31 最後の夕日
キリト達が歩き始めてすぐに、海岸通りは歩行者天国になった。
右手、通りの山側には屋台が所狭しと並び、多くの人々が行き交っている。ミャウ族だけでなく、帝国中心地域から来た観光客と思われる者もちらほら見かける。皆、ハレの日を楽しんでいるようだ。
左手、海側の堤防の向こうは、遠浅の海岸が続いている。だいぶ日が落ちてきた。
「キリト様、早いですね。日の入り岬に着く頃にはお腹いっぱいになっちゃいますよ」
歩き始めて数分もせずにキリトが屋台でベビーカステラのようなものを買うと、ティムが笑いながら言った。
キリトがベビーカステラのようなものを皆に配りながら言う。
「ははは、ついテンションが上がってしまったよ。まあ後で後悔しないように、先に食べたいものを食べることにするよ」
一行は、屋台を楽しみながら、少し先の「日の入り岬」へ向かった。たくさん買い食いしたキリトは、案の定お腹いっぱいになってしまった。
† † †
日の入り岬は、ニャミー海岸北側の丘が海にせり出した場所にある。かなり広い原っぱになっていて、ここにも多くの屋台が出ていた。
岬は多くの人でごった返していた。要所に配置された警備員や警察官が、空いている場所へ誘導していた。
キリト達は誘導に従い、岬の中央付近に移動した。ニャリスが近くの警察官に声を掛けたようで、岬の中央は他の箇所よりも警察官が多いようだ。岬は山側へ行くほど高くなっているので、水平線に沈む夕日が良く見えた。
「まもなく日の入りですね」
エルンが言った。にわかに周りが静かになった。
キリトは水平線を見つめる。美しい夕日だ。ワタルの話だと、自分がこの世界にいられるのは1年。ということは、来年の大晦日にこの夕日を見ることは叶わない。来年の今頃は「あの世」だ。
そう考えると、キリトは悲しい気持ちになったが、自分でも意外なほど落ち着いていた。
確かに「死」は怖い。だが、一度死んだ人生なんだ、やるだけやって「あの世」へ行こう、という何か静かな闘志が湧いてくるように感じた。
キリトは夕日に向かって静かに手を合わせた。この世界のため、やるだけやってみます。どうか、少しでも良い世界になりますよう、お助けください。
夕日が完全に水平線の下に入った。日の入りだ。
すると突然、周りのミャウ族が続々と海に向かって叫び始めた。
「うおー! 来年は彼女つくるぞー!!」
「今年よ、ありがとうー!!」
「大金持ちになれますように、大金持ちになれますようにぃ!!」
何か、思っていたのとは違うお祈りスタイルだった。
† † †
祈りの叫びが響き渡る中、興奮した若者の一部が警察官の制止を振り切って岬の先端に向かって走り出した。その流れに分断され、キリトは他の皆と離ればなれになった。
その時、横から誰かが手を伸ばし、キリトの額にダイヤモンドのような宝石を押し当てた。宝石がサファイアのような美しい青色に光り輝く。
キリトは、その宝石の持ち主の方を見た。フードを被っていて顔はよく見えないが、ミャウ族のようだ。背格好からすると、若い男性だろう。
フードの若者は、キリトの前に躍り出ると、キリトに向かって話しかけた。
「ふん、前回は失敗したそうだが、呆気ないもんだな。さようなら司政官」
フードの若者が、青色に輝く宝石をキリトの足下に投げつけた。
ぽて、ころころ……
地面の雑草がクッションになったようで、宝石は割れずに地面に転がった。キリトが不思議そうに宝石を拾う。
「くそ!」
フードの若者は、何故かその場を離れ、人混みに消えていった。
「司政官、大丈夫ですか」
ニャリスが人混みをかき分けてキリトの所へ走ってきた。エルンやティムも慌てて走り寄る。
「すみません、3年ぶりのお祭りで、若者が羽目を外しているようで。あれ、それは何ですか?」
ニャリスが、キリトの手元で光り輝く宝石に気づき、キリトに聞いた。キリトが不思議そうな顔をして言う。
「何かよく分からなかったんだけど、誰かが私の額にこれを押し付けた後、投げ捨てて行っちゃったんだよ。こんな綺麗な宝石なのに、一体どうしたんだろう」
「キリト様!!」
それを聞いたエルンが叫んだ。青ざめた顔をしている。ティムも同じだ。
「キリト様! 動かないでください!」
何が何だか分からなかったが、キリトは言われるとおりにした。エルンがキリトから宝石を慎重に受け取ると、震える手でその宝石をキリトの額にそっと触れさせた。
宝石は光を失った。
それを見たティムは、気が抜けたのか、その場にへたり込んでしまった。
エルンは、その宝石をポケットにしまうと、ニャリスに向かって叫んだ。
「ニャリスさん、現場の警察官を集めてください! キリト様を急ぎ安全な場所へ」
「わ、分かりました!」
エルンの指示を受け、ニャリスが走っていった。きょとんとするキリトの横で、緊迫した表情のエルンが周囲を警戒する。それを見たティムも立ち上がり、キリトを守るように周囲を見張る。ほどなくして、ニャリスが警察官を集めて戻ってきた。
事態が飲み込めないまま、キリトは多数の警察官に囲まれて、警察署へ連れて行かれた。




