22 復興緊急措置
農政課から農地改革について説明を受けた翌日、今度は地方局行政課と財政課が長官室に説明に来た。
行政課も財政課も、課長以下全員の目の下にクマができている。徹夜で立案作業をしているのだろう。申し訳ない。
「第36区の復興に向けた一連の緊急措置の素案を作成しましたので、ご説明に上がりました」
財政課長が概要ペーパーで説明を始めた。
「まず、預金封鎖と通貨切り替えについては、内々に帝国銀行及び第36区中央銀行と意見交換を行いました。帝国銀行は意見なし、第36区中央銀行は賛成です」
「司政官にご了解いただければ、本日にも新銀行券の図案検討に着手したいと考えております」
「本日、新銀行券の図案検討に着手できれば、新年のお祝いの翌週にも『預金封鎖令』と『第36区中央銀行券回収令』を公布、施行し、預金封鎖及び旧紙幣の回収を行いたいと思います」
「預金封鎖については、一定額までを『制限封鎖預金』とし、それを超える額を『完全封鎖預金』とします。制限封鎖預金については生活費や事業資金等の必要最小限の引き出しを新紙幣で認めることとし、完全封鎖預金については利用不可とします」
預金封鎖と通貨切り替えについては、概ね日本と同じ対応のようだ。日本の場合は、新紙幣の印刷が間に合わず、旧紙幣に証紙を貼付して対応したようだが。
いずれも専門的な話なので、キリトに何か言えることはなかったが、新紙幣の図案についてはキリトに考えがあったので、それを伝えることにした。
「預金封鎖と通貨切り替えについては、その線で進めて欲しい。制限封鎖預金の『一定額』は、専門的な話だろうし、任せるよ」
「新紙幣の図案なんだけど、ミャウ族で困難に打ち勝った人や救国の人として有名な者を肖像にしてはどうだろう。復興に向けた意欲を感じられるかなと思って」
「承知しました。そのような図案で進めます」
財政課長は即決した。スピード勝負なんだろう。
新紙幣でミャウ族の英雄を肖像にしておけば、後々の自治権拡大運動の誘導に役立つのではないか。そんな考えで言ってみたのだが、どこまで役に立つかは今後次第というところか。
続いて行政課長が説明を始めた。
「次に税制ですが、内務省及び軍務省に確認したところ、第36区内における地方税の増税については、司政官の判断で司政官令により実施可能ということでした」
「そこで、司政官令により臨時の『戦後復興特別税』を課税するなど、税制改正を断行します」
「まず、戦後復興特別税については、預金封鎖日時点の個人及び法人の財産に超過累進税率で1回だけ課税します。税率はこれからの検討になりますが、個人財産の第36区の平均貯蓄額の1.5倍以上については、9割前後の課税を考えています。
「また、戦時補償債権については、個人及び零細企業の少額債権を除き、利息も含めて100%課税し、各市の戦時補償債務を実質的に切り捨てます」
「これらの課税のため、預金封鎖令と同日付けで『臨時財産調査令』を公布、施行し、預金封鎖日時点の財産を申告させ、課税額の算定基礎とします」
日本の戦時補償特別税と財産税を合わせた税制のようだ。法人にも財産税を課税するのは、日本よりも厳しい措置だ。
それにしても、戦後復興特別税とは。なかなかのネーミングセンスだ。キリトは了承しつつ、会社の救済措置について聞くことにした。
「戦時補償債務の切り捨てと財産税については、これで進めて欲しい。ちなみに、切り捨てで影響を受ける企業の救済措置はどうなるのかな」
「はい、こちらにつきましては、司政官のご示唆を踏まえまして、特に影響を受ける大会社や銀行に新旧の勘定を設けさせ、現に行っている事業や復興に必要なもの以外を旧勘定で清算させることにします」
「特に甚大な影響を受ける銀行は、完全封鎖預金を旧勘定に充てることを想定しています」
つまり、一定額以上の預金は、銀行再建に充てられて戻ってこないということか。高額預金者は怒るだろうが、ミャウミャウ共和国再興のためにはやむを得ないだろう。
「法人の指定や清算等につきましては、『法人経理応急措置令』として税制改正と合わせて公布、施行する予定です」
「分かった。それでよろしく」
キリトは即座に了承した。
行政課長は、キリトの了承の言葉に会釈すると、話を続けた。
「その他の税制ですが、現行の各市の地方所得税は非常に緩やかな累進課税ですので、累進税率を急勾配にして所得再分配を強化します。最高税率は70%を考えております」
「低所得者は減税となりますが、全体としては増税と整理できますので、こちらも司政官判断で対応可能です」
「最後に税制改正関連のスケジュールですが、地方所得税は新年初日、戦後復興特別税や臨時財産調査令、法人経理応急措置令については預金封鎖日に施行したいと考えております」
「この税制改正による財源の活用については、後日、経済局、社会局及び建設局からご説明予定です。以上となります」
行政課長が説明を終えた。
キリトは、疲れきった両課長と職員一人一人の顔を見た後、語りかけた。
「これだけの制度構築をこんな短時間でまとめてくれて、本当にありがとう! この一連の措置と、これによる財源の捻出は、第36区復興の礎になると思う」
両課で一番の年長の財政課長が笑顔で答える。
「ありがとうございます。キツイ作業ではありますが、長い役人生活で一度あるかないかの大仕事です。役人冥利に尽きますよ。なあ、みんな!」
財政課長が行政課長や後ろに控える両課員を見た。皆が笑顔で頷いた。疲れ顔だが、その目は使命に燃えているように感じた。




