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愛人と接触した翌日、エリオットが私の元へとやってきた。
「アメリア、一体どういうことだ!? ジェニーに何も伝わっていないじゃないか! しっかり説明しろと言ったはずだろう!?」
「……エリオット様、話の途中で遮られ勝手に帰って行かれましたので私にはどうすることも出来ませんでした。侍女や執事長もその様子を見ております」
「言い訳をするな! 君は正妻なんだからしっかりと管理してもらわないと困ると言っているんだ。平民の女1人管理出来ずに正妻が務まると思っているのか? それにジェニーが言っていたが、私に愛されないからと不満をジェニーにぶつけるのはやめてくれ。そのせいで私も宥めるのに大変なんだ。それくらい出来るだろう?」
……ちょっと待って。自分のことを棚に上げて私を非難するのはどういうことなの!? 平民の女1人管理出来ていないのはあなたでしょう!? しかもこいつに愛されないことを不満に思ってそれをアレにぶつけてるですって!? ふざけんな!! 誰がお前の愛なんか欲しいと思うか、クソ野郎!!
って言えたらどんなにいいか。悔しい。悔しい! 私が何をしたというの!?
「………申し訳ございません。また彼女と話をいたします」
「全く。頼んだからな。しっかりやってくれ」
ため息を吐いて彼は去っていった。
「若奥様…」
そっと侍女が私の背中を宥めるようにさすってくれる。泣くもんかっ…。そう思っていても侍女の優しさが心に触れてぽろっと零れてしまった。
「…ごめんなさい。見なかったことにしておいて」
それからの日々は地獄だった。愛人と話をするも相変らず通じることはなく、ついには呼び出しにも応じなくなった。別館へと向かうも会うことも出来ない日々。そしてエリオットにも愛人のことで文句を言われる。
そしてとうとうエリオットも愛人に愛想を尽かしたのか別館へ帰るのを止めたようで本館で過ごすようになった。とはいっても、私たちが会うことは全くない。
「え? なんですって? もう一度言ってちょうだい」
「ですから、ジェニー様ですが今朝から忽然と姿を消されました。どこに行かれてているのか全くわからないのです」
地獄の日々が数か月続いたある日、また愛人と話をするために呼ぼうと伝言を頼んだら執事長から彼女が居なくなったと言われた。
「どういうこと? 彼女がいきなりいなくなるなんてことある? エリオット様は当然ご存知よね? このことについて何か仰っていなかった?」
「…若旦那様は『別れたから追い出した』としか…。今まで購入されたドレスや宝石などはそのまま部屋に残されていたようです」
別れたから追い出した? なのにあの高価なドレスや宝石を持たずに?
おかしい。彼女なら追い出されたとしても購入したものは持ち出すはず。
「エリオット様とお話しするわ。会えるかどうか確認してもらえるかしら?」
そうお願いしてみたが、話すことはないとの返答だった。
「ジェニー様のことですが、追い出したからいなくなった。それ以上のことはない。だから話す必要はないとのことです」
執事長が私と話をしない理由をそう述べた。
「そう…。わかったわ。ありがとう」
そう言われてしまったのなら私は何も言えない。2人の問題なのだから私がこれ以上首を突っ込むことでもない。
「若奥様、これで少しは過ごしやすくなりますわ。こんなにお痩せになってしまって顔色も悪うございます。本日はゆっくりお休みください」
愛人とエリオットの板挟みで過剰なストレスがかかったせいでほとんど食事が喉を通らなくなってしまった。おかげでかなり痩せた自覚はある。今回のことで愛人と関わることが無くなったおかげで少しは気持ちも楽になるかと思ったけど、なんとなく腑に落ちず後味が悪くて素直に喜ぶことも出来なかった。
それから更にしばらくは大きな問題もなく過ごしていた。と言いたいところだけど、伯爵家当主から送られてくる資金が完全に止まった。
こうなるだろうと見越して無駄遣いはしていなかったから多少の蓄えはここにある。だけどこのままじゃいずれ底を尽くことは想像に難くない。この先どうするのかエリオットに確認しなければと思っていたところに、彼から話があると言われ執務室へ向かうことになった。
「ああ、アメリア。久しぶりだな」
「ええ、お久しぶりです。エリオット様」
同じ本館にいるというのに全く顔を合わせることもなかったエリオット。久しぶりに見た彼の顔は、少しやつれた様に見える。だけど眼光は鋭く視線が気持ち悪い。以前はこんな目をしてはいなったはず。愛人と別れたことを後悔していたのだろうか。
「アメリア。君を呼んだのはほかでもない。私と離縁してほしい」
「え?」
離縁? 離縁ですって? まさかどうして…。愛人と別れたから私が不要になった? でもそうか。元々は愛人との結婚が認められないからお飾りで私を借金返済する代わりに娶ったんだから。彼から離縁を申し出てくれるなんて有難い。願ったり叶ったりだ。
「かしこまりました。離縁いたします」
「ああ、ありがとう。それで離縁するのに君の領地へ支払った金額を全て返して欲しい。あれからリンジー領は立ち直ったのだろう? だったら払えるはずだ」
「え…? 確かに立ち直ったとは聞いておりますが、いきなり全額をお支払い出来るかは…」
「出来ないのなら出来ないでいいんだよ。その代わり君が売られるだけだからね」
…え? なんて? なんて言った? 売られる? 私が? どこに?
「君は今から闇ギルドへ売られる。そして奴隷としてどこかで働くことになる。君は未だ処女だろう? 貴族として育った君は更に処女ということもあって、好色家に高く売れるそうだ。最後に伯爵家の役に立てるんだ。嬉しいだろう?」
声も出せず呆然としていたらエリオットが親切に説明してくれた。それに今からって言った? ということは借金の返済が出来るかどうかは関係なくて最初から私を売るつもりだったということだ。
「ちょっと痩せてみすぼらしくなったが、まあ顔立ちは綺麗な方だから問題ないだろう。…最後に抱いてやろうかと思ったがそれだと値段が下がるからな。渋々諦めたよ」
「……まさか、まさかですが、ジェニーさんも売られた、なんてこと、仰いませんよ、ね?」
「そうだよ。売った。いやあ本当に早くこうすれば良かったと後悔しているよ。彼女が居なくなってからとても過ごしやすくなったからね」
やっぱり。今の話を聞いてまさかと思ったけど…。信じられない。何が真実の愛よ。なんて軽い愛なの。彼女がいなくなったと聞いた時不自然だと思った。まさか売られていたなんて。そして次は私の番…。
「ふざけないで! あなたは人として間違ってる! 平民だとしても一人の人間なのよ!? それに人身売買は法に違反しているわ! なのにそれを自分勝手に売るなんてどういうっ……きゃあ!」
「うるさい! 私に口答えするなっ!」
初めて反論したら思いっきり頬を打たれてその勢いで倒れこんでしまった。左の頬がじんじんと痛む。痛いというよりも熱い。
「お前は大人しく売られてしまえばいいんだ! お前の存在価値なんてそれしかないことを自覚しろ!」
「エリオット・ニコラーク! それ以上の暴言、暴力は許さない。アメリアは私が保護させていただく!」
バンっ! と扉が開く音が聞こえた瞬間、あり得ない人物の声が聞こえて振り返った。
「レイモンド様……なぜここに…?」
レイモンド様と数人の騎士がなだれ込むようにして執務室へと入って来た。レイモンド様は私に駆け寄り倒れこんでいた私を優しく起こしてくれた。
「アメリア! …頬が腫れている。それにこんなに痩せてしまって…。もう大丈夫だ。君は私が守るから安心して良い。今までよく頑張ったな」
なんでここにレイモンド様がいるのか。この騎士たちはなんなのか。どうして今までよく頑張っただなんて言ってくれるのか。何もわからないままだったけど、もう大丈夫なんだと、売られなくて済むんだとわかって強張っていた体から力を抜いた。
「おいっ! お前たち! 上司の俺にこんなことをしてタダで済むと思っているのかっ! くそっ! 離せっ!」
突撃してきた騎士によってエリオットは取り押さえられている。言葉から察するに部下たちのようだ。
「エリオット・ニコラーク。貴様はもう騎士ではない。人身売買による罪で拘束する。…残念ですよ、ニコラーク様。以前のあなたはこんな人ではなかったのに」
エリオットを拘束している騎士が悲痛な顔でそう言っていた。騎士として優秀だったというのは本当だったようだ。
「おいアメリアっ! 何とかしろ! お前は私の妻だろう!!」
この人はどこまで狂っているのか。私は妻であってもお飾りだ。離縁を申し出たくせに、私を売ろうとしたくせに、なぜ私がエリオットを助けなければならないのか。
それに私が何か言えばこの騎士たちをどうにか出来ると本気で思っているのか。もし出来たとしてもエリオットを助けるために動くことはない。
「……お断りしますわ。私はもうあなたから離縁を申し出された身。それに私を売ろうとしたあなたをなぜ助けなければなりませんの?」
「貴様っ! 貴様の領地を救ってやったのは一体誰だっ! その恩を仇で返す気かっ! くそっ、お前たち離せっ!」
「それは間違いなくエリオット様です。そのことに関しては本当に感謝しておりますわ。ですが、私は売られる筋合いはございません。救っていただいたご恩はこれまでの時間でお返し出来たとは思っていませんが、契約通り過ごして参りましたしエリオット様の我儘にも対応いたしました。恩を仇で返したことなど一度としてございませんわ」
「アメリアっ! きさ…っ……もがっ! もがもがもがあああ!!」
「ふう…やっとうるさい声が少しはましになったか。君はこれから取り調べが待っている。さ、連れて行ってくれ」
猿轡をされたエリオットは暴れながらも騎士に連行されそのまま連れ去られていった。
私はそのままレイモンド様に支えられながら自室へと戻り、そのまま事の顛末を教えて貰った。
「アメリア、以前街で偶然会った時のことを覚えてる?」
もちろんだ。外の空気を吸いたくてただぶらぶらと街へ出たあの日。偶然レイモンド様にお会いして、私がニコラーク伯爵家に嫁いだことを話したあの日だ。
「あの時、君がラマーニ侯爵令息と婚約を解消して、ニコラーク伯爵家に嫁いだと聞かされたときかなり驚いたよ。だってラマーニ侯爵令息と君の仲は良好だったから。それで――」
どうしてそんなことになったのか。それをレイモンド様は調べたそうだ。
私が嫁いだニコラーク伯爵家は良い噂が余りない。エメラルド鉱山が見つかってから一気に急成長したせいで傲慢さに磨きがかかり、人としての評判はかなり落ちていた。そんなところへ私が嫁いだから、私のことが心配になり色々と調べて回っていたそうだ。
レイモンド様もお忙しいのに私のことで煩わしい思いをさせてしまって申し訳なさが募る。
そして色々と調べているうちに、エリオットが平民の愛人を囲っていることを知る。そして私がどうしてこの家に嫁いで来たのかも。
「理由を知って愕然としたよ。そしてどうして自分がもっと早くリンジー領のことを知れなかったのか。後悔しかなかった」
「…相変らずお優しいのですねレイモンド様は。ですが私のことを知ったとしてもどうすることも出来なかったはずです。レイモンド様もセセリア様との婚姻も控えておりますし…」
「あー…その、セセリアのことなんだけどね。実は私も婚約が解消になってるんだ」
「は?」
え? 今この人はなんて言った? セセリア様との婚約が、解消になったと言わなかったか?
「ちょっ、え? どういうことですの? 冗談はやめてくださいまし」
「…冗談じゃないよ。昔、セセリアが言っていたこと覚えてるかい? 『いつか商人として世界を駆け巡りたい』と言っていたこと」
もちろんだ。貴族のご令嬢であるセセリア様がとんでもないことを仰っていたから良く覚えている。あの時は『実現するといいですね』なんて軽く発言した覚えがある。だって冗談で言っていると思っていたから私も冗談でそんなことを返したのだ。
「その夢を実現するために、夜逃げ同然でどこかへ行ったんだ。手紙を一つ残して」
「は?」
ちょっと待って。実現するためにどこかへ行ったですって?
いや、確かにセセリア様は令嬢としてはとても溌溂として少々お転婆なところはあった。でもきちんと弁えるべきところは弁えていて、そんな暴挙に出るなんて思えない。公爵令嬢なだけあって、素晴らしいご令嬢だった。
「街で偶然出会ったあの日、セセリアの足取りを追って色々と探っていた時だったんだ。そこで君のことを聞いて余計に混乱したよ」
「それは、申し訳なく…」
セセリア様!? あなた何をやっているんですか! 公爵令嬢でしょう!?
…私でさえ混乱しているのに、当事者であるレイモンド様の心中はいかほどか。
「彼女が残した手紙には、婚約を解消する勝手を許して欲しいことと探さないで欲しいとそう書いてあった。慰謝料として、彼女が持っていた宝石などの貴金属やドレスなど全て売って欲しいと。私と結婚することは決まった未来しかない。それがとても苦痛だ。だから自分の勝手な我儘を許して欲しい。ごめんなさい。そう書かれていたんだ」
何と言うか、あの発言が本気だったんだと驚きすぎて声も出ない。なんてこと…。
「それから彼女の足取りを追ったけど、見つかることはなかった。協力者がいたようであっという間に国外へと出ていった後だったんだ。国外へと行ってしまったなら相当私との結婚が嫌だったんだと、そう思って彼女を追うことを止めた」
「……なんというか、レイモンド様も大変だったんですね」
もっと気の利いた言葉をかけてあげられたらいいのだけど混乱した頭ではその言葉が精一杯だった。
「まぁセセリアのことは終わったことだからもういいんだ。それよりもエリオット・ニコラークのことだけど――」
そうだった。本題はそっちだった。あまりのことにすっかり忘れていた。
「君が家の為に望まぬ結婚をしたと知ってどうにかしようと色々と考えていた時、ここの執事長から手紙が届いたんだ」
え? 執事長から手紙が? なぜ?
そう問えば、私が置かれている環境が不憫でならない。しかも愛人であるジェニーが姿を消した。それも不自然な形で。調べてみると人身売買を行った可能性が高い。それが本当ならばもうニコラーク家は先がないだろう。だから私をどうか助けてあげて欲しい。そう書かれていたそうだ。
街で偶然レイモンド様に会った日、私は侍女にレイモンド様の名前を教えた。それがきっかけでレイモンド様に連絡があったそうだ。
「それと君は知らないだろうけど、ニコラーク家が保有するエメラルド鉱山だけどね。無理な採掘が原因で崩落事故が起こったんだ。中にいた作業員が全員生き埋めになった挙句、救出することもなく放置したことがわかった」
「なんてことっ…。そんな…」
「それもあって執事長が君だけはなんとか助けたいと私にそう連絡が来たんだよ」
じゃあ今ここにレイモンド様が居てくださって私が売られずに済んだのは執事長のお陰だったのか。彼にはずっと支えて貰ってどれだけ助けられたか。
「執事長はずっとこのニコラーク家に仕えていたけどこの状況を放置することは出来なかった。せめて最後はきちんとした形で終わらせたいと言っていた」
彼の気持ちを考えると胸が苦しい。ずっと仕えていたニコラーク家が大変な状況にも関わらず私のことを考えてくれていたなんて…。
そしてレイモンド様はエリオット様のことを調査。騎士団にも協力を仰ぎ、愛人であるジェニーを闇ギルドへ売ったことが判明。そして私が売られるかもしれないことを知り、今日急いでここへ乗り込んできたそうだ。
「レイモンド様、本当にありがとうございました。このご恩は必ずお返しいたします」
「いや、気にしないでくれ。と言いたいところだけど私から一つお願いがある。…だけど今はまだ言わないでおくよ。とりあえずこれから忙しくなるだろうから落ち着いたらまた話すことにする」
あのまま闇ギルドへ売られていたらどうなっていたかわからない私を助けてくれたレイモンド様のお願いならば、出来る限り叶えてあげたい。とんでもない無理難題を仰る方ではないと思うけど、私が出来る範囲であることを祈ろう。
それから。
ニコラーク伯爵家がどうなったかというと、法で禁止されている人身売買をしたことと崩落事故の放置、そしてかなりの借金もあったのとエリオットが捕まり後継者がいなくなったことで没落することが決まった。
私はエリオットと離縁した。『白い結婚』だったことも証明出来、手続きなどはレイモンド様が手伝ってくれたお陰もあって簡単に離縁することが出来たのだ。
もうニコラーク家の人間じゃない私はリンジー領へ戻ることになった。この伯爵家に仕えていた使用人たちはそれぞれ他へ働き口を紹介して貰えたそうで安心した。これもレイモンド様が助けてくれた。
「君には何も憂いを残してほしくないからね。これくらいお安い御用だよ」
本当にこの人はどこまで優しいのだろうか。おかげで私は何の心配事もなくリンジー領へ戻ることが出来る。そして伯爵家で私についてくれていた侍女が、そのまま私と共にリンジー領へ来ることになった。私を気に入ってくれたようで「これからもお仕えしたい」と言われたときは嬉しくて涙が出た。
「ああ、アメリア! 本当に大変だったね。そんなところへ嫁に出すことになって本当に済まなかった。これからしばらくはゆっくりと休むといい」
リンジー領へ戻ると家族みんな涙ながらに出迎えてくれた。結婚してからの私はかなり痩せてしまっていて余計に心配をかけてしまったようだ。それからの日々は、今までにないほど甘やかされて過ごした。
気持ちはとても嬉しいけど、お父様からは子供じゃないのに大きなぬいぐるみをいくつもプレゼントされたり、お兄様からは食べきれないほどのスイーツが並べられたり、お母様には買い物の為に街へ連れまわされたり、最終的には構われ過ぎてうざくなって部屋に立てこもったけど。
「アメリア~! パパが悪かったから部屋から出てきて可愛い顔を見せておくれ~!」
「お兄様も悪かったよアメリア! せっかく一緒に暮らしてるんだから顔を見せて~」
「お母様も寂しいわ。これからは少し控えるからまた一緒にお茶しましょうよ~」
扉の向こうで3人が何か喚いている。全く…。ゆっくり休めと言っていたのにこれじゃあ前より忙しいんじゃないだろうか。
「ふふふ。アメリア様のご家族の皆様は本当にアメリア様のことが大切なんですね。とても賑やかで楽しいです」
侍女にそう言ってもらえて嬉しいけど、恥ずかしくもあるわね。
リンジー領へ戻ってから2か月ほど後。レイモンド様が我が家を訪ねてこられた。
「お久しぶりです、レイモンド様」
「やあアメリア。会えて嬉しいよ。あれから体の調子はどう?」
「ええ、お陰様でもうすっかり良くなりました。本当にありがとうございました」
ストレスの原因が無くなったことで食欲も戻り、かなり痩せてしまった体は元通り、とはいかないまでもそれに近いくらいには戻ってくれた。お陰で体の調子もとても良くなって痩せすぎもダメだということが良くわかった。
応接間にはレイモンド様と私以外に、私の家族が総出で同席している。レイモンド様に改めて家族全員でお礼を述べる。
「それでレイモンド様、本日はどうなさったのです?」
「ああ、以前お願いを聞いて欲しいと言っていたことを覚えてる?」
「ええ、もちろんです。私の恩人ですから出来る限り叶えたいと思っておりますわ」
「良かった。…リンジー侯爵家の皆様、私レイモンド・アデルークはアメリア嬢に婚姻を申し込みたいと思っております。どうかお許しいただけませんでしょうか」
「「「「はい?」」」」
あまりの言葉に家族全員声が揃ってしまった。
レイモンド様が私に求婚? なぜ? それがお願いだとでもいうの?
「お、お待ちくださいレイモンド様! なぜそうなるんですの!? それに私は『出戻り』です。レイモンド様と結婚だなんて…」
「『出戻り』だとしても白い結婚だったのだから、大丈夫だよ。それはちゃんと証明された。白い結婚は婚姻自体無かったものになるんだ。だから『出戻り』なんかじゃないんだよ。
それにね、君は気づいていなかったと思うけど学生の時から君のことが好きだったんだ」
「はい? なんですって?」
え? ん? 私のことが好きだと言った? 聞き間違いかしら…。嫌だわ、早くも耳がおかしくなったのかしら…。
「当時はセセリアと婚約を結んでいたし想いを告げることはしなかったけど。だけどその婚約も無くなった。今の私はフリーだ。それに君も婚約者がいなくなってフリーだしね。申し込むなら今しかない」
「いえ、それはわかりますが…でも、そんな…」
「…それとね。セセリアが残した手紙には続きがあって。商人になる決心をしたのはアメリアに実現するといいですね、と言ってもらえたからだそうだよ。そんなこと無理だと否定せず、背中を押してくれた言葉が嬉しかったそうだ。それが例え冗談であっても。
だから私が婚約解消になったのはアメリアの責任でもあるんだ。だからその責任をとってもらおうかと思ってるんだけど。どうかな?」
「な、な、な…そんな…。ええ? ちょ、嘘でしょ…。私のせいだったなんて…」
セセリア様! 私の冗談で決心を固めただなんて嘘でしょう!? それで夜逃げ同然で国外へ逃亡したなんて、お転婆が過ぎる! 両家に大きな問題を残したのが私のせいだったなんて…。なんてこと。
「…そ、その節は申し訳ございませんでした」
「うん。それで受けてくれるのかな?」
「その…。私で、よろしければ…貰ってくださいまし」
「ありがとう。君が良いんだ。セセリアと婚約解消した時と、君がニコラーク家へ嫁いだことを知った時は絶望したけど、まさかこうなるなんて夢にも思わなかった」
……私もまさかこうなるなんて夢にも思いませんでした。なんという運命のいたずらなのか。
それから私とレイモンド様は結婚した。とても豪華な式でたくさんの人に祝福され、私は幸せの絶頂にいる。だって好きだった人とまさか結婚することになるなんて。
「レイモンド様。気づいていなかったと思いますが、実は私も学生時代の時からあなたのことが好きでした」
初夜の前。ちゃんと気持ちを伝えようとレイモンド様の手を握って打ち明けた。言おう言おうと思っていたけど、恥ずかしくて伝えることが出来なかったのだ。
「やっぱりそうだったんだ。ちゃんとアメリアの口から聞けて安心したよ」
「え? やっぱり、ってどういうことです? 知っていらしたんですか?」
「いや、私も気づいていなかったよ。君と元婚約者との仲がとても良かったから。気づいていたのはセセリアだよ。手紙にね、書いてあったんだ」
セセリア様…。気づいていたのか。その時は私のことをどう思っていたんだろう。なんだかとても申し訳なく思える。
「あ、勘違いしないで。セセリアの手紙にはね、私たちがお互い想い合っていたことを知っていたと書かれていた。そしてそれがとても歯がゆくて申し訳ないと。だから自分がいなくなったらどうかアメリアと添い遂げられるよう頑張ってほしい、なんて書かれていた。私たち2人のことはセセリアには見抜かれていたんだよ。さすが商人になりたいだなんて言っていただけはあるよね。人を見る目が凄いなと素直に思ったよ」
「セセリア様…」
「だけど私には勇気がなくて。君たちの仲を引き裂こうなんて出来るわけもなく。そしたら君はいつの間にか婚約解消になってニコラーク家へ嫁いでしまっていた。
私はラマーニに怒りが湧いた。リンジー領が大変な時に助けもせず見限ったんだ。それだけの想いだったのなら我慢する必要もなかったと後悔した。だから君がニコラーク家でどう過ごしているのか調べたんだ。
そしたら案の定、あのザマだ。だけどあの時は神に感謝したよ。これで堂々とアメリアに近づける。そう思って色々策を練ったんだ。そしたら執事長が味方になってくれた」
それから後は君の知っている通りだよ。そう言ってレイモンド様は私の頬をするりと撫でた。そのまま微笑むと私を優しく抱きしめる。
「ただ、君の心が本当に私にあるのかそれが不安だったんだ。こんな形で結婚を申し込んで、私もエリオットと同じことをしているんじゃないかと不安になった。だけど今、君の気持ちを君の口から聞けて心の底から安堵した。
君を絶対に不幸になんてさせないから。今まで辛かった分、私が全部幸せで埋めてあげるから覚悟しておいて」
「…レイモンド様。私はあなたと結婚出来てこんなに幸せなことはありません。私もレイモンド様を幸せに出来るよう精一杯努めます。私を迎えてくださってありがとうございます」
あの時大変だったのも、全部この幸せのための試練だった。どこかで聞いたことがあるけど、神様は越えられない試練は与えないっていうのは本当なんだろう。そしてその試練を乗り越えて今がある。
きっとこの先もまた色んな試練が訪れるだろう。だけどレイモンド様と共にそれを乗り越えていく。彼とならばきっと出来ると信じられる。
「アメリア、愛してるよ」
「はい。私も愛しています」
優しいキスが額に、まぶたに、頬に、そして唇に。そのあとはたっぷりレイモンド様に愛されて。
甘い初夜はそうして過ぎていった。
最後までお読みいただきありがとうございました!