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36 園丁

 日付が変わる少し前、公邸に警保局長と警備課長が来た。警備課長が状況を説明する。


「約束の店に来た帝国中心地域出身と思われる男を確保しましたが、残念ながら自殺を防ぐことができませんでした。申し訳ございません」


「自殺?」


 キリトが驚いて聞いた。警備課長が続ける。


「はい、確保しようとした際に逃走を図りましたが、逃げられないと分かると、スーツの胸ポケットに入れていたペンで自らを刺しました」


「ペンには毒針が仕込まれていたようで、直ちに救命措置を施しましたが、ほぼ即死でした」


「所持品を確認しましたが、素性を確認できるものはありませんでした。ポケットには、コイン1枚のほか、毒薬が入っておりまして、おそらくシニャクを毒殺するつもりだったと思われます」


「シニャクの状況は?」


「はい。無事ですが、かなり動揺しています。シニャクは中央警察署の留置場に戻しましたが、警備を増やしました。念のため、彼の両親、恋人家族についても、警護を付けました」


「分かった。色々とありがとう」


 キリトは、ソファーにもたれかかった。本当に口封じにシニャクを殺そうとしていたのか。しかも、逃げられないと分かったら自殺するとは。そんなことが現実にあるなんて信じられなかった。


 エルンが警備課長に聞いた。


「ポケットに入っていたコインとは、どういうものですか?」


「こちらです」


 そういうと、警備課長が鞄から透明な袋を取り出すと、ローテーブルに置いた。袋の中には、何の変哲もない帝国コイン1枚が入っていた。


「これは……まさか、そんなことないですよね?」


 エルンが驚いた様子で警保局長に聞いた。警保局長が答える。


「いえ、これは『園丁(えんてい)』かもしれません」


「信じられない……」


 エルンが(つぶや)いた。キリトが聞く。


「『園丁』って何者なの?」


 エルンが答える。


「表向きは帝室の庭園を管理している私臣なのですが、裏では皇帝の命を受けて諜報活動や暗殺を行っているという都市伝説があるのです。暗殺現場には、皇帝に関連する物を残していくと聞いたことがあります」


 警保局長が小声で言う。


「私は、長らく帝都の警察本部で働いていましたが、一度だけ、園丁の仕業だと思われる現場を見たことがあります。被害者の片目が(えぐ)り取られ、皇帝陛下の肖像の入ったコインが1枚押し込まれていました。犯人は未だに見つかっていません」


 キリトは息をのんだ。警保局長が続ける。


「昨年……失礼、新年ですので一昨年ですね。新たな皇帝陛下が即位され、新皇帝の肖像のコインへの切り替えが始まっていますが、現時点で流通している新皇帝の肖像のコインはこの1種類だけです」


「つ、つまり、司政官の暗殺を指示したのは……」


 警備課長は、そこまで言って黙った。勅任官である司政官を前にその名を言うのは(はばか)られたようだ。


 キリトは、ため息をついた後、警保局長と警備課長に笑顔で言った。


「ありがとう。ここまで分かれば十分だろう。これ以上の捜査は、皆さんにも危険が及ぶ可能性がある。ここが潮時だね」


「園丁と思われる者については、身元不明で処理しよう。あと、シニャクについては処分保留で釈放し、両親や恋人家族を含めて引き続き警護しつつ、皆でどこか帝都の目が届きにくい場所で生活できるよう手引きしてあげてもらってもいいかな」


「司政官に危害を加えたシニャクを釈放して、よろしいのですか?」


 警備課長が聞いた。キリトが笑いながら言う。


「軍に引き渡すと、どこかで本当に消されちゃいそうだしね。そうなったら後味が悪いし」


「力及ばず申し訳ありません……最近の報道を拝見している限り、司政官は第36区のためにご尽力されておられます。なぜ司政官が帝国の皇帝に命を狙われるのか、私には分かりません」


 警備課長が意を決したように言った。ミャウ族の職員にそう言ってもらえると正直嬉しい。


「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」


 そう言って、キリトは透明な袋の中のコインに目を落とした。コインの新皇帝の肖像は、強い意志を感じさせる表情で、天井をじっと見つめていた。

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