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43 夜更かし

 キリトは、苦労しながら(うつぶ)せになって、フレッドに湿布を貼ってもらい、ティムが用意してくれた水で鎮痛剤を飲んだ。


 その後、キリトは、皆に支えられてゆっくり私室へ向かった。ベッドに寝かせてもらう。


「今晩は、私も公邸に泊まります。何かあれば遠慮なく仰ってください」


「申し訳ない。ありがとう」


 エルンの申し出にキリトはお礼を言った。残念ながら、今の状況だと1人でトイレに行くのも難しい。


 フレッドがエルンとティムに言った。


「それじゃあ、僕がここでしばらく様子を見てますので、皆さんは一度お休みください」


「大丈夫ですか?」


 エルンが少し心配そうにフレッドとキリトを見た。

 つい少し前には、フレッドはキリトを暗殺しようとして、しかもその後に自ら命を絶とうとしたのだ。心配するのも無理はない。


 だが、キリトが見る限り、フレッドは吹っ切れた様子だった。このまま1人にさせるよりも、2人で一緒にいた方がいいだろう。


「うん、大丈夫だよ。フレッドで対応できないときは、内線で声を掛けるよ」


 キリトがわざと的を外した答えをした。エルンはそれで察したのか、分かりました、とだけ言った。


 エルンとティムが退室するのを見送ると、キリトはベッド脇の椅子に座るフレッドに声をかけた。


「あれからもう2ヶ月なんだね。フレッド」


「……うん」


 キリトの魂が入れ替わってから第36区に赴任するまでの1ヶ月間、この世界のことが何も分からないキリトに、フレッドは献身的に尽くしてくれた。


 フレッドの助けがなかったら、キリトは司政官として赴任することは出来なかっただろう。


「魂が入れ替わっていたのに気づいたのは、いつからなのかな?」


「あの日の翌朝、『おはよう』って声をかけられた時だよ。だって、兄が僕に朝の挨拶をする訳がないからね」


 キリトの問いに、フレッドは笑って答えた。


「皇帝のおかげで兄が優しくなったんだって思い込もうとしたけど、心のどこかで『兄の魂は砕かれて、別人の魂が入ったんだ』って分かってたよ」


「そっか。バレないように必死だったんだけどなあ」


「バレバレで、逆にこっちがヒヤヒヤしたよ」


 2人は笑った。


 キリトは、フレッドに全てを話した。


 異世界の中学校の社会科教師であること、何らかの原因で命を落とし、この世界に召喚されたが、事故でキリトの身体に魂が入ってしまったこと。


 皇帝は、第36区を内戦状態に陥らせて、軍の南方侵攻を阻止しようとしていること。それに対して「第3の道」を模索していること。


 そして、自分がこの世界にいられるのは、1年であること……


「私はね、元いた世界では一人っ子だったんだ。両親は共働きでね。寂しかった。ずっと兄弟が欲しかった。その寂しさ、『人』への関心の強さが、教師になった一因かもしれない」


「だから、この世界に来て、弟が出来たことが何よりも嬉しかった。赴任までの1ヶ月ちょっとだったけど、弟に色々教えてもらって、いっぱいお話して、お出かけして……本当に楽しかった。嬉しかった」


 キリトは、自分でも気づかない間に泣いていた。


「だから、どうか命を絶つなんてことはしないで欲しい。せっかく出来た弟が自分より先に死ぬなんて、()えられない」


「うん、ごめん……もう大丈夫。安心して」


 フレッドが笑顔で言った。目には涙を浮かべている。


「あと、これは、ほんとにもし良ければなんだけど、私のことを引き続き『兄さん』って呼んでくれないかな?」


 少し照れながら、少し不安そうにキリトは言った。


 フレッドが驚いた顔で聞く。


「い、いいの? こんな僕が……」


「いいに決まってるじゃないか。むしろ私としては、そう呼んでもらえた方が嬉しい」


「ありがとう、兄さん!」


 フレッドが寝ているキリトに抱きついた。


「あいたた」


「ご、ごめん、兄さん……」


「だ、大丈夫、大丈夫」


 キリトは腰の痛みを我慢しながら、優しくフレッドの身体を両腕で抱きしめた。


 2人は、しばらく帝都での1ヶ月について思い出話をしていたが、やはり疲れていたのだろう、キリトはいつの間にか眠ってしまった。



† † †



 日付が変わる頃。様子を見に来たエルンが私室のドアをそっと開けると、キリトはすでに寝入っていて、フレッドはベッドにもたれかかったまま眠っていた。


 エルンは微笑みながらフレッドにブランケットをかけ、キリトの掛け布団の位置をそっと直すと、私室から静かに出ていった。

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