9 懇親会①
翌日の夜、長官公邸の大広間で予定どおり司政官と第36区幹部との懇親会が行われた。立食形式だ。
キリトは、エルンに起案してもらった草稿を基に挨拶した後、グラスを片手に各局長や主要課長と懇談した。
結局、任期付召喚職員のワタルとは全く話す機会がなかったので、エルンにお願いして、懇親会終了後に話す時間を設けてもらった。
† † †
「時間を取ってもらって申し訳ない」
「いえいえ、ご招待いただき恐縮です」
懇親会終了後、公邸の応接室。キリトはようやくワタルと話すことができた。向かい合ってソファーに座る。
エルンやティムは、懇親会の後処理で離席している。落ち着いたら応接室に来る予定だ。それまで2人で話せる時間を確保できた。
キリトは、小声でワタルに話した。
「時間が限られているので、単刀直入に話すけど、私も日本人なんだ」
「えっ?!」
ワタルが目を見開いた。キリトが続ける。
「本名は成瀬桐人。朝起きたら何故かキリト司政官になっていた。このことは誰にも言っていない」
「そ、それはいつですか?」
「1か月ちょっと前だね」
「も、もしかして……」
ワタルが驚いて立ち上がった。立ったままキリトに聞く。
「司政官、いや桐人さんは、日本の戦後復興の歴史にお詳しいですか?」
「まあ、中学の社会科教師だし、大学院では法制史を専攻していたから、多少の知識はあるかな」
「そ、そういうことか……」
ワタルが倒れ込むようにソファーに座った。少し考えてからキリトに話す。
「もしかすると、桐人さんの魂は、我々が召喚したのかもしれません」
ワタルは応接室の中を見回した。誰もいないことを確認して、小声で話す。
「この世界では魂の制御法が確立しています。異世界で亡くなった人の魂が『あの世』へ向かう前に、その魂の承諾があれば、一定期間『あの世』へ行くのを止めてこの世界に召喚することができるのです」
「期間は1年間。僕は9か月ほど前にこの世界に召喚されました。表向きは会計事務の指導のためですが、本当の目的は、第36区で裏金を作って、その資金でミャウ族の戦災孤児等を支援するためです」
「そして、今はミャウ族のレジスタンスの支援もしています」
とんでもない話になってきた。
亡くなった人の魂を召喚?
裏金で戦災孤児等の支援?
そして、レジスタンス?
キリトは驚きのあまり何も言えなかった。
ワタルが続ける。
「僕の任期はあと3か月ちょっと。あの世へ行く前に、僕の仕事を引き継ぐ方を探していました」
「戦災孤児等の支援は、ミャムミャム財団等の尽力により軌道に乗ってきました。ですが、まだ大きな仕事が残っています。それを引き継げる『戦後の復興』に詳しい方を召喚しようとしたのですが……失敗したのです」
「失敗? 一体何があったの?」
「『戦後の復興』に詳しい方の魂の承諾が得られ、この世界に召喚する運びとなったのですが、その方の魂が顕現する直前に消えてしまったのです」
「消えた?」
「ええ、極めて珍しい事故でした。その方の魂がこの世界に顕現する際、どうも『強い関連性のある魂の抜けた身体』に引き寄せられてしまったようなのです。その身体が誰のものなのか不明なままでしたが、ようやく分かりました」
「関連性……名前か」
「ええ、おそらく。推測にはなりますが、桐人さんの魂が顕現する際に、偶然、キリト司政官の魂が何らかの理由で身体から抜け出したのでしょう。そして、魂が抜けた『キリト』の身体に、同じ名前の『桐人』の魂が吸い寄せられた……」
「そして、今に至るというわけか」
キリトはソファーの背もたれにもたれかかった。桐人の魂は、ワタルの後任としてこの世界に召喚されたが、事故でキリトの身体に入ってしまったということのようだ。
色々聞きたいことはあるが、最初に確認しておかなければならないことがある。とても恐ろしいことだが、聞かないわけにはいかない。
キリトは、震える手でローテーブルに置いていたグラスのお酒を飲み干すと、ワタルに聞いた。
「……つまり、私は、成瀬桐人は死んだということか」
「はい、残念ながら……原因は分かりませんが、何らかの理由でお亡くなりになっています」
ワタルが沈痛な面持ちで言った。




