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32 宝石の正体


「こ、これが『魂引石(こんいんせき)』ですか……初めて見ました」


 警察署の署長室で、白い手袋をはめた署長が、ダイヤモンドのような宝石を手に取って(つぶや)いた。よほど貴重な宝石のようだ。


 エルンが署長に答える。


「帝国でも一部の官吏にしか所持が許されていない珍しいものです。通常は棒や杖とセットになっているのですが……体毛等が付着していれば犯人の手がかりになるかもしれません」


 署長は、魂引石と呼んだ宝石を鑑識と思われる警察官に渡すと、ソファーに座るキリトに言った。


「今回の責任は、すべて私にあります。一連の後始末が終わりましたら辞職しますので、どうか他の者に累が及ばぬよう……」


 ニャリスも神妙な顔をして言った。


「いえ、司政官の警護担当は私です。私にも責任があります。辞職します」


 何だか大事(おおごと)になってきた。第36区のトップが一時的に一人になって変な人に絡まれたとはいえ、所詮その程度の話だ。辞職はいくらなんでもやり過ぎだ。キリトが慌てて立ち上がり言った。


「ちょ、ちょっと待って! 皆さんはしっかり警備していましたよ。魂引石は確かに珍しいのでしょうが、あの程度のことで辞職する必要はありませんよ」


「あ、あの程度だなんて、そんな……」


 署長が言葉に詰まった。キリトは続ける。


「私はどこも怪我をしてませんし、日の入り(もうで)を楽しんで、こうして無事に警察署に戻れたんです。問題ありません。変な人に絡まれた程度です」


「ですから、この件は不問! 皆さんは引き続き職務を全うしてください。これは司政官としての職務命令です。警保局長にもそう言っておいてください」


「か、寛大なお心遣いに感謝いたします」


「次は命に代えてでも司政官をお守りいたします!」


 署長とニャリスが敬礼した。ニャリスは涙を浮かべている。キリトは笑った。


「そんな大げさですよ。お祭りはまだ続くんですし、引き続き警備をよろしくお願いします。ニャリス君、新年からも警護よろしくね。また街をブラブラしよう」


 そう言ってキリトは署長とニャリスに握手をした。


 キリトは、魂引石を投げつけた変人の特徴を伝えるなどした後、捜査をするなら、なるべくお祭りに影響ないようにして欲しい旨伝えて、警察署を後にした。


 ニャリスは後処理のため警察署に残ることになった。その代わりということで、キリトの乗る車の前後を数台の警察車両で警護しながら帰ることになった。そのうちの一台は装甲車のような厳つい車両だ。しかも、上空はヘリコプターで警戒に当たるらしい。


 キリトはそんな大げさな対応はいらないと言ったのだが、警察署長が頑として譲らなかった。仕方なく受け入れることにした。



† † †



 帰りの車は、エルンがハンドルを握り、助手席にティムが座った。二人とも無言だ。帰りの道路では、あちこちで検問が行われていた。


 キリトは窓越しに空を見た。本当にヘリが飛んでいた。


「今日はキリト様を危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありませんでした……」


「本当に申し訳ありません……」


 エルンが車を運転しながら神妙な顔で言った。ティムも真面目な顔で謝る。


 キリトが笑いながら言った。


「二人も大げさだなあ。さっきも言ったように、一瞬変な人に絡まれた程度なんだから、二人とももう気にしない! そんな顔されると、私も暗くなっちゃうよ」


「すみません。二度とこのようなことがないよう、気をつけます」


 エルンが言った。キリトが笑顔で言う。


「今回のようなことを完璧に防ぐのは難しいだろうし、何かあればその時に助けてくれればいいよ。それにしても、日の入り詣は本当に楽しかった。もし二人がよければ、また今度遊びに誘ってもらえないかな」


「……ありがとうございます!」


「是非、また今度ご一緒させてください!」


 エルンとティムが泣きそうな顔で答えた。キリトが笑う。


「ははは、だから大げさだって。また今度よろしくね。楽しみにしておくよ」


「恐縮です。それにしても、あの石が魂引石だとご存知の上での、キリト様のあの寛大なご対応……私は感服しました」


 エルンが言った。実はまだ魂引石が何かよく分かっていなかったが、エルン達に心配をかけないよう、キリトは笑顔で言った。


「まあ、何も実害はなかったしね。それにしても、あの魂引石、真っ青で綺麗だったなあ」


「魂引石は、それが触れた者の魂に応じて光ります。キリト様の魂は、それこそ澄み渡る青空のように美しいのですね」


 エルンが嬉しそうに言った。キリトが照れながら言う。


「ははは、よしてよ、恥ずかしいじゃない」


「いえ、あれほど綺麗に光り輝くことは滅多にありません」


「そうなの? 私の魂もまんざらじゃないんだなあ」


 そう言ってキリトが笑った。エルンとティムもようやく笑ってくれた。



† † †



「それじゃ、お休み。よいお年を。疲れてるだろうし、ゆっくり休んでね」


「ありがとうございます。それでは失礼いたします。よいお年を」


 公邸に戻り、ティムが衣服等をキリトの私室に届けてくれた。ティムはキリトに挨拶すると、自室に戻って行った。


 キリトはお風呂や着替え等を済ませると、ベッドに寝っ転がった。私用端末で帝国情報網のスタートページを開く。


「ええっと、確か『魂引石』だったっけ……」


 キリトは、独り言を呟きながら、「魂引石」について検索した。


 ……魂引石とは、魂制御器具の一種で、人の(ひたい)に接触させることで、その人の魂の一部を体から分離して取り出すことができる。魂の一部を取り出した後、魂引石を破壊すると、その人の魂も破壊される。魂砕刑(こんさいけい)に使用される……


 何だか不穏なことが書いてある。キリトは慌てて「魂砕刑」について検索した。


 ……魂砕刑とは、魂制御技術が進んでいる一部の先進国で実施されている刑罰の一種。通常、死刑よりも上位の最高刑として定められている。魂引石を使用するなどして、人の魂を破壊して消滅させることで刑を執行する。


 死後、あの世に行くことさえ許さない非人道的な刑罰であるとして、国家間連絡協議会の司法分科会は、魂砕刑を実施している一部の先進国に対して廃止を勧告している……


「え? つまり私は、あの宝石で殺されかけたってこと?」


 知らぬが仏とはこのことだ。キリトは、なかなか寝付けなかった。

続きは明日投稿予定です。

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