14 危険な賭け
キリトが長官室のソファーに座って待っていると、エルンとティムが戻ってきた。
ティムが淹れ直したお茶をティーカップに注ぎ、エルンがパウンドケーキのようなものをお皿に取り分けた。
エルンとティムが向かいのソファーに座ると、エルンが真面目な顔をしてキリトに言った。
「司政官、先ほどは私達のせいで、お立場を悪くさせてしまい申し訳ありませんでした」
ティムも神妙な顔をしている。キリトは笑いながら答えた。
「ああ、君たちは何も悪くないよ。私の大事な仲間にあんなこと言われて、気弱な私も流石に我慢できなかったからね」
キリトは、お茶を一口飲んだ。
「うん、美味しい。ティム君はどんどん上達してるね。素晴らしいよ」
「ありがとうございます!」
キリトの言葉にティムが嬉しそうに答えた。
キリトはエルンが用意してくれたパウンドケーキのようなものを口に運ぶ。アプリコットのような果物が入っていて、甘酸っぱくて美味しい。
「このケーキも美味しいね。どこのものなんだろう」
「これは私の実家でよく食べているケーキです。先日たまたま高祖母から送ってもらいまして」
高祖母とは。やはりエルフは長命なのだろうか。
エルンが話を続ける。
「実は、私とティムは同郷でして……」
エルンはティムの方を向いた。ティムが笑顔で話す。
「そうなんです! 僕達の故郷、ユウルでは、このケーキのことを『エルフの魔法』と呼んでいます。食べると明るく元気になるんです。僕も大好きです!」
「ティム、第8区と言わないと」
「あ、すみません。つい。申し訳ありません」
エルンは、第8区の旧国名を言ったティムを窘めた。
特に理由もなく併合された地域を旧国名で呼ぶのはタブーだ。最悪、分離独立思想の持ち主として官憲に疑われてしまう。
だが、エルンは特に怒った様子はなく、むしろ少し悲しそうだった。
もしかすると、エルンとティムは、帝国の現状に否定的なのかもしれない。もしそうであれば、自分がこれから行おうとすることの味方になってくれるのではないか。
危険な賭けになるが、これはチャンスだ。キリトは探りを入れてみることにした。
「ははは、確かに、食べているとなんだか元気が出てきたよ。ところで、第8区、いや、ユウル国はどこにあるんだったっけ?」
エルンは、驚いた顔をしてキリトを見た。一瞬だけ躊躇したが、意を決したような面持ちで話し始めた。
「……はい、ユウルは中央大陸の北西に位置します。自然豊かな私の愛すべき祖国です」
ティムが不安そうにエルンとキリトを交互に見た。
キリトは穏やかな表情のまま話す。
「いいところなんだろうなあ……あの戦争がなければ、首都周辺の森は素晴らしいものになってただろうに」
確か、第8区・ユウルは、過去50年の帝国の侵略戦争で最も激しい戦闘が行われ、ユウルの首都周辺の豊かな森が無惨に焼き払われたと聞いたことがあった。
キリトはその話を振ってみた。エルンは緊張した面持ちで答える。
「はい、あの森が元の姿に戻るには、あと50年はかかります。あの併合がなければ、もっと良い国になっていたと思います」
エルンの額にうっすら汗がにじんだ。叛乱罪に問われかねない発言だ。それでも話したということは、自分を信じてくれたのだろう。
キリトは笑顔でエルンに言った。
「私も同感だ。これ以上の帝国の侵略は食い止めなければならない。力を貸してくれないだろうか」
エルンとティムが、息を呑んだのが分かった。
† † †
キリトは覚悟を決めて、エルンとティムに全てを話した。
元々は日本の社会科教師であること、密かにレジスタンスを支援しているワタルの後任としてこの世界に召喚されたが、事故でキリト司政官の身体に魂が入ってしまったこと。
そして、ワタルが皇帝から受けた密命について、第三の道により達成したいと考えていること。
すなわち第36区の復興を急ピッチで進め、ミャウ族の自治権拡大運動を引き起こし、最終的に帝国内の厭戦感情を高め、南方侵攻計画を政治的に断念させたいと考えていること。
「……そういうことだったのですね。あの冷酷で差別主義者として有名な司政官が、噂と全く違った理由がようやく分かりました」
そう言って、エルンがティムと笑い合った。エルンがティムに聞く。
「私は、キリト様のお手伝いをしたいと思う。ティムはどうする?」
「僕もお手伝いさせてください!」
エルンはティムにニッコリ笑うと、キリトの方を向いた。
「キリト様、我々でキリト様の『第三の道』のお手伝いをさせてください」
キリトは思わず頭を下げた。
「単なる異世界の一教師でしかない私を助けてくれるなんて、本当にありがとう!」
「何を仰います! こんな素晴らしい上官にお仕えできたのは初めてですよ」
「そうです! キリト様は素晴らしい司政官です!」
「ありがとう、ありがとう……」
キリトは何度も何度もお礼を言った。
続きは明日投稿予定です。




