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15 大改革

 キリトがエルンとティムに全てを打ち明けてから2日後の午前中、地方局行政課長と財政課長が各種データを整理して長官室に来た。エルンも陪席する。


 まず、行政課長がインフレ状況について説明する。


「暫定値ですが、第36区内の消費者物価は、この1年で約5倍という状況です。北部の復興が進んでいないこともあり、生産力が追いついておらず、インフレに歯止めがかかりません」


 1年で5倍とは。深刻なインフレと考えてよさそうだ。


 続いて、行政課長が貧富の差について説明した。


「貧富の差につきましては、今年の頭の時点で、所得再分配前で0.65、所得再分配後でも0.58という状況です」


「ごめん、その数値はどのように捉えればいいのかな?」


「失礼しました。全く所得格差がない場合を0として、1人が全ての所得を独占した場合を1とした数値となっております。数値が高くなればなるほど格差があるということになります」


 細かい数式は分からないが、おそらくジニ係数と同じと考えてよさそうだ。

 そうであれば、かなりの格差があることになる。


 確か、日本の所得再分配前のジニ係数が0.5程度、所得再分配後は0.3程度だったはずだ。

 第36区の各市は、課税や社会保障による再分配が不十分なのかもしれない。


「かなり格差があるみたいだけど、占領による影響以外に社会構造上の問題があるのかな。税や社会保障による再分配も進んでないのかな」


「はい、もともとミャウミャウ共和国は農業国だったのですが、少数の地主が多くの小作農を酷使しているという状況があります」


「また、工業についても、一部の財閥に集中している状況です。しかも、地主と財閥の力が議会で強かったこともあり、課税の累進性は非常に緩やかで、社会保障制度の整備は進んでいません」


 問題山積のようだ。ただ、このあたりは急進的な施策を実施することで、改善しつつ混乱を作り出すことができるかもしれない。


 次に、財政課長が戦時補償債務について説明した。


「各市の戦時補償債務は、平均すると予算の2年分程度になっています。北部の市の債務が多く、ミャウミャウ共和国の首都であったニャト市に至っては、5年分近くになっています」


「戦時補償債務については、契約上、戦争終結から1年後に支払うことになっており、各市は若干強引な解釈をして、併合から1年後に支払うことにしています。年明けから一気に支払が始まる見込みです」


「ということは、市中に多額の資金が流れて、更にインフレになるということかな?」


「はい、その可能性は高いと思います」


「ちなみに、軍票は流通しているの?」


「占領当初は、かなりの軍票が流通していましたが、併合後は基本的に第36区の通貨で軍も支払を行っていますので、軍票は無視して問題ない状況です」


「そうなんだね。帝国の中央銀行や第36区の中央銀行の動きはどう?」


「帝国銀行は静観している状況です。第36区中央銀行、これは旧ミャウミャウ銀行がそのまま移行したものですが、段階的に第36区管内の市中銀行への貸出金利を引き上げているものの、抜本的な対策は難しいようです」


 このままだと、インフレがさらに酷くなることは間違いなさそうだ。

 放置して混乱を引き起こすのも手だが、なんとか改善も平行して進めたいところだ。


 状況の違いは多々あるものの、終戦直後の日本の対応を参考にすれば、改善と混乱を平行して作り出せるかもしれない。


 キリトは、学生時代や教師時代に勉強したことを必死に思い出しながら、対応策を伝えることにした。



† † †



「短時間で色々と整理してくれてありがとう。まずインフレ対策だけど、何か検討している対応策はあるかな?」


 キリトが聞くと、行政課長と財政課長がそれぞれ答えた。


「現状としては、復興や生活のために資金供給が不可欠ですので、なかなか難しいところです」


「最後の手段としては、預金封鎖と通貨切り替えがありますが、焼け石に水かもしれません」


 キリトは、2人の話を聞き、少し考えてから話し始めた。


「現状は深刻なインフレと考えていいだろう。これを放置すれば、更に悪化すると思う」


「預金封鎖と通貨切り替えはやむを得ないんじゃないかな。旧通貨の預け入れを義務化して、最低限の生活費の引き出しを新通貨で認めるのはどうだろう」


「戦時補償債務については、対応する債権に同額の課税をして、実質的に切り捨てるのも手じゃないかな」


 財政課長が驚いた様子でキリトに聞く。


「確かに、それができれば戦時補償債務の問題は一気に片付きますが、債権者の経営にかなりの影響が出ると思われます」


「戦時補償の債権は、主に誰が持っているの?」


「財閥や大銀行がほとんどです」


「破綻しそうな会社には新旧の勘定を設けさせて、現に行っている事業や復興に必要なもの以外を旧勘定で清算させる手もあるし、個人や零細企業には例外的に課税せず支払う手もある」


「特に銀行については、封鎖預金の一部を活用できれば、何とか持ちこたえられるんじゃないかな」


「承知しました。検討いたします」


「うん、よろしく。あと、ミャウ族の社会構造だけど、地主と小作農の関係、財閥、不十分な社会保障制度は、中長期的な第36区の健全な発展を阻害すると思う」


「地主の土地を小作農に分配するとともに、財閥解体をここで一気に進めた方がいいんじゃないかな?」


「あと、預金封鎖と平行して財産調査を行い、臨時の財産税を急勾配の累進税率で課税して、復興予算や社会保障制度に使うという方法もあると思うんだ。まあ、そのせいでまたインフレになるとは思うけど」


「……相当な大改革になります。反発も大きいかと思われます」


 行政課長が心配そうに聞いた。キリトは笑顔で答える。


「まあ、恨まれるだろうけど、今後数十年の第36区の健全な発展のために必要なら、我々が泥を被ろうよ」


「地主や財閥構造を一度解体して、自由な経済活動ができる基礎を作れば、中長期的には第36区のためになると思う」


「他課の所掌もあると思うけど、今後の第36区の社会の安定には必要不可欠だと思う。建設局で検討している復興計画との整合性も考慮して検討して欲しい」


「……承知しました。他局課とも調整の上、早急に検討させていただきます」


 行政課長と財政課長は、そう答えると足早に長官室を出て行った。

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