42 救い
ガシャン!
ティーカップやお菓子の皿が大きな音を立てて散乱した。キリトがローテーブルの上に頭から飛び込んだのだ。
キリトが魂引石を掴もうと必死に両手を伸ばす。残念ながら目測を誤り、魂引石はキリトのお尻の辺りに落ちた後、ふかふかの絨毯に転がった。
上半身が半ばローテーブルから落ちかけたキリトは、絨毯に目をやる。良かった、砕けてない。
「どうしたのですか!」
応接室のドアが開き、エルンとティムが入ってきた。室内の状況に驚く。
「その魂引石をフレッドの額に!」
キリトが叫ぶ。
瞬時に状況を理解したエルンが、緑色に光り輝く魂引石を拾うと、呆然と立ち尽くすフレッドの額にそっと当てた。魂引石は光を失った。
「フレッド、命を、魂を粗末にしてはいけないよ」
キリトがローテーブルからずり落ちそうな体勢のまま、フレッドの顔を見上げて優しく言った。
フレッドはキリトの背中に覆い被さり、大声で泣いた。
† † †
「さ、フレッド君……」
少し落ち着いた頃を見計らって、エルンがフレッドに優しく声をかけ、ソファーに座らせた。
エルンが心配そうに変な体勢のままのキリトに聞く。
「キリト様、立てますか?」
「ご、ごめん。立てないかも」
まさかのギックリ腰だった。こんな緊迫した状況で恥ずかしい……
キリトは、エルンとティム、そしてフレッドに抱えられて何とか起き上がり、ソファーに座ろうとしたが、腰の痛みが強くて座れなかった。
やむを得ず、クッションを枕にして絨毯に寝かせてもらう。
ティムが急いで医者に電話すると、荒れた部屋を片付け始めた。エルンとフレッドは、心配そうにキリトを見守る。
ほどなくして、近所のミャウ族の医師と看護師が到着した。絨毯に寝転ぶキリトにギョッとしていたが、一通り診察する。
「急性腰痛症ですな。鎮痛剤と湿布を出しておきましょう。2、3日は安静にして、その後は積極的に動くようにしてください」
キリトは、寝転んだままお礼を言う。
「ありがとうございます。あの、ちょっと恥ずかしいんで、この件はご内密に」
「分かりました。ですが、恥ずかしがる必要はありませんよ。よくあることです」
医者はそう言ってニッコリ笑った。看護師は、絨毯に寝転がる司政官を見て、笑いを堪えるのに必死な様子だった。
† † †
医者と看護師が帰った後、キリトは絨毯に寝転んだまま、何があったかをエルンとティムに説明することにした。エルンとティムは、絨毯に座って神妙な顔をして聞く。
「皇帝がそんなことを……許せない。とんでもない奴だ!」
ティムが怒って言った。不敬罪に問われかねない発言だったが、誰も咎めなかった。
エルンが、隣で絨毯に座るフレッドに優しく諭す。
「フレッド君。後悔や反省は大事なことですが、無意味に自分を傷つけることは自己満足でしかありません」
目に涙を浮かべるフレッドの両肩に、エルンが優しく手を置いた。エルンがフレッドを見つめる。
「悪いのは皇帝です。あなたは利用されただけです。どうやって皇帝の悪巧みを阻止するか、皆で考えましょう」
エルンがニッコリ笑った。フレッドは、少し躊躇った顔をしたが、こくんと頷いた。
「これは、私が処分しておきますね」
エルンが魂引石をポケットに入れた。
その様子を見ていたティムが、キリトに聞く。
「キリト様は、魂引石が割れないようテーブルの上に飛び込んで、手で受け止めたのですか? 咄嗟によく動けましたね」
キリトは苦笑して答える。
「いや、勢い余って前に飛び込みすぎてね。魂引石は私のお尻でバウンドして、絨毯に落ちたんだよ。割れなくて良かった」
「キリト様のお尻がフレッドさんの魂を救ったんですね。お尻が魂を……ぷっ、くくく、あははは」
ティムは真面目に言ったが、自分の言った言葉の可笑しさに気づき、思わず笑いだした。
それを見たキリトもエルンも笑いだした。少し遅れて、フレッドもクスクス笑い始めた。
皆、全てを笑い飛ばすかのように、ひとしきり笑った。
12/8 誤字を修正しました。




