51 デモ発生
正午になった。キリトとエルンは、長官室のソファーで軽食を取りながら、テレビを注視する。今のところ目立った動きはない。
長官室に、若いミャウ族の警察官が駆け込んできた。敬礼する。
「失礼します。急ぎご報告です。大通り南の金融街で無許可デモが発生。約30名。徐々に増えている模様。自治権拡大を訴えながら、ゆっくりしたスピードで北進しています」
「ありがとう、了解した」
キリトがお礼を言うと、若い警察官は敬礼して長官室を出て行った。
キリトは長官室のカーテンを開けた。長官室は正面玄関の真上だ。大通りが正面南にまっすぐ伸びている。まだデモ隊は見えない。大通りはいつものように多くの人で賑わっていて、特に混乱した様子はなかった。
眼下の広場北側には、重装備の警官隊が集結して、第36区庁舎正面玄関前に列を作っていた。広場東側には、装輪装甲車が2台配置されている。
今度は、官房総務課長が長官室に駆け足で入ってきた。
「失礼します。先ほど南方第3軍から連絡があり、デモ発生を受け、軍の治安出動の要否について回答を求められています」
キリトは一瞬エルンと顔を見合わせた。
「時間稼ぎする?」
「それがよろしいかと」
キリトはエルンに頷くと、総務課長の方を向いて指示した。
「事態軽微、出動不要と伝えてもらっていいかな」
「承知しました。至急南方第3軍に伝えます」
そう言うと、総務課長は走って長官室を後にした。
総務課長の背中を見送りながら、キリトがエルンに聞く。
「早いね」
「すでに斥候を市内に送り込んでいるのでしょう」
「どれくらい時間が稼げるだろう?」
「出動要請をしませんでしたので、すぐには動かないと思いますが、おそらく何らかの理屈をつけて、部隊を動かすと思います」
エルンが話していると、私用端末が鳴った。
「あ、ティムからです。これから実況を始めるようです」
キリトは、私用端末を操作して、「チムチムトント笑いの館」のページを開いた。
† † †
「みんな、チムチムトントだよ! 今日はミャウ族が多く住む第36区のニャト市に遊びに来たんだ。ミャウ族はみんな知ってるかな? 地理の授業で習ったよね」
「大通りを友達と散策してたんだけど、何だか物騒な雰囲気だ。どうもミャウ族の自治権拡大を求めるデモに巻き込まれちゃったようなんだ。周りは警察官に囲まれて出られない。あーあ、相変わらず僕ってドジだよね」
赤いトンガリ帽子を被り、かわいいキツネのようなお面を着けたティム、もといチムチムトントが、お決まりのポーズをした。どうやっているのか分からないが、効果音が入り、いつものオープニングテーマが流れ始めた。
「とりあえず、このまま流れに身を任せてみるね。チムチムトントの突撃取材、始まるよ!」
キリトとエルンが顔を見合わせた。キリトが笑いを堪えながら言う。
「確かティム君は『チムチムトントの知り合い』という設定のはずだったけど、チムチムトント本人が出演しているようだね」
「ふふ、色々準備が忙しくて、設定を忘れてしまったのでしょう。でも、さすが有名配信者。実況慣れしているようですね。フレッド君の撮影も上手です」
エルンが笑いながら答えた。
私用端末の画面では、チムチムトントがデモの参加者に話を聞いていた。これもどうやっているのか分からないが、参加者の顔にはモザイクがかけられている。
「ねえ、ねえ、どうしてデモに参加したの?」
「司政官は色々とミャウ族のために頑張ってくれてるけど、もっともっと俺たちの声を政策に反映して欲しい。そのためには自治権拡大が必要なんだ。司政官は自治権拡大を認めろ~!」
顔にモザイクの入った灰色の毛並みのミャウ族が答え、人のいない方向に石を投げた。この声はニャムニャだ。
「ねえ、ねえ、君はミャウ族じゃないよね。どうしてデモに参加しているの?」
「え、えっと、ぼ、僕には、ミャウ族の親友がいて、もっとミャウ族の皆が幸せに暮らせるようにするためには、皆の声を反映させる仕組みがあった方がいいと思ったんです、はい」
同じく顔にモザイクの入った黒い燕尾服のような制服を着た少年が緊張しながら答えた。この声はワタルだ。
「凄いヤラセだね……ん?」
キリトがデモ参加者の叫び声を注意して聞くと「自治権拡大」の他に、「軍は出て行け」「この土地はミャウ族のものだ」「独立のために戦え」といった声がちらほら聞こえ出した。
「これは……」
「軍か園丁の工作かもしれませんね。おそらく皇帝の息のかかった軍の指揮官等と連絡を取り合っているのでしょう。司政官が軍の治安出動を拒否したので、次の策ということかもしれません」
エルンが答えた。その直後、官房総務課長が長官室に駆け込んできた。
「南方第3軍から通告が来ました。デモ隊が叛乱を企てているおそれがあるので、軍司令官の判断で部隊を出動させたということです」
「来たか……分かった。その情報を急ぎ警保局警備課に伝え、庁舎内にも注意喚起して欲しい」
「分かりました。副官の電話借ります」
キリトの指示を受けた総務課長は、エルンの机の電話を借りて警備課に連絡した後、走って出て言った。
「ニャムニャさん達にも連絡しておきます」
エルンが私用端末を手に取った。
キリトは窓の外を見た。大通りの向こうに、ゆっくりとこちらへ進む人の集団が見えて来た。その上空を軍のヘリコプターが旋回していた。
続きは明日投稿予定です。




