49 決戦前②
午前零時少し前、キリトはゆっくりとした足取りで私室から書斎に移動した。書斎に入ると、一度帰宅していたエルンが戻って来ていた。
キリトがギックリ腰になってから、エルンはほとんど公邸に詰めている。申し訳ない限りだ。
「まもなく報道解禁ですね。ティムやフレッド君は、明日の準備があるということで、ティムの私室で何やら作業しているようです」
エルンが笑いながらそう言うと、テレビのスイッチを入れた。
午前零時になった。ミャウミャウ放送の午前零時のニュースは、預金封鎖等をトップで報じた。アナウンサーが淡々と内容を報じる。
「速報です。第36区は先ほど、本日午前零時をもって、預金封鎖を実施すると発表しました。対象は区内全ての金融機関の預貯金で、個人・法人ともに最低限の生活・運用資金を除き、引き出しが禁止されます」
「また、預金封鎖に併せて、新紙幣への切り替えが実施されます。現在流通している旧紙幣は、11日後に無効となります。第36区は、それまでに旧紙幣を金融機関へ預け入れるよう求めています」
「新紙幣の単位は、従来同様『ニェン』で、1000ニェン、500ニェン、100ニェンの3種類が発行されます」
テレビ画面に、新紙幣の写真が映し出された。慈母ミャミイの1000ニェン、ニャジット復興院総裁の500ニェン、そして英雄ニャロンの100ニェンだ。
「暫定的な措置として、旧紙幣に同額の収入印紙を貼付し、各金融機関が割印を行ったものも一部流通する見込みです。いずれも、現下の急激なインフレ対策として行われるということです」
キリトはチャンネルを変えてニャト放送を見ることにした。ニャト放送では、戦時補償債務打ち切りなどについてアナウンサーが批判的に話していた。
「……今回、キリト司政官は、インフレ対策である預金封鎖や通貨切替だけでなく『戦後復興特別税』の課税を強行しました。本日午前零時時点の全ての個人・法人の財産に課税され、個人の一定額以上の財産には90%という高率で課税されます」
「また、戦時補償債権については、原則として利息を含めて100%課税され、実質的な戦時補償債務の打ち切りとなります」
「第36区によると、戦時補償債務の実質打ち切りに対しては、信用不安が生じないよう所要の措置を講ずるとのことですが、債務超過に陥った銀行の預金の一定額以上が払い戻されなくなる可能性があります」
「戦後復興特別税は、『復興基金』によるインフラ整備や工業分野への融資、新たな社会保障制度の立ち上げなどに活用されるということですが、突然の増税に住民には不安が広がりそうです」
キリトは南北テレビにチャンネルを変えた。南北テレビは、テロップで速報を出したようだが、いつものように娯楽番組を放送していた。
キリトは最後に、念のため国営の帝国放送にチャンネルを変えたが、第36区のことは報じていなかった。
「思ったより波静かだね」
キリトは、検閲があるとはいえ、もっと批判されるかと思っていたので、少し拍子抜けした口調でエルンに言った。
「ええ、ほんとですね。意外です」
エルンも同様だったようだ。少しホッとした表情だ。
放送局3社は、ミャウミャウ放送が庶民寄り、ニャト放送が富裕層寄り、そして南北テレビが娯楽特化で自然に棲み分けが進んでるのかもしれない。
「この後の深夜ニュースでは新しい話は出ないだろうし、明日に備えて寝るとしようか」
「そうですね。明日に備えて気力・体力を養いましょう。キリト様のお体はいかがですか?」
「うん、だいぶ楽になってきたよ。このまま行けば、明日はもう少し早く歩けると思う」
「良かったです。ですがご無理はなさらないでくださいね」
「ありがとう。うん、気をつけるよ」
キリトとエルンは書斎から廊下に出た。廊下の向こうでは、ティムが赤いトンガリ帽子を被り、かわいいキツネのお面を着けて歩いていて、それをフレッドが私用端末で撮影する練習をしているようだった。
「あちらは準備万端のようだね」
「ふふふ、そのようですね」
キリトの呟きに、エルンが嬉しいような可笑しいような心配そうな、何とも言えない表情で答えた。
誤字を修正しました。




