24 新紙幣
新紙幣の検討が始まってから2日後、長官室に財政課長が新紙幣の図案を持ってきてくれた。
「新紙幣は、旧紙幣と同様、単位を『ニェン』とし、1000ニェン、500ニェン及び100ニェンの3種類を発行したいと思います。それ以下の硬貨は現行のままとします」
偶然だろうが、日本の「円」と発音が似ている。財政課長が、肖像画の図案をキリトに見せた。
「今回、ミャウ族の歴史を踏まえて、4名の肖像画を作成しました。ここからお選びいただければ」
「え、私でいいの?」
「はい、慣例として区のトップが決めることになっています」
これは責任重大だ。緊張してきた。
「1枚目は、慈母ミャミイです。建国の母と呼ばれています。幾多の困難を経て、慈悲の心と対話により初めてミャウ族の国を興したと言われている伝説上の人物です。有名な絵画を基に作成しました」
銀色の毛並みの美しいミャウ族の女性の肖像画だ。全てを包み込むような優しさを感じる。
「2枚目は、英雄ニャロンです。ミャウ族の国が南北2つに分かれていた時代に、国を統一した功労者だそうです。戦上手で仲間思いだったそうで、最後の決戦では自らの命と引き換えに勝利したそうです。こちらも有名な絵画を参考にしました」
チーターを思わせる毛並みの剽悍で陽気そうなミャウ族の若者だ。
「3枚目は、ミミという少年です。英雄ニャロンによる統一後、再び国が南北に分かれた時代、ニャト平原の戦いで南北両軍の前に立ちはだかり、戦いを止めようとして命を落としたといわれています。その後の停戦、南北再統一に繋がったことから、平和の象徴として有名です。こちらも有名な絵画を参考にしました」
目もとは黒で鼻から口元は白いハチワレ模様のミャウ族の子どもだ。こんな子どもが戦争を止めようとして亡くなるなんて。聞くだけで悲しくなる。
ワタルのような心優しい少年だったのだろうか。
「最後に4枚目は、ニャジット復興院総裁。70年前の北部大震災後の復興に尽力したそうです。ニャト市中心部の美しい街並みは、この人が計画したそうです。こちらは写真が残っていますので、それを参考にしました」
灰色の毛並みで怖そうなミャウ族の老人の肖像画だ。ニャト市の今の惨状を知ると、こっぴどく怒られそうだ。
この4人から3人を選ぶことになるようだ。悩ましい。キリトは財政課長に色々聞いてみることにした。
「この4人は皆有名なの? 過去に紙幣の肖像画になったことはあるの?」
「はい、慈母ミャミイ、英雄ニャロン及びミミは、ミャウ族であれば誰でも知っています。ニャジット復興院総裁は、知る人ぞ知るという感じのようです。いずれも過去に紙幣になったことはありません」
「今までの紙幣にはどういう人が出ていたの?」
「同じく歴史上の有名な人物の肖像画が使われています。国王、政治家、軍人、篤志家、音楽家、学者等ですね」
「候補を検討した際は、どんな意見が出たの?」
「ミャウ族職員は、慈母ミャミイは偉大過ぎて今まで紙幣になっていなかったので、インパクトがあるだろうと言っていました」
天照大神や卑弥呼、神武天皇が紙幣になるイメージだろうか。確かにインパクトがあるかもしれない。
「ミャウ族以外の職員からは、英雄ニャロンは併合後には刺激が強いのではという意見がありました。ミャウ族職員によると、戦争のイメージはあまりなく、明るい仲間思いのヒーローとして有名なので、問題ないのではないかという感じでした」
キリトは腕組みをした。どの程度影響があるかは分からないが、紙幣の肖像画には、復興が急ピッチで進むことで社会が混乱し、自治権拡大運動につかながる、という流れに合う者がいいだろう。
この点、慈母ミャミイは建国の母であり、かつ対話を重視したというから、ナショナリズムを高めつつ内戦には否定的なメッセージを送るのに打ってつけだろう。
また、ニャジット復興院総裁についても、戦後復興に尽力するというメッセージを送るのに役立つだろう。地味だけど。
問題は、英雄ニャロンとミミだ。どちらも自己犠牲により目的を達成している。素晴らしいことではあるが、賛美し過ぎるのは危険だ。自爆テロなんかの肯定材料にされたら堪らない。
悩ましいが、紙幣を使う度に非戦闘員の少年が命を落とした話を思い出すのは個人的に辛い。ここは消去法で英雄ニャロンにしよう。
「よし、それじゃあ1000ニェンは慈母ミャミイ、500ニェンはニャジット復興院総裁、100ニェンは英雄ニャロンにしよう。少年の命を引き換えに戦争が終わるよりは、英雄が自らの命を犠牲に国を統一した方が、気持ちが楽だしね」
「承知しました。それでは至急印刷に入りたいと思います」
こうして、新紙幣の図案が確定した。さて、吉と出るか凶と出るか、はたまた何も起きないか……




