奏したりして遊んでいた。



「私はもっと直接的に予想で生きていく!競馬新聞だの予想会社だの、結局サラリーマンじゃねーか」


「なんだ石山、いたのか。いつから?」


「ちょうど今だよ。あらゆるギャンブルで最強の予想屋になって大富豪、その夢を叶えてやる。動画配信とかで食っていくのも悪くないけど、とにかく働きたくねーんだよ」


 いきなり現れた邦恵は悠と達代の真ん中に無理やり座った。二人の空間に割り込んだ形だ。


「労働せずに大金持ちか、借金取りに追われて行方不明か……君の目指す道は結末が極端だな」


「それでこそギャンブラーだろ?お前らみたいにせっかくの才能と美貌を腐らせるやつもいれば、何も持ってないところから大逆転を決めてみせるやつもいるってことだ」


 達代と邦恵は直接の関わりはない。考え方や得意分野など全てが正反対で、悠の友人という接点がなければ会話をすることもなかっただろう。



(……こいつは池端と小学校のときからの仲らしいが、今は私のほうが一緒にいる時間が長い。どう見積もっても倍以上はある。とっくに逆転してるだろ、楽勝だな!)


(悠が真に心を許し頼りにしているのは私だ。この秘密を共有する数少ない仲間……その事実だけで私は優位に立っている、石山ごときに悠を奪われることはない)


 そんな二人の共通点は、悠に友情以上の思いを抱いていることだ。口には出していないが、相手も悠を狙うライバルであるのも互いにわかっている。最終的に自分が勝つと確信しているところまで同じだった。


 しかし悠はとても鈍い。人の悩みや感情の変化に敏感なのに、自分に向けられる恋心だけはなぜか全く気がつかない。実は前世の彼女もそうだったのだが、本人に自覚がないのだから反省も何もなかった。

 江口達代 悠たちと同学年、日新高校野球部のエースで4番。悠とは前世でも親友だった。元になった人物は『若大将シリーズのマネージャー』だが、性格や立場はまるで違う。名前だけ借りた形になった。



 船 光進丸。

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