はじまりはじまり
暗いステージの右手から白い着物を着た人があるいてくる。
ステージの真ん中にある座布団に座り手を叩いた。
すると座布団に座っていた白い着物を着ている人にスポットライトがあたる。
その人は静かにに微笑をうかべていた。
懐から小さい刀を取り出し、床に置き深いお辞儀をする。
「始まり、始まり」
もう一度手を叩いた。
その音は静かに響いた。
暗闇の中、落ちている。
風をきる音がうるさい。
どこか得体の知れないものに見られている不気味な感覚を覚える。
そしてひとつの感情が生まれた。
その名を恐怖と言う。
極限まで追い詰められた恐怖はどうしようもない現実から目を背けるように、いや諦めという感情に変化するようにプツリと心の中で何かが切れた。
怖···い?
どうなったのだろうか、不思議と恐怖という感情が忘れられたように感じなくなった。
そして、ひとつの結論にた辿り着く。
「諦めよう」
何度も何度も思ったことを初めて口に出した。
もういいんだ、これからどんな事になろうと、もう関係ない。
重い重圧から開放されたように気分が軽くなった。
···ふざけるな。
突然、憤怒の感情がふつふつと湧き上がってきた。
逃げるのか、もうこの先何も無くなってしまうのかもしれないのに。
諦めるのか、今まで積上げてきたものを手放してしまうように。
分かってる、答えはとっくに出ていたんだ。
3年前から、ずっと、ずっと。
8月2日 AM9時30分
ジリリリリリリリ···
目覚ましが鳴り響く。
(もう···朝?)
使い古した敷布団から体をゆっくり起き上がらせる。
嫌がらせのように毎日出てくる悪夢から目が覚めるが、かえ替わりのない退屈な日常が始まる事に嫌気がさす。
下に降りるといつも見る木の机、紺色の座布団、白と赤の狐のお面、お母さんが使っていたキッチン、あの日から何も変わっていない。
今日帰ってきてくれるかもしれない、そんな奇跡のような願望も今まで叶った事は一度もない。
洗顔をしに洗面所まで行き姿見鏡を見る。
黒く短めに切りそろえられた髪、死んだ魚のような黒い目
そして入学し3週間ほどしか本来の役目を果たせなかった綺麗なセーラー服。
彼女の名は琴乃葉彩葉、15歳。
彩葉は洗顔を終え振り返る、死んだ魚のような黒い瞳に写ったのは異形の影。
今では着ないような和服を纏い首が2m程ある黒髪の女性、その顔には自分を侮辱する様にぐにゃりと笑っていた。
これが現在彩葉を苦しめている原因、そして自分を嫌いになる要因となった大きな理由の一つ、彩葉はその異形の影を化け物と呼んでいる。
彩葉は気にする様子もなく横を通りぬけ、居間の方へと足を進めた。
途中、首の長い化け物が横から覗き込んできたが無視した。
こんな事ぐらい、驚くことでもないから。
軋む音がする木造の廊下を歩き、居間に着くと、彩葉は台所に立ち朝食の準備を始めた。
(今日はおにぎりにしよう)
琴乃葉彩葉。
彼女の父は彩葉が生まれた十日後に亡くなった。
母は最後に会った時「私があなたに無理をさせないわ」という言葉を最後に何年もあっていない。
彩葉が最初にこの化け物が見えると知ったのが小学1年の初めの頃。
授業中先生の前に立っていた長く白い布のような化け物を指摘すると、ふざけないでくださいと先生からの注意が飛んだ。
隣の人にこの事を話すと誰もいないよ、と応えられたため、自分しか見えないものなんだと理解した。
やがて彩葉は異形の化け物が見える瞳で周囲から不気味がられ、やがて孤立した。
孤立した彼女はいじめをするのに格好の的であったため毎日のようにいじめられ、さらに田舎ということもあったためクラスメイトが変わることも少なく、小学2年から現在に至るまでいじめを受けていた。
時には死ぬ事を強制するようなことを言ったり、先生に話したとしても、このいじめは解決されることは無かった。
やがて、いじめやストレスが積み重なり現在、登校拒否になっている。
別の地方に行こうとしても中3の秋に父が亡くなり、母が居ない状態では地方に行ってもどうするのかが分からなくなる、そして周りに頼れる人がいないのでどうすることも出来ない、家族の崩壊、周囲からの孤立、そして化け物が見える瞳。
この要因があり今に至っている。
彩葉は朝食を作りながら自分の過去を振り返っていた。
毎日過去のことを振り返る、理由は自分でも分からない。
あり得るとしたらこれから、なにか役に立つかもしれないと思っているからだろうか。
(ありえないか)
彩葉は朝食を作る手を進めた。
この時前にあった鏡が、いつもよりくすんでいるように見えた。
同時刻 神社
夏の暑い風がふきぬける中、石の鳥居の上に座るひとつの影があった。
「また···か···」
この経験は何度目だろうか。
忘れもいないあの時、あの瞬間から今までどれだけたっただろうか。
(もう忘れた)
「一体いつになったら終わるんだろうね。···もう分からないよ」
神社にあった人影は、どこか遠くを見つめていた。
AM11時52分 家
作ったおにぎりを木で作られた机に置き、食べる。
不味い···
自炊をするようになったのはいつからだろうか。
いつも酷く不味い、というか味がしなくなっていた。
なので外食をする意味もなく、食への関心や楽しみがどんどん失せていっているのがわかった。
でも、彩葉は毎日のように朝食を自炊している、何故だろう、自分でも分からない。
(お母さんに近ずきたかったからかな)
彩葉は1番有り得そうなことを呟いたあと、バカバカしくなったのか自虐するのように乾いた笑みを浮かべた。
ご飯を食べ終わるまで10分程だろうか、それ位時間が経ったあと、彩葉は外出の準備をしていた。
毎回そこに行っても意味が無んじゃないか、と思っていても少しの可能性を信じて週に1度そこへ足を運んでいる、今日が週に一度そこへ行く日。
彩葉は外出の準備を終え、靴を履き玄関の戸を開けた。
PM10時28分
いつもの海沿いにある広く錆びた倉庫に入り、黒い革のソファにあぐらをかきながら問う。
「ねぇボス、新しいメンバーっていつ呼ぶの?」
声を発したのは楽そうな服に身を包み、大きな茶色のリュックサックを背おっていた優男。
「いつって、お前が誘うんだろ」
「ごめんごめん、忘れてただけだって」
少し怒り気味に答えたのは身長240cmの大男。
黒いしっかりとしたスーツに身を包んだその男は、今入っているチームのまとめ役。
チームの中で最強と謳われる彼は、背中に背負っている巨大な矛を使い、押し寄せる敵をなぎ倒す姿は鬼神のようだと言われる。
「いい加減真面目に探したらどうだ」
「ほいほい、わかりましたよ、ボス」
「何度も言うが、俺はボスになるようなタマじゃない。ただ単に俺がやってきたことを周りの奴らが慕ってくれてるだけさ」
「またまたご謙遜を〜、ま、自分のやってきた事がこの地位って事なんで、胸張って自分はボスだ! って思えばいいんじゃないですか?」
気楽にその優男は話した。
その大男は形相を崩すことなく尋ねた。
「それで、わざわざ戻ってきたということは、叔母様に知恵を借りたくてきたんじゃないのか?」
優男は大男へ、真剣に尋ねた。
「駄目か?」
「ダメに決まっているだろ・・・お前とあったら悪影響だ」
体の中に溜まった疲労を吐き出すようにため息を吐く。
「まだまだ調べることはあるんだ、さぁ、行った行った」
大男はこれ以上話すことは無いと、パソコンに向かった。
「あー・・・分かったよ。
でもいつか絶対叔母様に会わせろよ」
大男は軽く手を振った。
「・・・もう話すことは無いかよ」
「無いね」
優男は古びた倉庫から出た。
同時刻 神社
彩葉は真夏特有の暑さで汗を流しながらも、長い石段を登りっていた。
理由は二つ
一つ、現状の改善に繋がるように
二つ、また父と母に会えるように
つまりは神頼みだ。
彩葉には今の状態を改善できる方法なんて無く、神だろうがなんだろうが今の彩葉には頼れるものなんてなかった。
でも彩葉はとっくに自分に言い聞かせている、神なんて居ないと。
でも、これ以上彩葉は何も出来ない。
そして彩葉にできることの範疇はとっくに超えていた。
彩葉の階段を上る足はとっくに止まっており、彩葉の頬には涙が流ていた。
彩葉はしばらく涙を堪え、階段を登り始めた。
階段を登りきると、そこにはかなり古びた小さい神社が立っていた。
石の鳥居を潜り、賽銭箱の前に立つ。
自分の持ってき財布から10円を取り出し賽銭箱に投げ入れ軽く手を合わせた。
願いを頼み終え、神社の前にある石の鳥居をくぐった。
チリン、と音がした。
振り返ってみると、そこにあったのは5円玉だった。
拾ってみるとその5円玉は磨かれたように綺麗で金色に光っていた。
彩葉は何となくその拾った5円玉を賽銭箱に入れる。
(確か、5円玉はご縁がありますようにみたいな感じで入れる人が多かったな)
彩葉は少し、この5円玉に希望を感じた。
願う事はただひとつ。
「助けて・・・ください」
小さく、かすれるような声だった。
シャン・・・
突然鈴の音がした。
閉じた目を開いてみると、ジャボンと音を立て足が沈んだ。
「は?」
訳が分からず周りを見渡すと先程までの古びた神社ではなく、紅い門がそこにはあった。
足元には透き通った水のようなものがあるが濡れている感覚はない。
しばらくすると周りに金色の煙のようなものが漂ってきた。
その時、彩葉の心臓が強く鼓動を打った。
何故か紅い門に行かなくてはいけないきがしてくる。
引き寄せられるように紅い門の手前まで行き、手をかけようとした。
途端に後ろから引っ張られ尻もちをついた。
衝撃で閉じていたまぶたを開けてみるとそこには、先程までいた古い神社に戻っていた。
何が起こったのかも分からず辺りを見回していると、何かを握っていることに気づく。
見るとそこには先程入れたはずの5円が握られていた。
PM5時半 神社
ボスに言われ妖気、怪気の強い所を片っ端から探していると神社に着いた。
「うーむ···ここら辺だけ妙に妖気が強いな···」
やはり門の前だからだろうか。
「いや···それでもこれ程強くはないか···」
この状況で予測できるのは二つ、あちらの世界にやばいやつが生まれたか、先程まで妖気の強いやばいやつがいたか。
すぐにやばいやつがいたという予想は否定される。
(ありえない、もしこれ程強い妖気を持っているやつならあちらの世界に行っている···いや、引き込まれているはずだ)
つまり、どっちにしろあちらの世界にこの妖気の正体がいるはずだ。
仲間探しも大切だが、この世界の人を傷つけられるような事態は出来るだけ避けたい。
敵は恐らく、いや、確実に厄介だろう、まずは情報を掴まなくては、よって、するべき行動はただひとつ。
「行くか」
あちらの世界に行くだけである。
PM6時 自宅
自宅に帰ってから現在に至るまで、彩葉は神社出会ったことについて考えていた。
今回と前回の違うことは何か、そう考えると一つの仮説を出した。
今回違うのは綺麗な5円があった事。
かなりファンタジーな話になるが、この拾った5円を賽銭箱に入れたことで条件を満たし、紅い門が現れた。
(私の考えが正しければ、この5円はあの紅い門に通じる鍵になる)
とても現実離れした話だが今はこう考えるのが普通だろう。
(明日行ってみよう)
今日の事はまた明日に考えたらいい。
そんな事を思いながら今日を終えた。
8月3日 AM11時13分神社
彩葉は昨日あったことを調べる為に神社に来ていた。
10時頃から神社の周りを調べているが、古いこと以外、特に変わったところはなかった。
(もし、周りを調べて何か分かればよかったんだけど)
拾った5円玉を取り出し賽銭箱に投げ入れようと決意した。
(もし、後ろに引かれなかったらその後はどえなるかわからない。こんなの自殺行為だ···でも···)
確かな証拠は無いけれど、
(お父さんが、いたらいいな)
財布を取り出し、前に拾った5円玉投げ入れた時、後ろから手が出てその五円玉を取った。
「っ!」
急に背筋が凍りいたような感覚に囚われた。
後ろを向くとそこには紺色の着物を着て朱色の和傘を持った男。
少しの溜め息を吐いたあと、こちらを見て
「君は度を越した馬鹿だね。前回の経験で辞めようとは思わなかったのかい?」
急に現れ最初の言葉が罵倒、そして前に見た紅い門の事を知っている。
色々な疑問が飛び交う中彩葉から出た言葉は、
「···は?」
間抜けな声だけだった。
木造のステージに座っている白い着物を着た人間は紺色の座布団を座り直す。
「君は知らないだろう? この私の事。それは当然だ、言葉で説明された訳でもなく、文面や画像で説明された訳でもない。でも、君はよく私のことを知ってるはずだ、きっと誰よりも、無論、君の事もよく知っているさ。きっとね」
白い着物を着た人間は不適にわらった。
――続く―