13 転機
ワタルとのやりとりを終えた後、キリトは地方局行政課長と財政課長を長官室に呼んだ。色々と進めるにしても、まずはデータが必要だと考えたからだ。
「私は、この第36区を一日でも早く復興させたいと考えている。そのためにも現状をしっかりと把握したいんだ」
そう言うと、キリトはまず行政課長に聞いた。
「第36区管内の各市における貧富の差について、何かデータはあるかな?」
「はい、旧ミャウミャウ共和国政府から引き継いだ資料の他、昨年の所得の貧富の差と、課税等による所得再分配後の貧富の差に関するデータがあったかと思います。整理して後日お持ちいたします」
「ありがとう。よろしく」
次にキリトは財政課長に聞いた。
「各市の財政状況なんだけど、特に戦時補償債務がどのような影響を与えているかって分かるかな?」
「はい、直近の各市の予算決算情報があると思いますので、整理して後日お持ちします」
「ありがとう。あと、これはどちらの課になるのか分からないけど、各市のインフレ状況や産業構造、税制、社会保障、旧ミャウミャウ共和国の統治機構に関する資料ってあるかな」
「はい、それぞれ両課で調整して後日提出いたします」
地方課も財政課も、種々の基礎データを収集してくれているようだった。
「すでに色々とデータを収集してくれているようで助かるよ。ありがとう」
キリトは率直にお礼を言った。
† † †
午後、エルンが相談に来た。
「司政官、すみません。南方第3軍を視察に来ていた軍務省参謀本部の作戦課長が、急遽第36区庁舎を視察したいということで……司政官にもご挨拶したいと」
どうも、軍務省の幹部が急にわがままを言い出したようだ。
キリトは笑顔で答えた。
「午後は特に予定がないし、私はいつでも大丈夫だよ」
「恐縮です。では作戦課長がお越しになりましたらご案内いたします」
エルンが申し訳なさそうに答えた。
それから1時間くらいして、作戦課長が部下を伴って長官室へ挨拶にきた。
作戦課長は、キリトと同じくらいの若さだ。この若さで本省の課長ということは、貴族だろうか。
作戦課長は、小柄で意地悪そうな顔をしていたが、人を見た目で判断するのは良くないだろう。などとキリトが考えていると、作戦課長が話し始めた。
「いや~、急に申し訳ない。せっかく第36区に来たんで、司政官にも挨拶しようと思いましてな。ん、おい、お茶くらい出さないのか?」
作戦課長が横柄な態度でエルンに聞いた。エルンがティムにお茶の用意をお願いした。
「ったく、エルフは忠誠心が低くて困るよ。顔と身体は最高なんだがな」
作戦課長は、勝手にソファーに座ると、そう言って笑った。作戦課長の部下も笑った。何が面白いのか分からない。残念ながら、作戦課長は見た目どおりの人物のようだ。
ティムがお茶を持ってきた。作戦課長がティムを一瞥して言う。
「しかも給仕は赤毛のトムテ族ですか。頑固な辺境出身者ばかり使って、司政官も酔狂な方ですな」
エルンもティムも何も言わない。作戦課長はニヤニヤ笑っていた。キリトは流石に我慢できなかった。
「副官も給仕係も素晴らしい逸材ですよ。作戦課長ともあろうお方が、そのような偏見で味方を口撃するとは。作戦でも味方を攻撃していないか心配になりますよ」
そう言ってキリトは笑った。作戦課長の部下もつられて笑ったが、作戦課長の不機嫌な顔を見て、すぐに真顔になった。
「ふん、作戦について司政官にご心配いただく必要はない! 不愉快だ、失礼する」
そう言って作戦課長はソファーから立ち上がると、長官室を出て行った。
不愉快とのことだが、自分がどれだけ周りを不快にさせたのか分からないのだろうか。
作戦課長の部下は、慌てて作戦課長を追いかけて行った。
「よし! 気分転換にお茶でもしようか」
キリトは呆気にとられたままのエルンとティムに明るく言った。
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