4 概況説明
午後、キリトは第36区の長官官房総務課から概況説明を受けた。説明者は総務課長だ。
この世界の管理職の行政官は、スーツの上にマントを着けている。
マントの色は、階級によって異なっていて、総務課長は赤色だ。官位12階を思い出す。
第36区、旧ミャウミャウ共和国は、帝国のある中央大陸から南に突き出た半島に位置する。
ちなみに、第36区の庁舎があるニャト市は、半島の付け根の西側に位置している。
人口はおよそ90万人。ほとんどがミャウ族で、主要言語は帝国と同じ大陸中央語。温暖な気候で、農業と漁業が盛んだ。
元々、帝国との関係は良好で、帝国へは農産物や魚介類の輸出、帝国からは工業製品の輸入が行われていた。対帝国では常に輸入超過の状況だったようだ。
近年、ミャウミャウ共和国は、帝国の領土拡大政策上、南方大陸への侵攻の中継地となり得る重要な地域となっていた。
当初は、軍港や航空基地等の租借が協議されたが、中立政策を取っていたミャウミャウ共和国が拒否。
その後、ミャウミャウ共和国を訪れていた帝国貴族がミャウ族の過激派に襲撃される事件が起き、これを契機に帝国が宣戦布告した。
帝国は、ミャウミャウ共和国を昨年の年始に占領、今年の年始に併合した。今は年末だから、占領から約2年だ。
帝国は旧ミャウミャウ共和国の地域を第36区と命名。いくつかの軍港と航空基地、駐屯地等を整備したが、それ以外に戦後復興等の具体的施策は実施していない。
「戦後復興策を実施していない理由って何かあるのかな?」
キリトは素朴な疑問を聞いてみた。帝国の領土になったのであれば、普通は発展させようするのではないかと思ったからだ。
総務課長が苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「軍務省は、軍港や航空基地等が整備できればよいという考えで、第36区の復興に関心がありません。併合後は内務省が中心となって対応すべきというスタンスです」
「一方、内務省は、完全に民政移管されるまでは軍務省が中心となって対応すべきというスタンスで、当面は第36区内の税収以上の予算措置は行わないということです」
占領当初は軍が復興に消極的で、併合後は軍務省と内務省が面倒事の押し付けあいをしているようだ。
第36区のミャウ族や現地職員にとっては、たまったもんじゃない。キリトは総務課長に聞く。
「この街の荒廃ぶりを現に見ている職員なら、色々と対策を考えてるんじゃないかな?」
「仰るとおり、色々と検討はしておりますが、いずれも前任の司政官から再検討を指示されるなどして進んでおりません」
上からの指示か本人の意向か、前任の司政官は何も進めなかったようだ。
昨日の軍政監の話だと、施政は任せるということだった。そして、日本の単なる一教師だった自分が何か凄い策をすぐに思いつくわけでもない。とにかく専門家に任せよう。
「分かった。軍務省や内務省がどう言うかは分からないけど、再検討中のものも含めて、まずは第36区の各部局が検討している施策を教えてよ」
キリトがそう言うと、総務課長の顔が明るくなった。
「承知しました。各部局と調整して、順次ご説明させていただきます」
「よろしく。一刻も早く第36区を復興させないとね」
キリトが笑顔で言った。総務課長は嬉しそうに大きく頷いた。
† † †
「総務課長、喜んでいるようでしたね」
総務課の概況説明が終わった後、エルンがキリトに話しかけてきた。エルンも何だか嬉しそうだ。
キリトが笑顔で応じる。
「現地であの惨状を見ていたら、普通は誰しも何とかしたいって思うはずだもんね。みんな行政のプロだから色々考えてくれてるだろうし」
話している途中で、キリトがあることを思いついた。エルンに相談する。
「あ、そうだ、自分の目で第36区の現状を詳しく見てみたいな。現地視察を準備してもらってもいいかな? どの部署に相談すればいいのか分からないけど」
「承知しました。至急調整いたします」
エルンが笑顔で敬礼した。