26 特権階級
産業課長に引き続き、社会局の援護課長が説明を始めた。他の課長よりもかなり若い。帝都で学生をしているキリトの弟と同じくらいの年齢ではないだろうか。おそらく貴族だろう。
重要案件の説明が続き、流石にキリトは疲れてきたが、あと少しだ頑張ろう、と心の中で自分を励ました。
「続いて社会保障制度ですが、旧ミャウミャウ共和国は、社会保障制度がほとんどありませんでした」
「そこで、各市から拠出させた資金で『救民基金』を造成し、戦災孤児や傷病者等の援助を行っている団体に助成します。これにより、間接的に最低限の生活の保護を行いたいと考えております」
思ったより消極的な施策だった。これでは社会保障として貧弱だし、急進的な施策によるミャウ族の不満を高められない。
キリトは消極的な理由を聞いてみることにした。
「帝国内や他国では、生活保護や医療費助成、年金制度は進んでないの?」
「帝国内では、先ほどご説明した団体助成程度ですね。医療費の助成については、企業の福利厚生で行われています」
「他国では更に進んで生活保護や社会保険制度を持っているところもありますが、第36区のためだけに先進的な施策を行うのはいかがなものかと」
援護課長は鼻で笑った。陪席していたエルンが顔をしかめ、年配の産業課長がギロリと援護課長を睨んだが、援護課長は素知らぬ顔をしている。
キリトが諭すように援護課長へ話しかける。
「別にここで先進的な施策を行うことは問題ないよ。むしろ、新しく併合された地域だから、試験的に新しい施策を行うことで、帝国全体の制度設計の改善に役立てることができると考えているんだ」
「しっかりとした社会保障制度がないと、安心して生活できない。それは復興への悪影響になると思う」
「今回説明してくれた団体助成に加えて、最低限度の生活を公的に保障する制度と、全住民が加入する医療、年金の社会保険制度について、先進的な取り組みをしている外国の制度を参考に至急構築して欲しい」
「……この辺境でそこまでするんですか」
「辺境かどうかは関係ないよ。どこであっても自らの職責を全力で頑張らないと」
「分かりました。検討しますが、どうして貴族の私がこんな辺境の蛮族のことを……」
援護課長が何かブツブツ言ったので、キリトが聞いた。
「ん? 何か言ったかな?」
「……いえ、なんでもありません」
援護課長は不服そうな顔をしたが、何も言わなかった。流石に司政官にこれ以上文句を言うことは憚られたようだ。
「貴族であることを誇りに思っているのなら、今のポストで人一倍の成果を上げたらどうかな。検討だけではなく、至急制度を構築するように。進捗状況はこまめに報告してね」
キリトは念を押した。
† † †
「いやー、難しい話ばかりで流石に疲れたよ」
援護課長達が長官室を出た後、キリトはソファーに倒れ込むように座った。
ほどなくして、エルンとティムがお菓子とお茶を持ってきてくれた。
「本日は長時間の説明聴取でお疲れでしょう。もしよろしければ、こちらをどうぞ」
エルンが、パウンドケーキのようなものを取り分けながらキリトに声をかけた。このケーキは確か「エルフの魔法」だ。
「ありがとう! これ『エルフの魔法』だよね。美味しくいただくよ。それにしても最後の援護課長には参ったなあ」
「貴族には時々ああいう方がいらっしゃいまして」
エルンが苦笑した。お茶を淹れながらティムが聞いた。
「援護課長がまた何かやらかしたのですか?」
「また?」
キリトが聞いた。ティムが答える。
「ええ、この前は同じ局内のミャウ族の職員に暴言を吐いたらしくて、局の総務課長から注意を受けたらしいですよ。貴族なんであまり強く注意できないみたいですし、局長自身も貴族なんで甘々らしいですよ」
ティムは、給仕の仕事の他、エルンのお手伝いで各局との文書授受の仕事もしている。本人の明るく人懐っこい性格もあり、意外と顔が広いのだ。
「困ったもんだね。特権に胡座をかくのではなく、特権に見合う努力をして欲しいものだよ。それができないなら爵位を返上するか、貴族制度自体なくした方がいいね」
キリトはそう言ってお茶を飲んだが、あることに気づいて思わず呟いた。
「……あ、そういえば私も貴族か」
それを聞いたティムとエルンがお互い顔を見合わせた後、大笑いした。エルンが笑いながらキリトに言う。
「ははは、流石、キリト様ですね。キリト様は十二分に努力されていらっしゃいますよ。ですが、貴族制度廃止の話は他の方には仰らないでくだざいね。叛乱罪に問われることがありますので」
「え、そうなの!? 危ない危ない、気を付けないとなあ」
そう言って笑うと、キリトは「エルフの魔法」を一切れ食べた。不思議と疲れが癒されるような気がした。
続きは明日投稿予定です。




