56 病院
演説を終えたキリトは、一度長官室に戻った。各部局から状況説明を受ける。預金封鎖等については、幸い大きな混乱は起きないまま、本日の銀行業務が終了したとのことだった。
また、警備課長によると、各地の抗議デモは収束に向かっているということだった。幸い、略奪等の暴動は確認されていないということだった。
テレビでは、各放送局がキリトの演説を繰り返し流し、区民に冷静な対応を呼びかけていた。テレビ中継を見ても、区内各地は平静を取り戻しつつあるようだった。
一通り報告を聞き終わったキリトは、ワタルが搬送された中央病院へエルンやフレッドと一緒に向かった。
† † †
キリトとエルン、フレッドが病室に入った。病室は個室で、ベッドにワタルが寝ていた。その顔は穏やかで、まるで眠っているようだ。
枕元には、先程ニャムニャが拾い上げたミミ人形が置かれていた。
ベッドの横では、ニャムニャとティムが心配そうにワタルを見ていた。ティムは、すでにチムチムトントの帽子やお面を外している。
ほどなくして、帝国中心地域出身と思われる医師が病室に入って来た。キリト達にワタルの状況を説明する。
「銃創の縫合等、一般的な治療を行いました。任期付召喚職員の体は魂が顕現したものであるという特殊性から、傷はすでに塞がっています」
「しかし、任期付召喚職員が受傷すると、魂そのものが傷つきます。魂は、ガラスのように繊細で傷つきやすい」
「しかも、彼の任期は残り2か月程度とお聞きしました。魂が『あの世』に引っ張られつつある。今回の怪我がどのように影響するか……予断を許さない状況です」
「な、何か俺たちに出来ることはないんでしょうか……先生」
消え入りそうな声で、ニャムニャが聞いた。医師が答える。
「彼の心が、魂の傷が少しでも回復するよう、思い出話や楽しい話をしてあげてください」
そう言うと、医師は病室を出て行った。
ニャムニャがワタルの頬にそっと手を触れた。ニャムニャがワタルに話しかける。
「なあ、ワタル。残り2か月、いろんなところへ2人で遊びに行こうって言ってたじゃないか。慈母の滝、ミャウミャウ高原、ニャモリ温泉……そうだ、ゲルン観光牧場もだ。ワタルはゲルンが草原を疾走する姿を一度見てみたいって言ってたもんな。あれ迫力あるんだぜ」
ニャムニャから大粒の涙が零れる。
「ワタル、まだ一つも行ってないじゃないか。あと2か月ちょっとでワタルが『あの世』に行くのが怖くて怖くて仕方なかったのに、こんなに早く『あの世』に行っちまったら、俺、どうしたらいいんだよ……」
ニャムニャは泣きながらワタルの手を握り続けた。
その後、ワタルが居候している部屋の主である会計課のバーコードン補佐や庶務係長、ミャムミャム財団関係者等々、多くの人がワタルの病室に駆けつけた。記者やテレビ局のスタッフも来たが、怒ったニャムニャが追い返していた。ワタルは静かに眠り続けた。
† † †
ワタルが目を覚ましたのは、それから3日後の朝だった。付き添いをしていたニャムニャによると、あくびをしながら起き上がり、「おはよう。あれ、どうしてニャムニャが僕の部屋にいるの?」と言ったらしい。
ニャムニャは言わなかったが、キリトが見舞いに行ったときに看護師から聞いた話だと、起き上がったワタルにニャムニャが号泣しながら抱きつき、しばらく離れなかったそうだ。
ワタルが入院してから起き上がるまでの3日間、ニャムニャは、ほとんど家に帰らず、ひたすらベッドの横でワタルに話しかけていたそうだ。彼の献身的な看護が、ワタルの目覚めに繋がったのだろう。
ワタルは、目覚めた翌日に退院することができた。




