34 面会
キリトは、私室に戻って急ぎ軍服に着替えると、ティムが用意してくれた司政官のガウンを羽織り、応接室へ向かった。
応接室では、すでに警保局長とミャウ族の警備課長、あとエルンが待ってくれていた。
「お待たせ。遅くなってごめん」
「いえ、こちらこそ、お休みのところ申し訳ございません。昨日、司政官を襲った者の身柄を確保しましたので、至急ご説明に参りました」
警保局長が説明を始めた。
「被疑者の名前はシニャク。ミャウ族の男性、20歳。元軍人で現在は無職。ニャト市の両親の自宅にいたところを拘束しました」
「お手柄だね。どうやって犯人に辿り着いたの?」
キリトの質問に、警備課長が答える。
「はい、犯行に使われた魂引石に付着していた体毛等の遺伝情報と、旧ミャウミャウ共和国軍の軍人識別情報に登録されていたシニャクの遺伝情報とが一致したため、早期確保に結びつきました」
「ありがとう。よくやってくれた」
「恐れ入ります」
「あ、あと、昨日現地の警察署長や私の警護担当には口頭で伝えたけど、昨日の警備体制には問題はなかった。皆さんを含めて一切不問! これは職務命令だからね。関係者の処分や辞職はしないでね」
「寛大な処置に痛み入ります」
警保局長と警備課長が申し訳なさそうに言った。キリトは笑顔で頷き、話を続ける。
「それで、この後の対応はどうなるの?」
「はい、軍属である司政官に対する犯行であるため、南方第3軍の憲兵隊に引き渡す見込みです」
「そっか。もう軍には連絡したの?」
「いえ、まだです」
シニャクの背後には皇帝・良識派がいるのではないか。何とかして、この推測が正しいのか確認したい。
キリトはそう考え、警備課長に笑顔で話しかけた。
「このまま引き渡すのは、何かもったいないよね」
「といいますと?」
警備課長が聞いた。キリトが両手を頭の後ろに回しながら答える。
「いや、今回の事件は、このシニャクっていう若者の単独犯じゃないでしょ?」
警備課長は黙った。同じ考えなのだろう。
「おそらく、このシニャクの背後には何らかの組織がいると思うんだ。軍に引き渡すのは、それが何かを突き止めてからでも遅くないんじゃないかな」
「せっかく捕まえたんだ。全容を解明する前に軍に引き渡すなんて、警察としても面白くないでしょ?」
警備課長は何も言わなかったが、その表情を見る限り図星のようだった。キリトは畳み掛ける。
「シニャクがどういう者かによるけど、上手くこちら側に引き入れて、背後の組織を把握できれば、今後の治安維持にも役立つと思うんだよね」
「シニャクの人となりが知りたい。シニャクに面会させてもらえないかな」
「し、司政官自らですか?」
警備課長が驚いて聞いた。
「うん。その可能性を自分の目で見極めてみたい。一応被害者だから犯人確認も兼ねてね」
キリトが笑顔で言った。警保局長と警備課長は困った顔をしたが、「被害者」という言葉が効いたようで、渋々了承してくれた。
† † †
ニャト市中央警察署の取調室。キリトが警備課長とエルンを伴って中に入ると、部屋の真ん中に置かれた机の向こう側に座ったシニャクが顔を上げた。黒と灰色の縞模様の毛並みで、かなり若く見える。
シニャクの両手には、グローブのようなものが被せられていた。ネコ同様、ミャウ族が指先から出し入れできる鋭い爪を使えないようにするためだろう。
シニャクはキリトを見て一瞬驚いた顔をしたが、すぐに顔を背けた。両脇を固める警察官が敬礼する。
「私のことを覚えているかな?」
キリトは警察官の敬礼に応じた後、机の前に立ち、シニャクに聞いてみた。シニャクがキリトを睨みつけて答える。
「知らねえよ!」
昨日聞いた声だ。キリトは挑発してみることにした。
「さようなら司政官」
キリトが芝居がかった調子で言う。シニャクの耳がピクッと動いた。
「ぽてん、ころころ……ぷぷぷ」
キリトは魂引石を投げる真似をして笑った。
「くそ! あの石を踏み割って殺してやれば良かった!」
シニャクが立ち上がって叫んだ。両脇の警察官が押さえつけて座らせた。やはり、昨日のフードの若者で間違いなさそうだ。
キリトは睨みつけてくるシニャクに机越しに顔を近づけた。笑顔で聞く。
「誰に頼まれたの?」
「言う訳ないだろ!」
シニャクが相変わらず睨みながら言った。思ったより単純な若者のようだ。これで背後に誰かいることがあっさり分かった。
キリトは笑顔のままシニャクに言う。
「言わないと、死ぬより辛い目に遭うよ?」
「そ、そんな脅しに屈するかよ!」
「そっか。じゃあ全員『壊す』しかないか」
シニャクの顔色が変わった。
「な、なんだよ『壊す』って?」
キリトがきょとんとした顔で言う。
「え? 言葉どおりだよ。君の両親や恋人、友人、知人……君が今までに関わった全ての人を拷問して、他に関与してそうな者を聞き出した後、魂を破壊するんだよ」
シニャクの両側にいる警察官や警備課長が怯えた顔をした。キリトが本気だと誤解している分、いい雰囲気を醸し出してくれる。
シニャクが少し怯みながら叫ぶ。
「ふ、ふざけるな!」
「ふざけてないよ。だって誰が私の暗殺に関わってるのか分からないんだもの。反抗の芽は早期に摘まなくちゃね」
「そんなことできるはずが……」
「できるよ。私は司政官だ。私の前任地の話は聞いてないのかな?」
キリトが事もなげに言った。シニャクが怯えた顔をした。背後の組織から一体どんな「話」を聞いているのだろうか。
「これ以上は時間の無駄だね。エルンさん、いつものようにお願いしてもいいかな」
キリトは斜め後ろに立っているエルンの方を向き、シニャクに見えないように目配せをした。
エルンは、瞬時に察したようで、普段見たこともない冷徹な顔をして言った。
「承知しました。手始めに両親を拷問し、魂を破壊します」
エルンが取調室から出ようとすると、シニャクが叫んだ。
「ま、待ってくれ! レジスタンスだ、レジスタンスに頼まれたんだよ! だから家族には、両親には手を出さないでくれ!」
「なるほど、ということはレジスタンス以外に私の命を狙っている組織があるということか」
「ええ、仰るとおりですね」
キリトとエルンがお互いに笑いながら言った。




