44 病休
「キリト様、フレッドさん、おはようございます!」
翌朝、ティムが元気な声でキリトの私室に入ってきた。エルンも一緒だ。
ティムがサイドテーブルに2人分のお茶を用意する。
ティムの声で目覚めたフレッドとキリトが挨拶する。
「おはようございます。いつの間にかこのまま眠ってしまっていました。ブランケットありがとうございます」
「私もいつの間にか眠っていたみたいだよ……イテテ、やっぱり、まだ1人で歩き回るのは無理そうだなあ」
キリトが両腕を使ってゆっくりと上半身を起こす。ティムからティーカップを受け取ると、お茶を一口飲んでエルンに聞く。
「第36区の庁舎には、車椅子ってあるのかな?」
「ありますが、キリト様、今日は休みましょう。その方が都合が良いかと思います」
「都合?」
「はい、その点は、朝食を取りながらご説明させていただきます。ご用意しますので、しばしお待ちください」
そう言うと、エルンはティムと一緒に部屋を出ていった。
† † †
エルンとティムが、サンドイッチのような料理とジュースを運んで私室に戻ってきた。
キリトはベッドの上で、エルン達はベッド周りに椅子を持ってきて座り、それぞれ食べることにした。
ティムが、サンドイッチのような料理を乗せた小皿を配り終えると、皆に声を掛けた。
「お待たせしました。どうぞお召し上がりください」
キリトは、野菜をたっぷり挟んだサンドイッチのような料理を手にとって食べた。シャキシャキしたレタスのような野菜が美味しい。
エルンがサンドイッチのような料理を一口食べた後、キリトに説明し始めた。
「キリト様は本日『急病』でお休みとして、私もティムも公邸で勤務ということにできればと考えています」
「そして、フレッド君は、しばらく公邸に滞在することになったとして、ゼミの皆さんには先に帝都に戻ってもらいます」
「なるほど。皇帝を誘い出すんだね」
「はい」
キリトの言葉に、エルンが笑顔で答えた。
「どういうことなのですか?」
フレッドが不思議そうに聞く。キリトが笑いながら言う。
「私が死んだかもしれないと皇帝に思わせるんだ。欺瞞工作ってやつだな」
エルンが頷くと、キリトに続き説明する。
「刺客であるフレッド君が公邸に入った夜、公邸に医者が呼ばれた。その翌朝、着任以来一度も休暇を取ったことのない司政官が急病で休み、副官や給仕も公邸に籠ったまま。そしてフレッド君も公邸から戻らない」
「司政官は暗殺され、側近がそれを隠蔽しようとしていると思うでしょうね」
「実際はギックリ腰だけどね」
そう言ってキリトは笑うと、エルンに聞いた。
「皇帝はどう出てくると思う?」
「皇帝は、自らフレッド君に暗殺を強要しています。この暗殺は成功すると自信があったのでしょう。キリト様が死んだと思うはずです」
「皇帝は、キリト様の暗殺が成功したとして、第36区がそれをいつ公表するかを考えるでしょう。おそらく週明け、明々後日の預金封鎖等の発表以後に公表すると考えるのではないでしょうか」
「そうであれば、預金封鎖等の発表後にニャムニャさん達が行うデモを激化させ、司政官が殺害されたことも口実に軍を動かしてデモ隊と衝突させ、一気に内戦に持っていこうとすると思います」
キリトが、サイドテーブルのジュースを近くのフレッドに取ってもらい、一口飲んだ後、エルンに聞く。
「軍は動くと思う?」
「ええ、おそらく。軍の友人に聞いたところ、週明けに皇帝の勅使による閲兵式が予定されていて、それを理由にニャト市周辺に部隊が集められているそうです」
「なるほど……相手の動きがある程度読めれば、こちらも準備できるね。我々も週明けに向けて、やるだけのことをやってみよう」
キリトは笑顔でそう言うと、サンドイッチのような料理の最後の一口を口に放り込んだ。
ついに、自分の指示で「犠牲」が出るかもしれない。胸が締め付けられるようだったが、極力顔に出さないように努めた。
キリトの言葉に、皆が元気に返事をした。
続きは明日投稿予定です。




