54 引き金
それは一瞬の出来事だった。キリトの前にワタルが飛び出し、地面に倒れ込んだ。
「ワタル!!」
キリトがワタルを助け起こした。ワタルは顔をしかめ苦しそうだ。白いワイシャツの腹部に穴が空き、そこから血ではなくキラキラとした光の粒があふれ、空気中に浮かび消えていく。キリトが急いでポケットからハンカチを取り出し、ワタルの腹部を押さえる。
ワタルの上着のポケットから、小さな人形のキーホルダーが落ちた。以前キリトがプレゼントしたミミ人形だ。
ニャムニャがワタルに駆け寄る。ミミ人形を拾い上げ、叫ぶ。
「くそ、誰か、誰か手当を!」
「信じられない! 連隊長が僕の大切な仲間を撃った! 『いつもどおり皆殺し』って何なんだよ!! ふざけるな!!」
ティムがそう叫んでワタルの元へ走って行った。その直後、撮影していたフレッドは、帝国情報網との回線が切断されたことに気づいた。私用端末をポケットに入れてワタルを追いかける。
連隊長が舌打ちをして、拳銃を構え直した。それを見た中隊長が連隊長に掴みかかる。連隊長が拳銃の引き金を引いたが、銃弾は誰もいない地面に着弾した。
中隊長は、連隊長から拳銃を取り上げると、安全装置をかけて車内の部下に手渡した。そして、連隊長を大型装輪装甲車のハッチから力任せに引き摺り出すと、車外へ放り出した。地面に落ちた連隊長は腕が折れたのか、情けない声を上げて転がり回る。
中隊長がインカムで部隊に指示を出す。
「中隊長から各員へ。連隊長は不注意で車外に転落し指揮不能。私が指揮をとる。衛生兵は直ちに被弾した少年を救護。小銃小隊は脱剣、その場で待機」
中隊長が指示すると、すぐに衛生兵がワタルの元へ駆けつけた。キリトが衛生兵に、負傷したワタルは任期付召喚職員である旨伝える。それを聞いた衛生兵が、ワタルの傷口を厚手の布で押さえた。
ほどなくして、警官隊の列が左右に開き、後方から救急車が入ってきた。救急隊員と衛生兵が協力してワタルを担架に乗せる。
救急車には、付き添いでニャムニャとティムが乗り込んだ。救急隊員がティムの格好にギョッとしたようだったが、割れたお面から覗くティムの真剣な表情を見て、何も言わなかった。
「後から向かう。二人ともよろしく」
「分かった!」
「承知しました!」
キリトが声をかけると、二人が答えた。フレッドが救急車に近づいて、ティムに私用端末を渡す。後部ハッチが閉められ、救急車がサイレンを鳴らしながら広場を出て行った。
キリトが装輪装甲車の上にいる中隊長に向かって叫んだ。
「繰り返しになるが、治安出動の必要はない。住民を刺激しないよう気をつけながら撤収して欲しい」
「承知しました。治安出動が必要ない旨確認できましたので、直ちに撤収します」
中隊長は敬礼し、撤収作業に入った。
庁舎正面玄関前で指揮をとっていた警備課長が、キリトのところへ走ってきた。
「先程の大通りの混乱は概ね落ち着きました。ただ、少年が撃たれたのを見たデモ隊が、殺気立っています」
「あと、少年が撃たれた様子をテレビで見た者による抗議デモが、区内各地で起きているようです。各警察署とも、抗議デモを刺激しないよう監視している状況です」
「ありがとう。効果があるか分からないけど、私がなんとか説得してみよう」
「フレッド、記者やテレビカメラを庁舎正面玄関前に集めてもらっていいかな?」
「うん!」
「エルンさん、第36区の防災放送等で私が話す内容を放送できないか調整してもらえないかな」
「至急調整します!」
フレッドとエルンそれぞれ走って行った。
キリトは、庁舎正面玄関前に向かって歩き出した。




