57 退院祝い
ワタルが退院して最初の休日の夕方。ワタルの退院を祝って、公邸で食事会をすることになった。
公邸の食事室のテーブルに、公邸料理人が腕を振るった美味しそうな料理と各種飲み物が並ぶ。
テーブルには、いわゆる「お誕生日席」にワタルが恥ずかしそうに座った。
ワタルの斜め前にキリトとニャムニャが座り、キリトの隣にティムが、ニャムニャの隣にエルンがそれぞれ座った。
フレッドは、既に帝都に戻っており、残念ながら欠席だ。
一同は乾杯した。
† † †
「ワタルがムクッと起き上がって『何でニャムニャが僕の部屋にいるの?』って寝ぼけ眼で言ったときは、実は怪我なんかしてなくて、単に居眠りしてただけなんじゃないかって思ったぜ」
「もう、ニャムニャはその話ばっかりするんだから。すぐに傷は塞がったみたいだけど、大怪我だったんだからね」
ニャムニャの話に、ワタルが笑いながら答えた。ワタルによると、撃たれた直後から病院で目が覚めるまで、ほとんど何も覚えていないそうだ。
「まあ、怪我の功名じゃないけど、結果として南方進攻が中止になったんだ。本当に良かったな。それにしても、皇帝に直接聞きに行くなんて、フレッドも度胸がついたなあ」
ニャムニャがそう言って笑うと、グラスのお酒を飲み干した。隣のエルンがすぐにお代わりを注ぐ。
今回の騒動の後すぐに帝都に戻ったフレッドは、何と宮中に単身乗り込み、皇帝に謁見を求めたのだ。
帝国唯一の臣民公爵家からの申し出ということもあり、渋々ながら謁見を許した皇帝に、フレッドは今回の騒動について説明した。
キリト達は皇帝と同じく南方進攻を食い止めようと「第三の道」を模索していたことなど、事の顛末を説明し、不敬罪に問われかねない諫言を行ったそうだ。
皇帝は、フレッドの真摯な諫言に感銘を受けたようで、フレッドやキリト、第36区への一連の仕打ちについて謝罪するとともに、フレッドに相談相手になって欲しいと言ったそうだ。フレッドはそれを受け入れたとのことだった。
そのフレッドからの情報によると、皇帝・良識派は、今回の第36区での騒動を奇貨として、南方進攻計画を中止に追い込んだということだった。
確かに、エルンが軍の友人に聞いたところ、あの騒動の後、南方第3軍の司令官と例の連隊長が更迭され、連隊長が作戦課長時代に立案した全作戦の見直しが行われることになったということだった。その作戦に南方進攻計画も含まれていたのだろう。
また、それだけに留まらず、戦線拡大に積極的だった軍務大臣が、第36区での一連の騒動の責任を取って辞任する事態に発展していた。
これで戦線拡大派の軍務大臣が2代立て続けに辞任したことになり、次の軍務大臣は、良識派から任命されるのが確実視されているらしい。
ここまでの事態に発展したのは、内務省職員であるワタルが軍に銃撃されたことに内務省が激しく反発したこと、帝国情報網でのティムの実況を見た若者等が帝都で大規模な反戦デモを行ったことなどが影響したようだ。
ちなみに、内務省の激しい反発は、ワタルが居候している部屋の主である会計課のバーコードン補佐の奥様が、たまたま内務省の高官で、夫から色々と話を聞いていたワタルが軍に撃たれたのを知って激怒したのが一因との噂だ。
キリトがティムに話しかける。
「度胸といえば、ティムの実況も凄かったよね。あの混乱の中、ずっと的確にリポートしていたもん。確か『チムチムトント笑いの館』の最大同時視聴者数が、帝国情報網の歴代1位になったんだよね」
ティムが恥ずかしそうに答える。
「はい、まさかそんなに皆に観てもらえるとは思いませんでした。ワタルさんが撃たれた直後に僕の私用端末と帝国情報網との回線が切断されたのは、てっきり検閲だと思ってたのですが、実は視聴者数の急増による回線のパンクだったみたいです」
「まあ、その後結局検閲に引っ掛かって僕のページは閉鎖されてしまいましたが、最後に伝説を作れて良かったですよ……あ、良かったですよ、とチムチムトント本人が言ってました」
一同大笑いした。
エルンがグラスのお酒を飲み終わると、隣のニャムニャがエルンにお酒を注いだ。エルンがお礼を言って一気に飲み干した。今日のエルンはペースが早い。
ニャムニャがまたエルンのグラスにお酒を注ぎながら言う。
「いやー、エルンさんは、美しいのは当然として、お酒に強いし頭も良いし、気が利くし、ほんと素晴らしい! もしエルンさんがミャウ族なら、すぐに俺の親戚とのお見合いをセットするんだがなあ」
「ふふふ。そんなに褒めて貰えるなんて嬉しいです」
エルンは嬉しそうに笑った。未だにエルンの性別は分からなかったが、最近どうでもよくなってきた。エルンはエルンだ。
「まあ今回は流石に疲れたね。どこかに出かけて一休みしてみようかな。そういえば、ゲルン観光牧場だったっけ? あれ面白いのかな?」
キリトがグラスのお酒を一口飲んで呟いた。それを聞いたエルンが、目を輝かせて言う。
「キリト様、是非行きましょう! 前回、ニャモリ市の小規模なゲルン牧場を視察したときは、時間がほとんどありませんでしたし。観光資源の視察ということで、早速日程調整しておきますね!」
「それ、公私混同じゃないか?」
ニャムニャが笑いながら言った。エルンが真面目な顔をして答える。
「大丈夫です。100%公務だと皆が思うような視察計画を立案しますから」
「そ、それなら俺とワタルも公費でゲルン観光牧場へ行けるよな? 頼むよ!」
「それは公私混同ですね」
「どう違うんだよ!」
ニャムニャが大袈裟に頭を抱え、一同が笑った。
ひとしきり笑った後、キリトは一口お酒を飲んだ。まだまだ仕事は山積しているが、今日くらいはそれを忘れて楽しんでもバチは当たらないだろう。
エルン、ティム、ワタル、ニャムニャ、そしてフレッド。色々大変だったけど、皆に会えて本当に良かった。思わず目頭が熱くなったキリトは、照れ隠しにグラスを持つと皆に声をかける。
「よし、乾杯しよう!」
「と、唐突だな」
「いいですね、乾杯しましょう! それじゃあ僕は、ニャムニャが病室でずっと僕を励ましてくれたことに乾杯しようかな」
「では私は、キリト様の名演説に乾杯しましょうか」
「じゃあ僕は、フレッドさんの名カメラマンぶりに乾杯します。あれ、ニャムニャさん、泣いてます?」
「な、泣いてねえよ! お、俺は、ワタルが無事に目を覚ましたことに乾杯だ」
「それでは私は、皆との出会いに乾杯しよう。では、乾杯!」
皆がグラスを掲げ、乾杯した。
最後までお読みいただき誠にありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたなら幸甚です。
今回は、自分で面白いと思える話を書くというよりは、ワタルやキリト達の頑張りにより第36区・ミャウ族の世界がどうなるのか、自分なりに模索したという感じでした。
ミャウ族の世界も、我々の世界も、課題は山積ですが、きっと明るい未来が待っているはずです。
また何かお話を思いつきましたら投稿させていただきます。今後とも何とぞよろしくお願いいたします。
11/6 誤字を修正しました。




