53 広場の攻防②
「わ、あいつ発砲した!」
ティムの前で、帝国中心地域出身と思われる男が拳銃を空に向かって発砲した。周りのデモ隊が驚いてしゃがみこむ。
男は警官隊が列を作っている反対側、広場西側へ向かって逃げ出そうとした。
「わーっ!」
ティムが叫びながら男の背後に向かって走った。
男は後ろを振り向きティムに気づいたが、トンガリ帽子に可愛いキツネのお面のチムチムトントの姿に驚き一瞬動きが止まった。
その隙にティムが男にタックルした。ティムと男が地面に転がり込む。
転倒した拍子に可愛いキツネのお面が割れて、ティムの右目の辺りが露出した。
「拳銃を!」
ティムの叫びに、フレッドが私用端末で撮影しながら走った。地面に転がった拳銃を確保する。
ティム達の警護係の私服警察官や、周りのデモ隊が加勢する。ティムと一緒に男を押さえつけ、私服警察官が後ろ手に手錠をかけた。男の所持品を捜索する。
「こ、こいつ帝国軍の人間だぞ!」
どうやら男は軍の身分証を持っていたようだ。それを聞いたティムが叫ぶ。
「こいつは、僕たちと軍を衝突させたいんだ! 何とかしなくちゃ!」
騒ぎを聞き付けたニャムニャとワタルがこっちに走ってくるのが見えた。
† † †
「デモ隊1名が上空に向けて拳銃を発砲したようです」
大型装輪装甲車の上。中隊長が双眼鏡で広場中央のデモ隊の方を見ながら言った。連隊長が叫ぶ。
「これは我々に対する攻撃だ。応戦する。小銃小隊は着剣!」
驚いた中隊長が連隊長に意見する。
「れ、連隊長! これは治安出動ですよね? たかが拳銃1発に対してやり過ぎです!」
「黙れ!」
連隊長が中隊長を殴りつけた。拡声器で大型装輪装甲車の前に並ぶ歩兵に叫ぶ。
「中隊長に代わり俺が直接指揮をとる。第1、第2小銃小隊、着剣!」
大型装輪装甲車の前に立つ小隊長が、信じられないという顔で振り返って連隊長を見た。
「聞こえないのか! 着剣! 前進する」
渋々という感じで、小隊長が号令をかけた。歩兵が銃に着剣し、ゆっくりと前進を始めた。その後ろを大型装輪装甲車が進む。
「来たぞ。第1列、第2列ともに後退用意! 後退と同時に第1列両端の装甲車を前に出すぞ!」
第36区庁舎の正面玄関前で指揮をとる警備課長がトランシーバーで指示した。
その様子を見ていたキリトがふとデモ隊の方を見ると、数名がデモ隊を離れ、警官隊の隊列を南側から回り込もうとするのが見えた。1名は赤いトンガリ帽子、ティムだ!
「ティムじゃないですか! 一体何を?」
エルンも気づき叫んだ。
ティム達は、周囲の警察官達の制止を振り切って、軍と警官隊の間に割り込んだ。無茶だ。
ティムの他、フレッドにワタル、ニャムニャもいる。ニャムニャは、知らない男性を連れているようだ。
キリトは腰の痛みを我慢しながらティム達に向かって歩き出した。エルンがキリトに続いた。
† † †
「と、とんでもないところに出てきちゃったかも……」
赤いトンガリ帽子に右目部分が割れた可愛いキツネのお面を着けたティム、もといチムチムトントが、フレッドの撮影する私用端末に向かって震える声で話した。フレッドの手も震えている。
第36区庁舎側から、ワタル、ニャムニャ、ティム、フレッドの順番で横一列に並ぶ。ニャムニャの前には、後ろ手に手錠をかけられた例の発砲男が立っている。
軍が前進を停止した。お互いの表情がはっきり見える距離だ。若い歩兵がティムを見て驚いている。チムチムトントを知っているようだ。
「おーい、連隊長さんよ、あんたが送り込んだ工作員をお返しするぜ! さっきデモ隊で発砲したのはコイツだ!」
ニャムニャが軍に向かって叫ぶと、発砲男のお尻を軽く蹴った。発砲男は、慌てて軍の方へ走っていく。
「今そっちに逃げ帰った工作員は、軍務省作戦課の若手だってよ。ご丁寧に身分証を持っていたぜ。慣れない仕事をさせられて可愛そうに。連隊長殿の元部下だそうだな!」
そう言うと、ニャムニャが軍務省の身分証を手に掲げた。
「な、何ですかコレは。連隊長はご存じなのですか?」
中隊長が不審な目で連隊長を見る。連隊長は何も言わない。
連隊長達が乗る大型装輪装甲車の前まで走って来た発砲男が、情けない声で連隊長に謝る。
「か、課長、申し訳ございません!」
「この役立たずが!」
連隊長が叫んだ。
ワタルが前に出た。軍に向かって叫ぶ。
「みんな! 連隊長は軍とミャウ族を無理矢理戦わせようとしている。戦ってはダメだ!」
「黙れ! 小銃小隊、あの前に出たガキを撃て!」
連隊長が叫ぶ。ワタルは両手を広げ、さらに一歩前に出た。歩兵は誰も撃たない。
「ミャウ族は叛乱なんか起こしていない! 単に自治権拡大を司政官に求めただけだ。暴動なんて起こす気なんかない。連隊長に騙されちゃダメだ!」
「これ以上争っちゃダメだ! これ以上争いで苦しむ人を増やしちゃダメだ!」
「何をしている、撃て、撃て!」
連隊長が再び叫んだが、歩兵は誰も動かなかった。小隊長達は、命令が聞こえないフリをしているようだ。
「連隊長、もう諦めるんだ!」
第36区庁舎の方から、キリトが腰を押さえながら歩いて来た。エルンが続く。
キリトがワタルの横に立った。連隊長に向かって叫ぶ。
「連隊長! 第36区の、ミャウ族の命を奪うことは許さん!」
「うるさい、うるさい、うるさい! みんな俺の邪魔しやがって。蛮族なんか、いつもどおり皆殺しすればいいんだよ! 邪魔するんならお前も死ね!」
そう叫ぶと、連隊長は腰のホルスターから拳銃を引き抜き、銃口をキリトに向けて引き金を引いた。




