第4話 絞首刑台
薬師として偉大な、祖母クレア·ヘヴンスの秘技により、オリバー·ランドルフ王子の視力回復薬が完成した。
服用当日は両陛下と皇太子殿下が同席され、主治医殿立ち会いのもと、投薬が行われる事になった。
当然たけど陛下と主治医殿より、いくつかの質問と確認が行われた。
「なるほど、薬師クレアの技を昇華させたのだな。しかし、なぜこの才能が世に埋もれていたのだ?」
「父上。それについては、お話したい事があります。実は……」
オリバー様が、陛下に話をしようとしたその時、部屋の扉が開き、シャーロット様が勢いよく入ってこられた。
「父上、大事なお兄様に、この女の薬を飲ませると聞きました。なぜそのような暴挙を! 私は認めませんわ」
この言葉に王様より先に、オリバー様が反応された。
「ドロシーは、私にとって大切な友だ。それを悪く言うのはやめなさい」
「友ですって? お兄様は見えないから知らないのよ。この女は口で言い表せないほど、醜い姿をしているのよ。
それを友だというのなら、お兄様は周りから笑い者になってしまうわ」
その発言にこの場が凍りついた。いくらそれが事実であっても、礼儀から逸脱している。もしそれがとまかり通るなら、誰も王家のために尽くそうとはしないだろう。
「シャーロット、悲しい妹よ。ドロシーの優しさや、心の美しさが分からないのか? 今の僕にはお前のほうが醜く思えるよ」
「どこがよ、見えないものに美しいも何もないわ!」
「ではお前に向けられたドロシーの優しさは、心地の良いモノではなかったと言うのか?
お前を救おうと必死に動いてくれた姿に、何も感じなかったのか?
心が醜い人間ならばお前を放っておき、嘲笑ったはずだ。
ドロシーは人に気づかれなくても、その人を思い支えている。お前だけじゃない。この僕にだって、そっと寄り添ってくれているのだ」
「な、何よ、そんな女がいいって言うの?」
「ああ、ドロシーがいい。こんな心の美しい女性は他にいない。もし叶うなら、ドロシーとは夫婦という形で、添い遂げたいと思っている」
あまりにも突拍子もない話に、唖然としてしまい、シャーロット様も出ていってしまわれた。
でもシャーロット様のいうとおりだわ。オリバー様は見えていないから言えるのよ。光を知らない今のあなたは、醜美の度合いが分からない。ひとたび私を見れば、その言葉は間違いだったって気付くはず。でも私の王子様、安心してください。あなたがそうクチにされても、誰もあなたを責めません。それほど私は醜いのです。
「さぁ、ドロシー始めてくれ」
弾む声が私の心に突き刺さる。陛下も私に合図をされ、遂に投薬を始める事になった。
王子の体の中では、毒による体組織の破壊と、そこからの新たな毒の発生が、視力回復をさせない原因。
この破壊と毒の精製、2つの症状は深い関係性をもち、どちらかが鎮まっても、他の片方によって誘発される。つまりすばらしい薬があったとしても、片方だけに着目していては、効き目がない。
「だからこの調整剤で、2つの薬の働きを助けます」
マンドラゴラで強まった片方を抑制し、ドラゴンコアで弱まった方を助ける。このバランスが均衡に保たれれば、成功なの。
服用から30分、オリバー様も体の変化を実感し、周囲の人達もまだか、まだかと覗き込んでいる。オリバー様は焦るなと、笑いながらなだめられている。
1時間後、そろそろ効果が出てくるはずだが、もう少しかかるようだ。見える様になったら、何処へ行くかとか話に花が咲いている。
さらにその2時間後、少し疲れてきて、小腹もすいたと人もマバラになる。
そして夜が明け、オリバー様が口を開いた。
「どうやらこの薬、……私には合わなかったようだ」
ウソよと叫びたい、でもこれが現実。私が悲しむより何倍も、オリバー様の方がショックなはず。浅はかな私のせいで、この方を落胆させてしまった。かたい笑みを作らせてしまった。
「ドロシー、君は……良くやってくれた。もういいんだよ」
良くない。だって貴方に似合うのは、笑顔であって涙じゃない。その輝きは私の100年よりも勝るもの。貴方に光が戻らないより、私が醜いと笑われた方がどれだけ良いか。
「私は諦めません。生涯を掛けてでも、必ずや貴方様を治してみせます。
すみません。試したい事があるので、失礼します」
いつまでも落ち込んでは居られないわ。そうよ、早く治して、私の顔で笑い転げてもらって、そして豪快にフッてもらうの。
うん、幸い私にはポーションで得た資金がある。それにまだ試していない事は、いくらでもあるから、望みは捨てないわ。だってオリバー様が私の全てだもの。
◇◇
「オリバー、その表情だとあまり気落ちしていないのだな。それ程あの娘を信頼しておるのか?」
「はい父上。彼女の全てが、私に力を与えてくれます。それに彼女に出来なければ、他の者では無理でしょう」
「ならば、先程の〝望み〞は?」
「はい、今も変わりません」
「オリバーよ、もしお前の目に光が戻ったなら、その望みは叶えられぬぞ。
いや、間違うな。あの娘がダメだと言うのでない。お前の才能と立場、そして世間の欲望がそれを許さぬ」
「でしたら、私は全てを捨てます。それでも足らないと言うなら、光を再び失ってもいい。それ程、私はドロシーを愛しているのです」
「青いな、まるで子供の夢物語だ。だが、我が息子は成長し、愛を見つけたのだな」
王は息子の頬を撫で、この出来事に区切りをつけようとした。
「な、なんと。父上……なのですか?」
「何を言っておる? いつもの声であろう」
「いえ、違うのです。ああ、映るこの人が、私を愛して下さる父上なのですね?」
「ま、まさかオリバー。目が、目が見えるのか?」
「はい、段々と鮮明になっています。こんなにも世界は美しいだなんて!」
「おおぉぉ、神よ。我が子を救ってくれた事を感謝いたします」
まるで小さい子を慈しむように、優しくそして包むように抱きしめた。起きた奇跡が壊れるのではと、心配しながら。
「父上、感謝は神ではなく、ドロシーに」
王は失念したと悔やみ、この国の恩人を探すよう命をくだした。さほど時間が経っていないので、すぐに見つかると考えていたが、いくら探しても見つからない。
おかしいと更に人数を増やした時、一つの知らせが入った。
それは王女シャーロットにより、ドロシーは捕縛され連れ去られたと!
◇◇
絶対に効くと思っていたのに、あの結果ということは、私の考え方が間違っている証拠だわ。強い効果を求めたけど、反対に弱くても多くの種類で考えてみようかな。うん、その分組み合わせは難しいけど、やり甲斐はあるわ。
「いました、ドロシー·ヘヴンスはあそこです」
私の名前を叫ぶ屈強な男たちが、詰め寄ってくる。そして有無も言わさず私の腕をとり、床に押し倒してきた。
「あーはっはっはー、とうとう捕まえたわ、この盗人め。これでアンタもおしまいね」
足元しか見えないけど、この声はシャーロット様だわ。高笑いを響かせ、私の前へ宝物庫にあったドラゴンコアを付き出してきた。
「これはアンタの机で見つけたわ。これで死罪は免れないわよ。あーはっはっはー」
「そんなの何かの間違いです。それに宝物庫には王族しか入れません。だから、中の物を盗れるとしたら、それは! も、もしかしてシャーロット様?」
この姫が持ち出して、私に罪を被せた? いいえ、あり得ない。私は何て恐ろしい事を考えてしまったんだろう。いくら私のことが嫌いでも、そんな残酷のことをするはずがないわ。
「私を疑うとは生意気な。この、この、このー!
ええい、こうなったら父上の裁きなんて、待っていられないわ。今からアンタを処刑してやる」
「ひ、姫様、それは越権行為です。いくら何でも」
「お黙り、アンタも吊るされたいの?」
裁判権がある王ではなく、1人の少女の感情で、私の処刑が決まってしまった。死んでしまったら薬を作れない。オリバー様を喜ばせられない。いやだ、そんなの嫌よ。私は叫び必死に抵抗したけど、強く打ちつけられ意識が朦朧となった。
引きずられていき、抵抗するとまた殴られる。悲しみと痛みの中、両手を縛られる。そして霞む視界には輪になった縄が迫り、首にそのまま掛けられた。
ようやくここで意識がハッキリし、状況が理解できた。ここは裏庭にある首吊り台だわ。正面ではシャーロット様が、大声で何か叫んでいる。余りにも支離滅裂で聞き取れないけど、その表情からして、私のこの姿を喜んでいるみたいだ。
いつもの意地悪な顔で、蔑んだ笑い声。元同級生のこの姫は、棒でつつきながらハッキリとこう言った。
「敗け顔がよく似合うわね、いい気味よ。残念だけど、ブタに生きる価値はないのよ。さぁ衛兵、やっておしまい!」
なんで? 醜いだけで、何故そこまで言われなくちゃならないの。この姿が薬学の研究に邪魔だなんて、間違っているわ。この大きな体でも、人の役に立ちたい心は伝わるわ。それにオリバー様の目は他の誰も治せない、私がやるしかないのよ。そうよ、こんな所で終われない。こんな偏見に負けられない。だって、だって私はあの方を愛しているんだから。
「ドロシーーーー!」
見るとオリバー様がこちらに駆けてくる。危ないわ、そんなスピードで走ったら。お付きの人は何をしている、目の前に階段にぶつかってしまう。『危ない』と叫んだその時、オリバー様は大きくジャンプをし、処刑台に飛び乗ったの。
「早くロープを!」
お付きの人が投げナイフで、私を吊るしているロープを切った。私はその反動でバランスを崩してしまったけど、それを駆け寄ってきたオリバー様が、軽々と受け止めてくれたの。
「こんなにも血を流して、かわいそうに」
「もしや、オリバー様!」
「ああ、君のおかげだよ。どんなに感謝しても足りないよ。でもその前に、やるべきことをするよ。……シャーロット!」
その掛け声に、鬼のような表情でシャーロット様が近づいてきた。オリバー様がお姫さま抱っこをしている事を責め、醜い者には相応しくないと喚いている。
「それに私は王族よ、そのブタが私より輝くなんて許せないわ!」
「そんな理由で、ドロシーに酷いことをしつづけたのか?」
「な、なんの事よ。あくまで盗人に罰を与えるだけじゃない」
「私が何も知らないと思っているのか?
お前が宝物庫で何をしていたか、全て私の従者が見ている。それに薬学研究所の入所妨害から、日常的な嫌がらせまで、全て把握をしているのだぞ」
えっ、それってあの面接が、始めっから受からないようされていたのですか?
「ああ、スマナイ。私もこの数日で知った事だ。担当者も白状している」
なんて事なの。何年も沢山の努力をし、お祖母さまとの夢が、他人の思惑で消えるだなんて。
「はん、ソイツにお似合いの人生よ。私の監視下にわざわざ置いてやったのに、感謝がない方が無礼だわ」
「とても王族の、いや、人間の言葉とは思えないな。お前は1人の少女の人生を弄んだのだ。私や陛下も、これには落胆しているんだぞ」
「それがどうしたって言うの。たかが男爵家の小娘。それが地べたを這いつくばろうと、問題ないわ。いえ、もっと苦しむべきだわ」
「もうそれ以上言うな。聞かされるドロシーがかわいそうだ」
「いいえ、言いたい事はまだあるわ」
「もう良いと言ったのだ!」
こんな激しいオリバー様は初めてだ。本気で怒っていらっしゃる。本気で私を思ってくださっている。
「だがシャーロットよ、国宝の持ち出し及び、王の権限を簒奪。これについては言い逃れはできんぞ」
多分、ドラゴンコアの持ち出しは、まだ許される範囲かもしれない。でも王を蔑ろにするのは、死よりも恐ろしい罰がくだされる。王族からは除名され、市民に落とされる。いくら辛かろうとも死ぬ事は許されず、苦しい一生をおくるしかない。
だから、誰もそのような愚行を犯さない。怒りに目を曇らせたモノ以外はだ。
「父上、いや。王の元へこの者を連れていけ」
「う、嘘よね、お兄様。コ、コラ放しなさい。いやー!」
顔面蒼白になった姫は、衛兵に両脇を抱えられた。姫は金切り声をあげ、必死に腕を振りほどこうとしているが、その望みは叶いそうにない。
「イヤー、私は王女よ。こんなのおかしいわ。全部アンタのせいよ、このバケモノ! アンタさえいなければ、私は幸せだったのよ!」
姫が去ったあとオリバー様は『最後まで、私の目に気付いてくれなかったな』と寂しそうにつぶやいた。それから私を見て頷かれている。
「君を救えてよかった。そして薬が効いた事を伝える事ができて、嬉しいよ」
そうだわ、今オリバー様の目には、本当の私の姿が映っている。とても悲しいことだけど、とても誇らしい結末ね。ここからは、うん、思う存分私で笑ってもらおう。
「ごめんなさい、こんな大きな体でビックリされたでしょ」
「いや、いつもの君じゃないか」
「えっ! ……で、でもこんな見た目はないわよね? あはは」
「想像した通りだよ」
「そ、そうなんだ。始めから気づいていたのね。そっか、でも実際見たら笑えるでしょ? ほらほら~、正直に言って下さいね」
「うん、想像していた通りに愛くるしくて、優しさに満ちた君だよ」
予想外の言葉に涙が溢れる。
「嘘、そんな残酷な言葉を言わないで!」
「いや、君の誠実さが、私に真実を言わせているんだよ」
初めて私の目を見つめて、オリバー様は話されている。いつもの少しズレた視線ではなく、私の奥底を覗いてくる。ああ、私の全てを見られている。
「貴方は分かっていないわ。同情は掛けられるほど、惨めになるのよ」
流れる涙とは反対に、ノドは渇き、胸は締め付けられる。この場から、逃げ出したい。いえ、オリバー様にもっと見つめられたい。
「君は自分に自信がないようだけど、そんな事はない、とても素敵だよ。それに誰よりも心の清らかな女性だ。だから、君に惹かれたんだ。悦ばせたいと思うんだ」
私の手をとり片膝をつき、見上げてくる。私は震えて力がはいらない。
私の人生で、こんな瞬間が訪れるなんて。ああ、期待している逆の言葉が、頭の中を駆け巡るの、やめて!
「ドロシー、私は君を必ず幸せにするよ」
お願い、それ以上は言わないで。夢を抱いたままでいさせて欲しいの。だから。
「ドロシー、心の底から君を愛しているんだ。だから君も私を愛しているなら、私の言葉を信じておくれ」
私の見た目でなく、心を見て私を求めてくれる人がいた。その方は、私の心の隙間を埋めてくれる人。いつも笑ってソバにいてくれた人。そのオリバー様の手から伝わる慈しみの心が、私の心をひらかせる。
「お願いだ、私の妻になってくれ」
言っていいの? その答えを言いたいわ。でも、その先の事を私は経験したことがない。こわい、怖いの。
「あの時の、パイナップルセージの香りが、2人をここまで導いてくれたんだ。お願いだ、はいと……」
頭の中が真っ白なのに、風にのってあの香りが私を包む。
「はい、喜んで。……私の王子様」
目の前のオリバー様は、いつもの様に柔らかく笑っている。そして、泣き笑う私に、そっと優しい口づけをしてくれた。心配した事がバカらしく思えてしまう程とても甘く、そして長いキス。腰を支える腕が、私の未来をも抱き締めてくれている。
お祖母さま、私の大輪は咲きました。
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【お知らせ】
#来週20日(木曜日)に新作を載せる予定です。
《題名》
11才の僕が大好きな姉を幸せにする、3つの方法~~悪役令嬢なんか怖くない、キリッ! 【短編】
異世界恋愛ですが、この作品とは違った雰囲気の、ドタバタラブコメディです。
#そして再来週24日(月曜日)の【朝】にも、別の長編もの新作をスタートさせます。
《題名》
最強無能者のメチャ七変化!~追放された俺は、神スキル【全てを叶える者】を覚醒させ、世界を聖女と笑い飛ばす。勇者? イケメン? チッチッチ。それらすべてを超えてやる
こちらはボリュームたっぷりの、ハイファンタジーの追放ものです。馴染みのない方も、よろしかったら覗いてみてください。
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