46 打ち合わせ①
翌日、休日の朝。キリトのギックリ腰は少しマシになったが、まだ椅子に座ったり動き回ったりするのは難しい状況だった。
昨日同様、フレッドやティムに助けられながらシャワーなどを済ませ、ベッドで安静にすることにした。
午後、キリトはニャムニャやワタルと打ち合わせをすることにした。本当は職員宿舎のエルンかワタルの部屋で会いたかったが、この状況なので公邸の私室に来てもらうことにした。
ニャムニャとワタルは、エルンやニャリスの手引きで、職員宿舎の敷地から裏口を通ってこっそり公邸に入った。
キリトがティムやフレッドと私室で待っていると、エルンがニャムニャとワタルを連れて部屋に入ってきた。
「元気……ではなさそうだな」
「だ、大丈夫なのですか?!」
私室に入るなり、ニャムニャとワタルが言った。
「心配かけてゴメン。単なるギックリ腰なんだ。巷ではどんな噂になってるの?」
「司政官が公邸で賊に襲われて殺害されたけど、第36区は週明けの預金封鎖の発表まで隠しているらしいぞ。まあ真偽のほどは俺の目の前のとおりだがな」
ニャムニャが笑いながら言った。欺瞞工作は上手くいっているようだ。
キリトは一昨日以来の状況をニャムニャとワタルに説明した。
「なるほど、明後日のデモは一筋縄ではいかないな……」
ニャムニャが顔をしかめた。キリトが謝る。
「難しい場面が出てくると思う。申し訳ない」
「これはミャウ族のためには避けて通れない道だ。むしろ燃えてきたよ」
ニャムニャがそう言ってニヤリと笑うと、フレッドの方を向いた。
「フレッド君だったっけ? 辛かったなあ。あれは誰が聞いても皇帝の野郎が悪い! 気にすんな」
ニャムニャに続いてワタルもフレッドに言う。
「そうですよ! 自分を決して責めないでくださいね」
「あ、ありがとうございます!」
フレッドが泣きそうになりながらお礼を言った。
「2人ともありがとう」
キリトもニャムニャとワタルにお礼を言った。
「よし、じゃあ明後日の行動を整理しようか」
キリトがベッドの上から皆に言った。一同が頷いた。
† † †
ティムとワタルがキリトのベッド脇にテーブルを持って来た。ニャムニャがその上にニャト市の第36区庁舎周辺の地図を開いた。
ニャト市は、帝国のある中央大陸から南に突き出た半島の付け根の西側に位置している。
第36区の庁舎は、ニャト市の北西、海岸から車で10分ほどの場所にある。
庁舎の南、正面玄関の前は広場になっていて、南には掘っ立て小屋の商店街のある大通りが、西には海岸へ向かう道が、東には軍の航空基地や駐屯地へ向かう道がそれぞれ伸びている。
公邸と職員宿舎は、庁舎から南に5分ほど歩いた後、交差点を東にしばらく進んだ場所にある。その交差点の西側には、ニャト市役所がある。
ニャムニャが地図を指差しながら説明した。
「第36区庁舎から大通りを南へ15分ほと歩いたところに、銀行の本店が並ぶ金融街がある。明後日は、この辺りに人が集まると思うんで、正午に、ここからデモを始める」
「自治権拡大を叫びながら、周りの賛同者を巻き込み、第36区庁舎前の広場まで移動する
「俺達が入手した情報によると、警察はこの広場で第36区庁舎を守るように警官隊を配置するようなので、ここで何回か抗議の声をあげた後、東西の道に抜けて自然解散する予定だ」
キリトが少し考えてからニャムニャに聞く。
「警保局もレジスタンスの動きを知ってて、そんな配置をしているのかな。正面から来たレジスタンスをわざと左右に逃がすつもりのように見える」
ニャムニャがニヤリと笑いながら答える。
「さすが旦那だ、そのとおり。今回、警察とレジスタンスはそれぞれ意図的に情報を流してる。不測の事態でミャウ族同士が衝突するのはお互いに避けたいからな」
「ただ、南方第3軍が動くとすると、おそらく広場の東側から来るだろう。その場合は、速やかに西側へ逃げる予定だ。流石に軍には敵わんからな」
ニャムニャに続き、ワタルが話し始めた。
「デモ隊には、僕とティム君が紛れ込む予定です。ティム君には、私用端末を使って帝国情報網のページでデモの一部始終を実況してもらう予定です。危険を感じたら、すぐ離脱します」
ワタルに続き、ティムが説明する。
「僕の良く知っている人のページ『チムチムトント笑いの館』を使わせてもらいます。彼への報告という形で実況することを考えています」
「検閲に引っ掛かってページ接続が禁止されるまで頑張ります!」
それを聞いたフレッドが、驚いた顔でティムに聞く。
「ティムさんは、チムチムトントのお知り合いなんですか?! 僕、大ファンなんです!」
「あ、ありがとう……じゃなかった、きっと彼も喜ぶと思います。今度伝えときますね」
「よろしくお願いします!」
ティムとフレッドのやりとりに、エルンが笑いを必死に堪えていた。
その時、突然、フレッドがキリトに聞いた。
「兄さん、僕もデモ隊に紛れ込ませてもらえないかな?」
「え? フレッドが?」
キリトは驚いた。フレッドが続ける。
「うん、自分で言うのも何だけど、僕は貴族だから軍も手を出しにくいと思うんだ」
「た、確かにそうだけど……」
キリトは渋ったが、フレッドは食い下がる。
「ちょうどフィールドワークでこっちに来てるから、偶然大通りでデモ隊に巻き込まれた体にすれば自然だと思う。デモが始まれば僕の生死を隠す必要もないしね」
「兄さん、お願い……僕もミャウ族の皆のために何か役に立ちたいんだ!」
「……分かった。弟を参加させても大丈夫かな?」
根負けしたキリトは、ニャムニャ達に聞いた。
ニャムニャが笑いながら答える。
「任せな。帝国の貴族様がデモに参加してくれるなんて願ったり叶ったりだ」
ワタルとティムも笑顔で答える。
「それじゃあ、フレッドさんは僕とティム君と一緒に動くことにしましょう。3人で行動すれば何かと安心ですし」
「そうしましょう。フレッドさん、よろしくお願いします!」
「だそうだ。十分気を付けるんだよ、フレッド」
「兄さん、皆さん、ありがとう!」
フレッドが皆にお礼を言った。




