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33 新年の思索

 新年初日。キリトはいつもどおりティムが淹れてくれたお茶で朝を迎え、食事室で朝食を取ると、書斎に移動して、のんびり過ごすことにした。


 各紙の新聞を読んだが、昨日のニャミー海岸の騒動はどこにも書かれていなかった。


 テレビのニュースも同様だ。3年ぶりに各地で日の入り(もうで)が行われたことを伝えるだけだった。警保局が報道自粛を要請したのだろうか。


 新聞やニュースでは、本日付けで農地改革や所得再分配が強化された税制がスタートすることが改めて報じられていた。


 ニャト新聞・ニャト放送は相変わらず批判的な論調だったが、ミャウミャウ新聞・ミャウミャウ放送の論調は少し軟化しているように感じた。財閥解体の効果が出ているのだろうか。


 キリトは、南北テレビの娯楽番組を流しながら、昨日のことを考えた。


 警察署長やニャリスが初めて見るような珍しい「魂引石」を使った犯行。あの若者による単独犯ではないだろう。おそらく背後に魂引石を用意するなどした者がいるはずだ。


 やはり、財閥か大地主だろうか。だが、そうであれば、一般的な刃物や銃、爆発物、毒物を使うのではないか。魂引石などという珍しい特殊なものを使う必要はない。


 エルンは、魂引石は帝国の一部の官吏にしか所持が許されていないと言っていた。帝国でも珍しい魂引石を入手できる立場の者……帝国の犯罪組織か、それとも()()()()()()


 キリトは考えを進める。


 帝国そのもの、すなわち皇帝が背後にいるとしたらどうだろう。確かに皇帝であれば、魂引石を簡単に入手できるように思われる。でもどうして?


 もし、司政官がミャウ族の青年に魂引石で殺されればどうなるか。


 死刑よりも重い残虐な方法で殺されるのだ。当然、軍は厳しい措置を講ずるだろう。憲兵が手荒な方法で犯人捜査を行うだろうし、戒厳を宣告して、治安維持の強化を図るかもしれない。


 仮にそうなれば、ミャウ族の不満は高まり、軍との間に様々な軋轢が生まれるはずだ。その行き着く先は、ミャウ族の武装蜂起、内戦。ワタルに対する密命と同じ結末だ。


 ワタルによる工作の成否を待たずに、ミャウ族の内戦惹起を目指しているのか……


 もしかすると、皇帝・良識派は、我々の想像以上に急いでいるのではないか。

 ワタルに密命を下しつつ、ほぼ平行して司政官暗殺その他の工作を進めているのではないか。それは何故か?


「南方侵攻が間近に迫っているのか……」


 キリトは(つぶや)いた。



† † †



 キリトは、気分転換に公邸の庭園を散歩することにした。コートを羽織って外に出る。


 庭園の木々の多くは落葉しているが、冬咲きの花がちらほら咲いている。キリトはその花を見ながらのんびり池の周りを散策した。


 仮に南方侵攻が目前に迫り、皇帝・良識派が急いでいるのであれば、こちらも急ぎ混乱を引き起こす必要がある。


 来週の預金封鎖等による混乱を皇帝・良識派がどう受け止めるか探りつつ進めることになるだろう。


 自分に対する暗殺もまだ続くのだろうか。キリトは身震いした。命を狙われているなんて、ほんと恐ろしい話だ。


 そういえば、とキリトは昨日のフードの若者の言葉を思い出した。


 ……前回は失敗したそうだが、呆気(あっけ)ないもんだな……


 前回? 自分は知らない間に暗殺されかかっていたのだろうか。いや、対象者が気づかない程度のミスや中止を「失敗」などと表現するとは思えない。


 この「前回」は、単なる回数だろうか。あるいは、魂引石を使った手段も含んでいるのだろうか。


 もし、手段も含んでいるとしたら……2ヶ月前のキリトの魂の入れ替わりは、もしかすると、魂引石による暗殺が行われたせいなのではないか?


 キリトは立ち止まり、池を覗き込んだ。自分であって自分ではない若者の顔が映っていた。


「君の魂は、もしかして魂引石で破壊されてしまったのかな」


 池に映る若者は、当然だが何も答えず、自分を見つめている。


 大貴族であり、若く優秀だが冷酷なキリト司政官。前任地では相当恨まれていたようだ。


 そんな彼が前任地のレジスタンスや過激派に暗殺されたとすれば、前任地での反体制運動は勢いづいて激化するだろうし、軍による弾圧も激しくなるだろう。


 その混乱は、間接的に南方侵攻の妨げになる。皇帝・良識派が求めているものだ。


 最初の暗殺は、偶然にも(きり)()の魂がキリトの身体に入ったことで失敗した。そこで、皇帝・良識派は、彼を第36区へ赴任させ、そこでも恨まれることを見込み、改めて暗殺することで混乱を引き起こそうとしたのではないか。


 すべて憶測の域を出ない。だが「当たらずとも遠からず」ではないかと思われた。


「はあ、引き続き暗殺の脅威に(おび)えながら、ミャウミャウ共和国の復興を急ぎつつ適度な混乱を引き起こし、帝国内の厭戦(えんせん)感情を高めて南方侵攻を食い止める、か。一社会科教師には荷が重すぎるよ」


 キリトはため息をついた。「適度な混乱」によりミャウ族に一定の犠牲を強いる。その罪を背負って自分は進むことができるのか。答えはまだ出なかった。


 その時、公邸の建物の方からティムの声がした。


「キリト様ぁ!」


 キリトはティムに手を振った。ティムがキリトのいる池の端まで走ってきた。息を切らしながら慌てた様子で話す。


「キリト様! 警保局長が至急面会したいと。昨日の犯人が捕まったそうです!」


「え、本当?!」


 キリトは思わず声を上げてしまった。

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