48 決戦前①
翌日。いよいよ預金封鎖等の発表の前日になった。今晩、午前零時に発表される。
キリトは椅子に座れるまで回復した。ゆっくりなら1人で歩けるようになった。
キリトは、私室でエルンやティム、フレッドと朝食を取った後、リハビリを兼ねて私室を出ると、1人で隣の書斎に移動した。ゆっくりと書斎の椅子に座る。痛みはあるが、長時間でなければ何とかいけそうだ。
キリトはテレビをつけた。ミャウミャウ放送とニャト放送では、休日の報道番組が流れていた。
両放送とも、財閥解体の進捗と農地改革の今後のスケジュール等に関するものだったが、ミャウミャウ放送は明らかに肯定的に報じていた。
財閥解体により、放送局への支配が弱まったと見て良いだろう。ニャト放送は相変わらずだったが、この差はスポンサーの違いだろうか。
南北テレビは、いつものように娯楽番組を流していたが、その中のコーナーで、デート直前に預金が引き出せなくなった彼氏が、何とか工夫して彼女とのデートを成功させるコントがあった。
預金封鎖の噂が相当広がっている証拠だろう。
銀行や登記所の業務が終了した時間を見計らって、第36区の各局は、今回の預金封鎖等の一連の施策について事前記者レクを行う予定だ。
報道解禁は、テレビは午前零時、新聞は翌日の朝刊となっている。レクは大荒れ必至だが、各局が何とか切り抜けてくれるよう祈るのみだ。
† † †
午後、エルンが書斎に相談にきた。
「地方局財政課から私宛に相談の連絡が来ました。新紙幣が一部銀行で不足する可能性があるそうです」
どうも、帝国中心地域に発注していた新紙幣の印刷用紙の配送が、軍の臨検で遅れているらしい。
これも皇帝による工作の一つだろうか。単なる偶然かもしれないが。
キリトは腕組みをして少し考えてから、エルンに言った。
「必要な新紙幣が払い出せないという事態は避けたいね。旧紙幣に同額の収入印紙を貼付して公印で割印したものを一時的に新紙幣とみなすなど、なんとか切り抜けて欲しい」
証紙を貼付して対応した戦後直後の日本よりも簡易的で、かなり無理筋な対応だが、時間がないのでやむを得ないだろう。
「承知しました。そのように財政課に伝えます」
「ありがとう。よろしく。あ、そうだ、取りあえず財政課に伝えるときは、私からということは曖昧にしておいて欲しい。対外的には生死不明だからね」
「承知しました。誰の指示か明確にしないまま回答したいと思います」
そう言うと、エルンは早速公用端末で財政課に連絡した。
† † †
夜、キリト達は応接室で夕食を取った後、テレビをつけた。今のところスクープ等は出ていない。
「官房総務課から連絡がきました。事前記者レク終了です。思ったより混乱はなかったようです」
エルンが公用端末を見ながら皆に伝えた。
各社とも、ある程度情報を押さえていて、事前準備をしていたのかもしれない。
エルンが苦笑しながら話を続ける。
「南北新報の記者から、司政官の安否について質問があったそうです。急病で休んでいるとだけ回答したとのことです」
記者が質問するほど関心が高まっているようだ。司政官令はキリトの名で公布されるので、午前零時の時点で生存はバレる予定だ。
エルンの報告を聞いたキリトが笑顔で話す。
「今のところ、皇帝は私が死んだことを前提に動いてくれているかな。午前零時の司政官令を見て私が生きていると気づき、多少慌ててくれればいいんだけど」
司政官の生死により、皇帝側の行動も変わるはずだ。司政官が死んでいれば強硬な措置が取れるだろうが、単なるデモであれば簡単に強硬措置は取れない。
皇帝側が出鼻を挫かれたと感じ、デモ隊との衝突を避けるなどしてくれればいいのだが。
「すみません、司政官。一つ残念なお知らせが」
エルンが如何にも残念そうな顔をして言った。
「軍の友人に、今回の閲兵式に参加する部隊の指揮官を聞いてみたのですが、あの軍務省の作戦課長が異動していて、歩兵連隊の連隊長として参加することになっているそうです」
「あの偏見まみれの失礼な人?」
「はい。あの男がデモ隊対応の指揮官として動く可能性があります」
厄介なことになってきた。皇帝の差し金か偶然かは分からないが、あの男はミャウ族に対して平気で非道なことをしかねない。
「貴重な情報をありがとう。そういう指揮官であることを念頭に心してかかる必要があるね。ニャムニャさんやワタル君にも共有しといてもらっていいかな」
「承知しました」
エルンはそう言うと、私用端末で連絡を取り始めた。
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