30 日の入り詣
「キリト様、大晦日はニャミー海岸へ『日の入り詣』に行きませんか?」
仕事納めの日の夕食後、公邸の書斎でキリトが新しく購入した私用端末の使い方をティムに教えてもらっていると、ティムがキリトに提案した。
「日の入り詣?」
「ええ、知り合いのミャウ族職員に聞いたのですが、ミャウ族の風習で、大晦日の夕日を見ながら、この一年を無事に過ごせたことへの感謝と、翌年が良い年になるように祈るんだそうです」
「この前視察に行ったニャミー海岸が有名なスポットになっていて、屋台もいっぱい出ていて楽しいみたいですよ。ミャウ族は、日の入り詣の後、家族や友人とワイワイ楽しんで、新年初日は寝て過ごすんだそうです」
ティムが、いかにも楽しげに話した。確かに楽しそうだ。せっかくの誘いなのでお言葉に甘えてみよう。
「楽しそうだね。私も参加させてもらっていいかな?」
「是非とも! 実は、すでにエルンさんとキリト様を誘おうって話をしていたんです。それじゃあ準備を進めますね」
ティムが嬉しそうに答えた。
† † †
大晦日の昼過ぎ、キリト達は職員共済で借りた車で職員宿舎を出発した。ニャト市からニャモリ市のニャミー海岸へは車で約2時間の道のりだ。
エルンがハンドルを握り、助手席には警護のニャリスが乗り込んだ。後部座席にはキリトとティムが座る。エルンとニャリスが交替で車を運転してくれるそうだ。有り難い。
ティムはワタルにも声を掛けたそうだが、ワタルはニャムニャの実家に招待されたとのことで、今回は不参加だ。
キリトは、助手席のニャリスに話しかけた。
「大晦日なのに警護の仕事でごめんね」
「いえいえ、元々年末年始は公邸で当直の予定でしたし、有名なニャミー海岸の日の入り詣に行けるんでむしろ嬉しいです」
「そういってくれると、こちらも嬉しいよ」
キリトは笑顔で言った。ちなみに、ニャミー海岸を所管する警察署には、キリトが日の入り詣に行くことが伝達されており、例年より警備が強化されているそうだ。
色々と申し訳ないが、皆に感謝しつつ思いっきり楽しむことにしよう。
日の入り詣に向かう車で道路は混雑していたが、早めに出発したこともあり、一行は日の入りに十分間に合う時間にニャミー海岸に到着した。
海岸付近の駐車場は、ほんとんど満車だったが、キリト達は海岸近くの警察署の駐車場に車を停めた。特別扱いで申し訳ない気分だったが、警備上の要請もあるのでやむを得ない。
駐車場では、ミャウ族の警察署長が出迎えてくれた。
「司政官、ようこそニャミー海岸の日の入り詣へお越しくださいました。是非お楽しみください。警備には万全を期しておりますが、例年スリが多発しておりますので、貴重品の管理には十分にご注意ください」
「ありがとうございます。分かりました。気をつけながら楽しみたいと思います」
警察署長の挨拶に、キリトは笑顔で答えた。キリト達は、それぞれコートやジャンバーを着込むと、警察署前の海岸通りに出た。




