52 広場の攻防①
第36区庁舎の外が騒がしくなってきた。
キリトとエルンが長官室の窓から広場を眺める。
広場の中央付近にデモ隊の先頭が到着したところだった。ニャムニャ達デモ隊は、軍が動いたとの連絡を受けて、移動速度を早めたようだ。
デモ隊は100人くらいだろうか。ほとんどがミャウ族だ。
先頭にニャムニャが、その隣にワタルと思われる燕尾服のような姿の少年が見えた。
ニャムニャの少し後ろに、赤いトンガリ帽子が見えた。おそらくティムだ。フレッドも近くにいるはずだ。
私用端末を見ると、ティム、もといチムチムトントが引き続き実況をしていた。
「第36区庁舎前の広場に到着! みんな見て! 庁舎の玄関前には盾を持ったフル装備の警察官が整列してる。ちょっと怖いんだけど……右手に何か装甲車みたいなものもあるよ」
拡声器を持った警察官が警告を始めた。
「無許可の集団示威行動は認められていない。直ちに解散しなさい!」
「司政官はミャウ族の自治権を拡大しろー!」
デモ隊が叫ぶ。デモ隊から小石がパラパラと投げられたが、警官隊の列までは届かなかった。当てるつもりはなさそうだ。
警官隊が動き出した。装輪装甲車を先頭に、デモ隊を牽制しながら、広場の中央にいるデモ隊と広場の東側道路の間に列を伸ばして行く。
列を伸ばし終わった警官隊はデモ隊に向かって盾を並べた。庁舎正面玄関近くの装輪装甲車と、列を伸ばす先頭の装輪装甲車も、デモ隊に正面を向けて停車した。
ちょうどその時、長官室に先程と同じ若いミャウ族の警察官が駆け込んできた。
「軍の車列はこちらの見込みどおり第36区庁舎前の広場の東側に向かっています。まもなく到着します」
「よし、私達も行こう。我々は正面玄関付近に向かったと警備課内に伝えといて」
「承知しました」
若い警察官が長官室を出ていった。エルンが官房総務課に電話し、司政官が庁舎正面玄関に向かう旨伝えた。
キリトとエルンは、長官室を後にした。
† † †
キリトとエルンが庁舎正面玄関を出ると、すでに左手、広場東側の道路に軍の大型装輪装甲車が3両、その後方に多くの輸送トラックが続々と到着していた。歩兵が大型装輪装甲車の前に整列する。
「歩兵は全員小銃で武装しています。非武装のデモ隊相手に無茶苦茶だ!」
エルンが中央の大型装輪装甲車の上部から上半身を出している小柄の男を睨み付けた。前作戦課長、今の連隊長だった。
連隊長が拡声器を取り出し、広場に向かって叫び始めた。
「ミャウ族同士のお遊びは終わりだ! これより暴徒を鎮圧する。警察は邪魔だ。どけろ!」
警官隊は動かない。連隊長が隣に控える中隊長に怒鳴った。
「威嚇射撃!」
連隊長の命令を受けた中隊長が号令をかけると、歩兵が広場の上空に向かって一斉に発砲した。
騒ぎに集まっていた人々が悲鳴を上げた。逃げ惑う者、転倒する者、広場南の大通りは大混乱に陥った。
「うわ、軍が発砲した! 住民が逃げ惑ってる。信じられない!」
ティム、もといチムチムトントがフレッドの撮影する私用端末に向かって大袈裟に叫んだ。
デモ隊からも悲鳴が上がり、一部の者が逃げ出したが、多くは広場中央から動かない。
軍の威嚇射撃の直後、デモ隊の方を向いていた警官隊がクルリと向きを変え、東側道路に展開する軍の方を向き、盾を構えた。
警官隊の列の両側に待機していた警察の装輪装甲車も、方向転換して、軍の方に正面を向けた。
そして、正面玄関前を守っていた隊列が移動し、盾の列の後ろに控えた。
「何のつもりだ!」
連隊長が怒鳴った。
拡声器を持った警察官が連隊長に向かって話し出した。
「軍の指揮官に告ぐ。司政官は軍に対して治安出動を要請していない。直ちに部隊を撤収されたい」
連隊長が拡声器で叫んだ。
「叛乱のおそれがある。何らかの理由で司政官が出動要請できない危急の状況にあると判断し、軍司令官の判断で治安出動を行ったものだ。速やかに道を開けろ!」
「司政官のキリトだ。私は、現場の状況をこの目で見た上で治安出動は不要と判断し、南方第3軍に連絡している。その判断に変わりはない。速やかに撤収して欲しい」
キリトが正面玄関から拡声器で叫んだ。連隊長がキリトを睨み付ける。
その時、デモ隊の中から銃声が聞こえた。




