27 休日
今年最後の週末、キリトは休日にニャト市の大通りを散策することにした。
先日ニャムニャと食事をした時と同じカジュアルスーツに薄手のコートを羽織って公邸を出る。
本当は一人でブラブラしたいところだが、さすがに一人では何かあってはいけないので、ミャウ族の私服警察官が1名警護に付いている。
私服警察官は、トラ柄の毛並みの若者で、スウェットにジーンズ姿。ジャンパーを着ている。見た目は街中にいる普通の若者だ。
キリトは、歩きながら私服警察官に話しかけた。
「今日はよろしく。名前は何て言うの? この仕事は長いの?」
「はい、ニャリスと申します。採用7年目です。警護は初めてです」
「そうなんだね、よろしく。頼りにしてるよ」
「頑張ります!」
ニャリスが敬礼しそうになり、慌てて止めた。今日はお忍びだ。目立たないようにという配慮だろう。
実は、キリトが休日に一人で街に出るのは今回が初めてだ。
元々出不精ということもあるし、外に出るには警護が必要ということもあって、公邸の敷地内の庭園を散歩する他は、読書をしたりテレビを見たりして暇つぶしをする日々だった。近々、私用端末を購入して挑戦する予定だ。
とはいえ、流石にこのままでは良くないと思い、今日の外出に至ったという訳だ。
キリトはニャリスを連れて特に目的もなく大通りを歩いた。掘っ立て小屋の商店街は雑然としているものの、新年のお祝いに向けて活気が出てきているようだ。
多くのミャウ族が大通りを行き交っている。結構な人混みだ。
その中には、帝国職員と思われる様々な人種・種族の者も混じっている。見た限りは特にトラブルもなく、皆それぞれの休日を楽しんでいるようだ。
キリトは特に変装はせずに歩いていたが、誰も司政官であることには気づいていないようだった。
一般的に区の長官が着任する際は、記者会見が行われたり、テレビや新聞で顔が出たりするそうだが、軍の司政官ということもあり、今のところそういった動きはない。新司政官就任の記事がチラッと出た程度だ。
キリトは書店に入った。面白そうなスパイ小説やSF小説を何冊か手に取りレジに向かっていると、店の奥の本棚で、エルンが立ち読みしているのを見つけた。
エルンは花の写真集を熱心に選んでいるようだ。やはり、動植物が好きなようだ。
声を掛けようか迷ったが、休日は自由に過ごしたいだろうと考え、そっと店を出た。
次にキリトは、民芸品のお店に入った。食器等の他、爪研ぎや猫じゃらしのような玩具、ネズミのような生き物の絵が描かれた鞠のようなものが売られていた。
キリトは、両手を上げた招き猫のような人形のキーホルダーを気に入り、近くにいた店員に聞いてみた。
「すみません、この両手を上げたネコ……失礼、ミャウ族の人形って、何か由来があるのですか?」
「ああ、それはミミ人形だよ。身代わりになって持ち主を守ってくれるんだよ。うちの人気商品だね」
ミミといえば、あの新紙幣の肖像画で候補に入っていたミミだろうか。やはり有名なようだ。
キリトは、自分やニャリスのほか、エルン、ティムそしてワタルにあげようと思い、5つ買うことにした。
レジの店員に聞くと、最近は月に何度も商品が値上がりしているようだ。実感として物価高が激しくなっているということだった。
店を出ようとしたとき、猫じゃらしのような玩具を真剣に眺めているティムに気づいた。「チムチムトント笑いの館」で使うのだろうか。声を掛けようか迷ったが、気を遣わせたら悪いだろうと考え、そっと店を出た。
店を出て少し歩いたところで、キリトはミミ人形をニャリスにあげた。ニャリスは思いのほか喜んでくれた。
キリトはその後しばらくいくつかの店に入ってみたが、小腹が空いてきたので、ニャリスに聞いてみた。
「どこか喫茶店か甘味処で、おすすめの店はないかな?」
「そうですね……この先に行ったところに、果物ケーキのお店がありまして、美味しいと評判です」
「いいね、そこへ行ってみようか」
キリトとニャリスは、お店に向かって歩き出した。
† † †
お目当てのお店は「果物の虜」という店で、全面カラフルに塗られた掘っ立て小屋だった。繁盛しているようだ。
キリトとニャリスが店の中に入り、席を探していると、突然店の奥から声を掛けられた。
「キリトさんじゃないですか! 一緒にいかがですか?」
声を掛けられた方を見ると、奥のテーブルに座ったワタルが手を振っていた。
ワタルの向かいにはニャムニャが座り、隣にはエルンとティムが向かい合って座っていた。6人掛けのテーブルなので、あと2人座れそうだ。
「ありがとう、それじゃ遠慮なく。ニャリス君もおいで」
そう言って、キリトとニャリスはワタル達の席に座った。ワタルがキリトに言う。
「こんな偶然ってあるんですね。たまたま僕とニャムニャがこのお店に来てたら、エルンさんやティム君、それにキリトさん達が順番にお店に入ってくるんですもの。驚きました」
そう言ってワタルが笑った。エルンも笑いながら話す。
「世間は狭いですね。そういえばキリト様、先ほど向こうの筋の書店にいらっしゃいませんでしたか? お店を出るところを見かけたので、声を掛けようと追いかけたのですが見つけられなくて」
ティムが驚きながら続く。
「エルンさんもですか? 実は僕もさきほど民芸品店でキリト様を見かけて。僕も追いかけたのですが、人混みで見つけられませんでした」
「ご、ごめん。私も二人に声を掛けようかと迷ったんだけど、休日だし申し訳ないかなと思って……」
「そんなこと仰らずに、見かけたらいつでも声をかけてくださいね」
「何なら、今度休日に皆でどこかへ行きましょうよ!」
エルンとティムがそれぞれ笑いながら言った。
「ありがとう、今度は遠慮せず声をかけるよ。そうだね、今度休日に是非どこかへ出かけよう」
キリトは頭を掻きながら笑顔で答えた。
ちなみに、ニャリスとニャムニャは家が近所で顔見知りだったそうだ。ほんと、世間は狭い。
果物ケーキは、たっぷりの果物とたっぷりのクリームが乗ったボリューム満点のケーキだった。意外にさっぱりしていて、とても美味しかった。
しばらく談笑した後、帰り際、キリトはミミ人形をエルン、ティム、ワタルそしてニャムニャにあげた。皆大層喜んでくれた。
こんなに喜んでくれるとは正直思っていなかったので、とても嬉しかった。自分の分はなくなってしまったが、また別の機会に買うとしよう。
キリトは、満たされた気分で公邸に帰って行った。
誤字を修正しました。




