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話さなければ出れない部屋

作者: ビルメンA



 この世界のどこかに、話さなければ出られない部屋、という自らの意思を持った部屋があった。

 部屋はこれまで、世界中の様々な人々をこの部屋に呼び寄せては、閉じ込めてやろうとしていた。

 しかし、部屋にいれた人間が一言「あ」とでも話せば部屋のドアは開錠され、いとも簡単に脱出されてしまう。



 時には、道を歩いていた男性を、ある時は一組の男女をこの部屋に入れた事もあったが、いずれも一言呟くと、この部屋を脱出していった。


 部屋は日々、目の前で行われる、脱出劇にすらならない、ただ部屋から出るだけという現状に、悔しさを噛みしめていた。


 しかし、部屋は閉じ込める事を諦めずに連日のように人々をここに呼び寄せた。

 今回も簡単に脱出されてしまうのだろう、そんな言葉が出てしまうほど、部屋は疲弊していた。

 だが、1分経っても、1時間経っても部屋の中に入れた人間が出ていく様子はなかった。

 部屋は喜びに震えた。しかし、同時に疑問も湧いてきた。

 なぜ、この人間はこの部屋を出ていかないのだろう?

 その疑問の答えを見つけるべく、部屋はその人間の観察を続ける。


――――



 私は、都内某所で小説作家として活動していた。

 小説の締め切り間近という事もあり、連日徹夜をしていたのだが、ふと眠気にまぶたを閉じて開けると、そこは私の部屋ではなかったのである。

 私は、私の小説の世界観を壊さないために、小説内に登場する人物を通してしか自らの言葉を発さない。

 それは、文章の流れや句読点の確認を行うためにしたり、私の小説に登場する人物がこのような言葉を話すだろうか?という確認の意味もある。

 そして、私自身が口を使った言葉よりも、文章の言葉の方が物事の詳細を伝えられると自負しているのもある。

 百聞は一見にしかず、そう世の人々は言うらしいが、私からすれば、一見は百聞に勝てない。

 それが、私の存在証明であり、存在意義だった。

 


 先ほどまで私の部屋で、書いていた小説の締め切りが近い、ここがどこかはわからないが、早々に退出したい。

 そう考えた私は、何処にでもあるような玄関のドアを潜り抜け部屋を出るために、目の前のドアノブを回した。

 「……?」

 どうやら、部屋の外側から鍵が掛けられているらしい。

 目の前のドアが開く様子は微塵もなかった。

 

 私は、ドアから部屋を出ることを諦め、この部屋の中に何か脱出に繋がる糸口は無いか見回した。

 何の変哲もない殺風景なワンルームだ。

 家具などは何もなく、部屋の中央にポツンと足の長い木目調のテーブルと椅子が置かれているのみだ。

 ドアの次に脱出の希望があるであろう、窓などもこの部屋にはないようだ。

 私は頭を抱えた。


――――


 部屋は、自身の部屋の中で頭を抱え始めた人間を見て、ほくそ笑んでいた。

 かつて、これほどまでにこの部屋に留まった人間が居ただろうか?

 部屋は意思を持ってから初めて、その部屋がもつ存在意義を達成したのである。

 この部屋で意思を持ってからの様々な失敗が脳裏をよぎる。

 しかし、部屋は歓喜に打ち震えても涙もながせないし、まして悲しいことがあっても涙を流すことはない。

 部屋には、人間であるならば欠かせない、最上と言ってもいい感情表現が欠落していた。

 一通りの回想を終えて、部屋は未だに頭を抱えている人間を見た。

 なおも部屋はその人間の観察を続けた。


――――


 私は、どれほど頭を抱えて悩んでいただろうか。

 1分あるいは1時間だろうか?もしかすると1日頭を抱えていたのかもしれない。この部屋には時間を指し示す時計などがなく、それも私が悩んでいる原因だ。

 時間は有限である。それは、この世界に住む人間ならば、富豪でも貧民でも、あるいは、子供でも大人でもだ。

 私に与えられた締め切りの期限までは、あと幾ばくも存在しないだろう。

 私は、締め切りは諦め部屋の中央にあった椅子へ腰かける。

 私は文章でしか自己を感じれないし、他人へ自分の考えを伝えることもできない。

 こうして、書くことができない部屋に放り込まれると、私は突如として、何も成すことのできない駄目な人間へと成り下がってしまうのだ。

 また、最近では他人の文章から他人を知ることも、好きになってきていたため、他人との繋がりが全くない、この部屋には嫌悪感すら抱いてきている。

 何とかこの部屋を出ることはできないだろうか?ここに来てから何度目になるのか自分でも数えていない「問」を自らに投げるが「解」は出ない。

 それならば、何か書く事のできるものはないか?と部屋を隅々まで探しても、書く事のできる鉛筆も、ボールペンも、そして、今の私の感情を書き殴るための紙すらないのだ。

 私は絶望に打ちひしがれた。これほど書けないことが辛いとは思わなかった。

 例えば、ここに私の親しい友人がいたとしよう。しかし、私の今の気持ちには何も響かない。

 なぜなら、その友人は私ではないからだ。私のこの感情は私だけのものであり、世界中の誰にも本当の意味では理解されない。そんな事は、昔からわかっていた。

 私は、他人が口から発する言葉で感情を伝える、その横で文章で感情を書いていた。

 私は、他人が愛をその口で紡ぐ、その横で愛を紡いだ文章を書く事で育ってきたのだ。

 例え私の書いた文章が、一部の人間にしか理解されなくとも、私はここまでの人生で書く事を辞めたことはなかった。

 結局、書く事は私の人生ですらあったのだ。

 私は椅子に腰かけたまま、自身の物事の全てを諦めた感情を表すように目の前のテーブルに突っ伏した。


―――― 

 

 部屋は自身のテーブルに突っ伏して、この部屋から出ることを諦めたであろう人間に狂喜乱舞した。

 もしかすると、この人間はその寿命をここで無為に使ってくれる、唯一の人間ではないだろうか、とまで思っていた。

 しかし、この喜びを表現する為の感情を部屋は持っていない。

 狂喜乱舞と書いていても、実際には部屋は踊っていない。

 それなら、と部屋は祝杯をあげることにして、人間の観察を止めると、祝杯をあげるための酒を探しに一度部屋をから離れた。



 酒をその手に戻ってきた部屋が見た光景は、先ほどまでそこに居たはずの人間のいない自身の部屋であった。

 部屋は自身の前に広がる光景が信じられず、何度も部屋の隅々まで確認を行った。

 ここまで脱出できなかったあの人間が急にこの部屋を出られずはずがないのだ。

 部屋は、先ほどまで絶望していた人間が伏していた、テーブルに書かれた文字を発見した。

 部屋は、人語を理解できる。それは意思を持ってからここまでずっとだ。

 しかし、部屋にはさっきまでいた人間が書いたであろう文字は理解できなかった。

 だが、なぜか目の前の部屋の風景がにじんでいき次第に部屋はその意識もあいまいになっていった。


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