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1-10 ざまぁから始まる英雄譚~神スキル政治コマンドで人斬り伯爵は名君に生まれ変わる~

「ソル・ストークス、聖赤獅子騎士団副団長の任を解き無期謹慎を申し渡す!」その強さ故に全てを失った人斬り伯爵ソルと、叶うはずのない身分違いの初恋を実らせるチャンスを得た少女ルナ。失意のどん底に沈む彼は、裏山の祠で神のスキル「政治コマンド」を手に入れる。ところがソルの政治力はたったの5。しかも彼自身の悪政のために民忠誠度は限りなくゼロ。二人でスキルを共有することで何とか村の再建を始めるが前途は多難。それでも徐々に村人も力を貸してくれるようになり順調に村の復興は進んでいくが、そこに迫る隣国クリムゾンコースト王国の侵攻部隊と、国家転覆の陰謀。人斬り伯爵は無事に全てを取り戻し名君になれるのか? そしてルナは伯爵夫人に成り上がる夢を叶えることができるのか? これは強さ以外何も持たなかった青年が、強さすら持たなかった少女と二人で願いを叶える物語である。

「俺と二人きりになるということは、当然こういうこともあり得るとわかっているな?」

 男は強引に彼女の腰を抱き寄せ密着。さらに額が触れあうほどに顔を近づけ、彼女の服に手をかける。

「あ、あ、あ、あの。経験はございませんが、私でよければ、よ、よ、夜伽(よとぎ)の相手も頑張らせていただきます」


 その黒髪の少女は赤面し、困った様子で硬直している。


 彼女を抱き寄せているのは、ソル・ストークス。若干22歳にして王国で数人しかいない剣聖剣技使い(ソードアーティスト)

三大騎士団の一つ、聖赤獅子(レッドライオン)騎士団(ガーディアンズ)の副団長を務め、前ガーデンヒル伯でもあった。


 今はそうではない。屈辱に満ちた王宮での扱いを思い出し、その表情が歪む。


***


「ソル・ストークス、聖赤獅子(レッドライオン)騎士団(ガーディアンズ)副団長の任を解き無期謹慎を申し渡す!」


 グレイランド国王グスターブの下した裁定に、大広間にどよめきが走る。


「また我が娘、第二王女プリシラとの婚約は破棄とし、ガーデンヒル城主も解任とする」

「なぜでございます! 恐れながら、わたくしは王国と陛下のため、ひたすらに剣技を磨きあらゆる敵を打ち倒して参りました。ご下命あれば、今からでもあらゆる敵を斬り伏せましょう!」


 国王は苦虫を噛みつぶしたような顔で、落胆したように首を左右に振る。


「そうではない。今までお前の傍若無人な振る舞いが許されてきたのは、ひとえにその剣技ゆえ。しかし、さすがに村一つ皆殺しにする権利までは与えたわけではない」


「お待ちください。あれは村人に紛れたドッペルゲンガー討伐のために必要な措置でした」

 ドッペルゲンガーは人間に化けて、犠牲者を食い殺す化け物である。殺されたものは新たなドッペルゲンガーとなり、次の犠牲者をコピーして入れ替わっていく、非常に厄介な魔物だ。


「黙れ! 筆頭騎士アンドリュー卿が貴様を止めねば、余は大切な臣民を失うところであったわ!!」

 アンドリュー・クレーンは、騎士団長、副騎士団長に次ぐ筆頭騎士、ソルと同じ剣聖剣技使い(ソードアーティスト)だ。彼とソルは共に伝説の勇者の血を引く最強の剣士の家系であり、その実力はソルも認めていた。


「なっ? アンドリューが? どういうことなのです!」

「アンドリュー卿は、村人に紛れたドッペルゲンガーを探し出し討伐を果たした。貴様のような乱暴なやり方でなく。な」


 ソルは今まで、その剣技で彼を嘲る騎士どもは残らず斬り伏せ、どれだけ被害が出ようとも魔物も敵国の将も皆殺しにしてきた。それは望まれてきたことではなかったのか? だから、王女の婚約者にも選ばれたし、高い地位も与えられてきた。そのはずだ。


「これは何かの間違いだ! 姫殿下、王太子殿下、我が身の潔白を証明してください」

 彼の言葉に、婚約者であるプリシラも、騎士団総団長であるオーガスト王太子も俯いて何も答えない。


「アンドリュー、アンドリュー! どこにいる? いますぐ我が身の潔白を!」

 取り乱し、信頼する部下でもあった後輩の名を呼ぶ。だが、彼はこの場にはいない。


「裁定は絶対である。本来なら斬首に処すべきところを、そちらの二人、そしてアンドリュー卿の特別の嘆願により、助命だけは受け入れることにした。今すぐ、この場より去るがいい」


 ガックリと膝を折り、茫然自失で虚空を見つめる彼の両腕を衛兵が抱えてズルズルと引きずっていく。

(あのような男にはふさわしい末路だ)

(分不相応な地位を望んだ報いだ。(けだもの)めっ!)

(ほら、ご覧になって。あの呆けたような顔。いい気味だわ)

(人斬り伯爵もただの罪人か。いい気味だな)

 その背に浴びせられるのは、多くの罵声と嘲笑。暴力による成り上がりと見なされた彼の失脚は、多くの貴族や騎士に歓迎された。

 さらに屈辱的なことに騎乗による帰還も認められなかった。手枷でつながれ檻付きの馬車で彼の故郷、フルレイン村に送還されることになる。

 移送途中で通りかかった、ガーデンヒルの街では、市民たちに石や卵を投げつけられた。遠征の戦費を賄うために重税を課してきた元領主に対する憎悪は爆発寸前だったのだ。体中傷だらけになりながら、ソルは屈辱に満ちた帰郷を果たすことになる。


「前ガーデンヒル伯、貴公は王命による恩赦が命ぜられるまで、ここで無期限の謹慎となる」


 10年前、12歳で剣聖剣技(ブレーズアーツ)を発現させて騎士団に入団して以来、一度も帰ったことのない生家は所々朽ち果て、見るも無惨な姿を晒していた。

 ガーデンヒルの様子からすると、彼の元で働こうなどという酔狂な人間は誰もいないだろう。

立ち尽くす彼の前で館の扉がギギギと開け放たれる。


 そこに立っていたのは黒髪の少女。 


「お帰りなさいませ。領主様。お待ちしておりました」

 罪人を受け入れるにしては余りにも不似合いな明るい笑顔で少女はそういった。

「私はルナ。本日より領主様のお世話をさせていただきます」

「ああ……」


 ルナと名乗る少女に、ようやく手枷を外されたソルの手を引かれ、屋敷に入った。


***


 そして、今、ソルは自分の身の回りの世話をするという彼女を抱き寄せていた。

たった一つの拠り所であった強さも否定され、罪人同然の扱いの自分に快く接してくれる人間などいるはずはない。

 つまり、この少女(ルナ)は間者ではないか?だから、確かめずにはいられなかった。


「お前はそれでいいのか?」

「はい。私は自ら望んでここに来ました!」

「俺が怖くはないのか?」

「いいえ。領主様はお忘れかもしれませんが、私は幼き頃領主様に助けていただきました」

「どこで?」

「裏の森でございます。先代様とご一緒に、大きな熊に襲われていた、母と私を守ってくださりました」


 そんなこともあったかと彼は思い出す。やはり優れた騎士であった彼の父と狩りにでた帰り、グリズリーに襲われていた母子を助けたことがある。あの熊は初めて自分一人で仕留めた獲物で、今でもよく覚えていた。その時の幼子がこの少女だったのか。


「先代様が亡くなられ、領主様がガーデンヒルに移られた後、ずっとお礼をいいたかったのです」


 そう、その狩りから程なくして、他国との戦で彼の父は帰らぬ人となり、当時ガーデンヒル伯であった彼の伯父の元で剣に全てを捧げてきた


「だから、この俺に……人斬り伯爵と蔑まれた俺に仕えようというのか?」

「人斬り伯爵などではありません。ソル・ストークス様という立派なお名前がございます」

 腕の中から逃れようともせず、ルナは彼の目を見つめていた。その目には一点の曇りもない。


「きっとつらい目に遭うぞ。俺が生かされているのは、人を殺すためだけだ。それだけだ」

 逡巡(しゅんじゅん)なく、容赦なく、敵を殺す。それだけが彼の存在意義だった。


「それでも私にとっては英雄です。だから、私は何があろうと領主様の味方です」

 たった一度の恩のために、人はそれだけのことができるのか?


「それに……食い扶持を減らすために売られるくらいなら、領主様のお子を授かる方が幸せです」

 そういうことか。ここ数年は不作続き。それでも税を滞りなく差し出すように命じたのは彼だ。村人の生活が娘を売るほどにまで困窮しているなら、恨まれて当然だ。


「私にもそういう打算は有ります。だから領主様もやりたいようになさればいいのです」

「やりたいように?」

 彼女は決断し、自らの意思で運命を選ぼうとしている。自分はどうか?

そして、彼は気がついてしまった。


「何も、俺には……何も無い」

 そう、こうして故郷に押し込められて初めて自分の時間を持つことが許されたソルには、やりたいことなど何一つ無かった。なぜかはわからぬが腹の底からふつふつと沸き上がる悔しさに涙が溢れ出す。


「大丈夫です。貴方のやりたいことを探すお手伝いならどれだけでもいたします」


 ソルの頬を包み込むように両手を当て、額を押し当ててルナはそういった。

 血色のいい日焼けした肌。長いまつげ、薄桃色の唇、優しそうな垂れ目がちの瞳。王宮や騎士団で見てきた人間の顔すら覚束ない彼が初めて他人を認識した。美しい彼女の表情に嘘偽りは無いように見える。誇りと希望に満ちた人間の顔だ。


(俺の顔はどうだろうか?……)

 振り返って長らく自分の表情を見ていないことに恐怖した。身支度は他人に任せきりだった彼が慌てて姿見にかぶりつく。

 そこに映るのは、ギラギラとした瞳、ボサボサの髪、一切の感情を否定した凶相を浮かべた、一匹の獣。キラキラと輝く彼女に比べ、(ひど)く醜くみすぼらしく見えた。


「うわぁぁぁぁっ! 剣! 剣をっ!!」

 抱き寄せていたルナを離し、剣を探して部屋の中をグルグルと歩き回る。

「大丈夫です。落ち着いてください。ソル様! ソル様!!!」


 名前を呼んで必死にルナが縋り付く。程なく、ソルも落ち着きを取り戻した。

「俺は本当に剣以外、何も知ろうとしなかった。追放はその報いだったのかもしれん」


 ガックリと肩を落とし、ソファに沈み込む彼に寄り添うようにルナが身を寄せる。

「時間はたっぷりあります。だからしばらくは静かに暮らしましょう。あ、そうだ。丘の上に願いを叶えると言われている祠があるのです。明日はそこに行ってみませんか?」

「願いを叶える祠か。わかった。気晴らしくらいにはなるかもしれないな」


 やりたいことはわからない。それでも日々を生きることで気がつくこともあるだろう。

願いを叶える祠。まずはそこに行ってみよう。

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