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41 兄弟の会話

「まさか、フレッドがこっちに来ているなんて驚いたよ。一言連絡くれればいいのに」


「ごめん、兄さん。忙しいと思って連絡しなかったんだ」


 仕事始めの夜、公邸の応接室。キリトはフレッドを招き歓談することにした。フレッドは、はじめ遠慮したが、ワイズ准教授の助言もあり承諾した。


 フレッド達の宿泊施設は、ここからすぐ近くだが、夜道で何かあるといけないので、フレッドは今晩公邸に泊まり、明日ゼミ生達と合流することになった。


「フィールドワークはどうだい?」


 キリトはお菓子をつまみながらフレッドに聞いた。エルンとティムは、お菓子と飲み物を用意した後、退席していた。気を遣ってくれているようだ。


「うん。ほんと勉強になったよ。財閥解体に農地改革、税制改正による所得再分配の強化。こんな先進的な施策を区で実施しているのを見るのは初めてだってワイズ准教授が驚いてたよ。帝都で聞いている話とは全然違ったよ」


「そうなの? 帝都ではどんな話だったの?」


「うん。兄さんがいつものように厳しく統治していて、住民が苦しんでるって……」


 帝都では悪い噂が立っているようだ。財閥や大地主の工作だろうか。


「まあ、一部の人には恨まれているだろうしなあ」


「そういえば兄さん、また魂引石で襲われたって本当? その話を聞いてびっくりしたんだけど」


「……ああ、本当だよ。大晦日にね。運良く死なずに済んだよ」


 キリトはそう言うと、悲しい顔をして笑った。


 フレッドが泣きそうな顔で言う。


「どうして、どうしてそこまでして頑張るの? 暗殺されかかったんだよ? すぐに職を辞して帝都に戻って、司政官の仕事は別の誰かに任せばいいじゃない。どうして命懸けで頑張る必要があるの? 兄さん!」


 キリトも泣きそうな顔で言う。


「どうしてだろうなあ。確かに何もせずに帝都に逃げ帰って優雅に暮らすのが楽なんだろうけど、懸命に頑張っているミャウ族のみんな、第36区の職員のみんなを見ていると、やるだけやってみよう、って気持ちになっちゃうんだよね」


 そう言うと、キリトはフレッドの目を見つめた。


「……だからフレッド、その隠し持っている魂引石を私に渡してくれないかな」


 フレッドがビクッと体を震わせた。



† † †



「どうして分かったの? 兄さん」


 驚いた顔でフレッドが聞いた。キリトが泣きそうな顔のまま答える。


「フレッド、私が大晦日に魂引石で襲われたということは、どこにも公表されていないんだよ」


「あと、『また』と言ったね。私が前回も魂引石で襲われたことは、()()()()()()()()()()なんだよ……」


 フレッドがズボンのポケットに手を入れた。シニャクが持っていたものと同じダイヤモンドのような宝石を取り出した。


「皇帝陛下に頼まれたの?」


「……うん」


「前回もそうだったの?」


「……」


 フレッドは大粒の涙を(こぼ)した。


「……兄さんが前任地で酷いことをしているのは知ってた。兄さんに何度も『そんなことは()めて』って言ったけど、聞いてくれなかった」


「兄さんは、僕を心の底から軽蔑してたからね。低能、愚図(ぐず)、この家の(つら)汚し……両親のいないところでずっと(ののし)られ続けてた」


 キリトは、任地に対してだけでなく、弟に対しても酷い男だったようだ。胸が痛い。


「ある日、宮中のパーティーで、いつものように一人ぼっちで隅に立っていたら、侍従を介して皇帝陛下に呼ばれたんだ」


「陛下は、兄さんは人心が分かっていない。ちょっと驚かして懲らしめてやることにしたから、手伝って欲しいって」


「それで、あの日の晩、皇帝の部下だという女性をこっそり家の裏口から招き入れて、兄さんの部屋に案内したんだ。そしたら……」


「魂引石を使ったんだね」


「……うん。あっという間だった。寝ている兄さんの額に当てた()()の魂引石は、床で粉々に砕け散った。女は、窓から逃げて行った。僕はどうしていいか分からず兄さんの名前を呼び続けたんだ。そしたら……」


「私が目を覚ましたのか」


「うん。寝ぼけているのか、知らない言葉を話してたけど、朝になったら、まるで生まれ変わったように優しい兄さんになっていた。皇帝陛下のお陰だと思った」


 かわいそうに。フレッドは皇帝に騙されて、兄の暗殺の手引きをさせられたのか。その時偶然に(きり)()の魂がキリトの身体に入り、フレッドはキリトが皇帝のお陰で優しくなったと思ったのか。


 フレッドは続ける。


「でも、年明けに再び皇帝陛下に呼び出されて、陛下は兄さんを殺そうとしてたこと、前回は『失敗』だったことを知った」


「陛下は、兄さんを殺すよう僕に迫った。兄さんは第36区でも非道を働いている。帝国のために兄さんを殺せって」


「僕は拒否しようとしたけど、僕が兄さんを殺さなければ、もっとたくさんの人が死ぬ。お前は多くの人を見殺しにするのか、人殺しめって。一度兄を殺そうとしたのに、今更何を躊躇(ためら)うんだって……」


 フレッドが泣きながら両手で頭を抱える。


「違う! フレッドは人殺しなんかじゃない! 皇帝に利用されただけだ」


 キリトは強い口調で言ったが、フレッドは苦笑するだけでそれには答えず、話を続けた。


「僕は引き受けた。皇帝が裏で動いて、僕の所属しているゼミのフィールドワークを第36区に変更させた。ゼミの一行が司政官に挨拶できるようにした。僕に逃げ場はなかったよ」


「せめて……せめて、兄さんが以前のように非道な行いをしていたら、まだ踏ん切りがついたかもしれないけど……兄さんは、あの日から変わらず優しい兄さんのままだった」


 フレッドは、涙でくしゃくしゃの顔で、にっこりと笑った。


「兄さん、いや、兄さんであって兄さんでない、優しい優しい()()()()()。あの日から第36区に赴任するまでの日々、本当に幸せだった……ありがとう」


 そう言うと、フレッドはソファーから立ち上がり、魂引石を自らの(ひたい)に当てた。魂引石が美しい緑色に輝く。


 フレッドは、目を閉じて、輝く魂引石をローテーブルに放り投げた。

続きは明日投稿予定です。

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