6 都市部視察
「それでは、市の中心部を簡単にご案内いたします」
キリト達は、市長の案内で市庁舎前の大通りに出た。
市長と第36区の行政課長がキリトを先導し、キリトの後ろにはエルンとティム、他の市職員が続く。全員徒歩だ。その前後左右を警察官数名が護衛する。
警察官は第36区の職員だが、いずれもミャウ族だ。旧ミャウミャウ共和国の国家警察をそのまま引き継いで運用している状況だ。
「昔は大通りの両側に白い石造りの建物が並び、綺麗な石畳の道が続いていたんですがね」
市長が街並みを眺めながら、ため息交じりに説明した。
「現在は、掘っ立て小屋に穴だらけの石畳。時間がかかりそうです」
ふとキリトが道端に目をやると、物乞いをしているミャウ族の子どもがいた。気になったので市長に聞いてみる。
「戦災孤児や傷病者の対応はどうなっているのでしょうか」
「元々社会保障が他国に比べて遅れていたこともあり、市ではほとんど対応できていません。最近は、市民の有志が財団を設立して救民事業を進めていて、ここ半年で少しずつ改善されてきている状況です」
「そうなのですね。ちなみにその財団は何というのですか」
「たしか、ミャムミャム財団という名前でしたね。我々も助成したいのですが、財源不足で何もできていません。歯がゆい限りです」
「司政官!」
突然、エルンが叫んだ。エルンとティムが後ろからキリトの両側に走り出た。同時に路地から物が飛んできた。エルンとティムがキリトを庇う。
飛んできた物はキリト達に当たらず、手前の地面に落ちた。ただの石のようだ。
石が飛んできた先を見ると、ミャウ族の子どもが警察官に取り押さえられていた。
「司政官、大丈夫ですか?」
市長が慌ててキリトに聞いてきた。キリトは笑って答える。
「ええ、私は無事です。エルンさんやティム君は、怪我はない?」
「はい、私達は大丈夫です。ただの石で良かったです……他に怪しい者はいないようですね」
エルンは周囲を見回した後、ホッとした顔をした。幸い、誰も怪我をしていないようだ。
警察官の1人が走ってエルンのところに来て敬礼した。
「申し訳ありませんでした。子どもを1名拘束。爆発物や危険物は持っておりません。身なりからすると戦災孤児と思われます」
危険はもうないようだ。キリトは警察官に取り押さえられたミャウ族の子どもに近づいた。それに気づいたエルンが慌ててキリトを追いかける。
「この悪魔め!」
ミャウ族の子どもが叫んだ。キリトは、しゃがんでその顔を見つめた。
周りのミャウ族に比べて痩せ細っている。黒色の毛並みは埃まみれで、服もボロボロだ。
ミャウ族の子どもが再び叫んだ。
「僕の家族を殺した悪魔め!」
「私を誰だか知ってて石を投げたの?」
キリトがミャウ族の子どもに聞いた。エルンが心配そうな顔をした。ミャウ族の子どもが叫ぶ。
「帝国の偉い奴だろ? 人殺しめ!」
「偉いと言えば偉いかな。この第36区のトップだ。人を殺したことはまだないよ」
キリトは優しく答えた。想像以上に偉い人だったようで、少年が驚いた顔をした。キリトが質問する。
「住むところはあるの? ご飯はどうしてるの?」
「そんなこと、どうでもいいだろ!」
「どうでもよくないよ。私には自分の担当地域で何が起こっているのか知る義務がある」
キリトが真面目な顔で答えた。ミャウ族の子どもは少しの間黙っていたが、ポツポツと話し始めた。
「家は壊れてもうない。家族も皆死んだ。ご飯は……」
おそらくゴミ漁りや盗みをしているのだろうか。子どもはその先を言わずに俯いた。
「辛い思いをさせてゴメンね」
そう言うと、キリトは警察官に声をかけた。
「まだ子どもだし、実害もなかったから、解放してあげて」
キリトは立ち上がって市長の方を向いた。
「ミャムミャム財団でしたっけ。救民事業を行っている団体をこの子に紹介してあげてください。今の私にできるのはそれくらいです」
キリトは、感情を押し殺した顔で市長にそう言った。
続きは明日投稿予定です。