39 能力発揮
建設局の総務課長と道路課長が退室すると、入れ替わりで社会局の援護課長が入ってきた。目が充血している。
援護課長は、分厚いファイルと概要ペーパーを司政官に手渡すと、説明を始めた。
「年末にご指示のありました社会保障制度の素案をお持ちしました。詳細はこのファイルにまとめていますが、概要ペーパーをもとに粗々ご説明いたします」
「税か保険か、実施主体や給付対象の範囲をどうするかなど、かなり悩みましたが、全住民を対象とした皆保険・皆年金、保険者1者でいきたいと思います」
「まず医療保険ですが、保険料率及び医療費の自己負担割合は所得に応じたものとし、難病等に対応するため、所得に応じた自己負担限度額を別途設定することにします」
「年金保険は賦課方式とし、保険料率及び年金支給額は所得に応じたものとします。ミャウ族の平均寿命や世代別の就業率等を考慮して、老齢年金の支給開始年齢は56歳とします。障害年金も創設します」
「医療保険及び年金保険の保険者として、慈母ミャミイの名を冠した「ミャミイ共助機構」を各市共同で1者設置します。こちらに保険基金を造成し、医療勘定と年金勘定、運用勘定で経理します。運用勘定の運用益は、医療・年金両勘定に繰り入れて財源として活用します」
「保険料は、住民の他、各事業者、各市及び第36区も負担します。住民及び各事業者の保険料は、市税と一緒に徴収し、各市が徴収した保険料を保険基金に繰り入れることにします。制度立ち上げ時は、戦後復興特別税の活用も視野に入れています」
「最後に、保険制度でカバーしきれない戦災孤児対策や貧困対策については、年末にご説明した『救民基金』のスキームをベースに、援助団体の設立や運営の助成を中心にまずは進めたいと思います。本当は生活保障金の支給等を行いたかったのですが、どうしても財源が捻出できませんでした」
心底悔しそうな顔をして、援護課長は説明を終えた。財源は有限である以上、やむを得ないと思われた。
保険制度で医療費や障害年金、老齢年金が支給されるので、そこで相当程度カバーできるだろう。
医療費の自己負担割合や年金支給額を所得に対応させるなど、高所得者に厳しい制度設計になっているようだが、貧富の差が激しいミャウ族の現状を考えると仕方ないと思われた。
それにしても、短時間でよくぞここまで……キリトは援護課長の手を取った。
「この短時間で、よくここまで制度を構築してくれた。感謝する。本当にありがとう」
援護課長は、少し照れながら答えた。
「わ、私が本気を出せば、これくらいどうってことないですよ」
そう言いながら、援護課長は少しフラフラしている。年末年始、ほとんど寝ずに立案したのだろう。よく頑張ってくれた。
そんな疲れ切った援護課長に申し訳ないと思いつつ、キリトは一つお願いをした。
「制度内容について、私は何も言うことないよ。もし可能なら、週明け頭に予定されている戦後復興特別税の発表と同時に、この保険制度についても発表できないだろうか」
「余裕です。何なら関係する司政官令を全て公布することも可能です」
「い、いや、そこまでは大丈夫だよ。君はともかく皆の体が持たないだろうし。制度概要の発表だけでいいのでよろしく」
援護課長の提案に、キリトが慌てて言った。援護課長が笑いながら答えた。
「承知しました。それでは制度概要までにしたいと思います。この制度が動き出せば、ミャウ族の誰もが安心して医療を受けられます。ニニがまた高熱を出したとしても、すぐに必要な薬を処方してもらうことができます」
「ん? ニニ?」
「あ、いえ、何でもありません。それでは失礼します」
援護課長が慌てて長官室を出て行った。陪席していたエルンが笑いを堪えながらキリトに言う。
「彼をミャムミャム財団訪問に連れて行って良かったですね」
「本当だね。本当に良かった」
キリトは何度も頷き、援護課長がまとめた分厚いファイルをパラパラとめくった。




