第3話 これでお別れです
オリバー様の症状に効く特効薬はない。だから薬の効果を組み合わせ、それで治すしかない。キチンと段階をふめば、王子に視力は戻る。
花びらの繊細さも、さえずりしか聞けなかった鳥の姿も、届く事が叶わない雲や太陽も、全部見せてあげられる。
大きく分けて3つ薬が必要になるの。まだ体内に残った毒を消す解毒剤。途切れてしまった神経を繋ぐための回復薬。そして先の2つの効き目のバランス調整をする補助薬。
尚且つその配分が大切で、こればかりはレシピ集に書いていないの。どれだけ薬の効き目を熟知しているか、それを元に分量を決める。そしていくつもの組み合わせを考え、遂に最適な配合が導き出せたわ。
でも改めて見返してみると、そこには大きな問題があった。それは材料となる〝ドラゴンコア〞。これがどうしても手に入らないの。
それもそのはずよ、現代にドラゴンを倒せる人や組織はない。大昔の英雄によって倒された事があるだけ。だから現存するドラゴンコアは、各国が厳重に管理していて、個人での入手は無理なの。
答えは見つかったのに、出口が見つからない。こうなると、ドラゴンコアの代用品を探すしかない。
でも、そんなの在るのかな? そもそも膨大な魔力が蓄積されたアイテムだからこそ、有効性がある。もし補うなら複数で当たるしかない。すると更に複雑に……。
あれ以来この事ばかりを考えていて、つい『ドラゴンコア、ドラゴンコア』と呟いてしまう。ついには親方にも注意されてしまった。
反省しつつも、また考えてしまうの繰り返し。そんな余裕のない私にシャーロット様は、お構い無しに色々と言いつけてくる。
「こんな所にいたのね。手伝いがいるから、ついてきなさい」
そんな気分になれないけど、逆らえるはずもない。しかしたどり着いた部屋は、驚いたことに王宮の宝物庫だった。
部屋の前には衛兵がいて、限られた者しか入室が許されない場所。中には国の宝や祭事用の法具、そして古の超絶アイテムが収められている。
中は広く奥に進むと、ここで待つように言われ、姫様は少し先の角までいかれた。
それにしても、沢山の色んなモノがある。金色に輝く豪華な鎧に、神聖力を宿した大弓、複雑な構造の魔道具。そして一際、目についたのは深紅に輝く石だった。
「ド、ドラゴンコア!」
だいぶ削られているが、人の頭ほどもある大きなモノで、放つ魔力が本物であると物語っている。思わず手にとると、ずっしり重い。伝わる魔力と迫力で、私の心臓は高まるばかりだわ。
「これさえあれば、……あの方は治る」
このまま懐に入れ、姫様の後ろをついていけば、怪しまれないかも。薬を作るのにホンの少しでいいし、それに完成したら、すぐ戻せばパレない。うん、オリバー様の目が治れば、どんなに喜んでくれるか、想像しただけでも涙がでてくるわ。そのチャンスが目の前にある。勇気を出して、隠せばいいだけだ。そう、盗むといっても少しだけよ。
盗む? ……盗んだモノであの方を救う? それを知ったとしても、オリバー様は喜ばれるかしら?
いいえ、悲しまれるに違いない。視力が戻った喜びより、自分のため他人が罪を犯した事で、御自身を責められるだろう。私はとんでもない過ちをする所だった。
ふと姫様の方を見ると、こちらをチラチラと気にされている様子だ。覗き見ては振り返り、ソワソワしている。
あっ、そうなんだ。これは姫様の思いやりだったんだ。私が独り言を呟いていたから、それを叶えさそうと、こんな事をしてくれたんだ。
なんて優しいの。今までイジワルで素っ気ない人だと思っていたけど、心の底では私の事を気に掛けていてくれたんだ。ありがたいのだけど、そのご厚意をムダにしてしまう。
でも兄好きの姫様なら、この決断を分かってくれるはず。オリバー様の幸せが一番よ。無言でもその事が伝わり、2人で宝物庫を出た。残念だけど、他に方法があるはず。姫様の厚意に応えるためにも、必ず成し遂げてみせるわ。
「衛兵、この盗人を捕らえなさい。王家の宝、ドラゴンコアを盗んだわよ!」
シャーロット様の号令に、屈強な男が私の腕をとり、そのまま床に押さえつけた。痛さより予想だにしなかった出来事に、混乱をして大きな声を出してしまう。
「お、お待ち下さい、私は何も盗っていません。確かめ下さい」
「あーはっはっはー、観念しなさい、この醜いブタ。衛兵、懐のドラゴンコアを早く」
衛兵は探すけど、あるはずがない。私は荷物を入れる袋どころか、服にポケットすらない。
「そんなはずはないわ。これ位の大きさよ、よく探しなさい」
まさか姫様は私を現行犯で捕まえるために、あの部屋に入らせたの? 疑いたくはないけど、全ての言葉がそうなのだと私に告げる。
衛兵は姫様の言葉を無下にも出来ず、オロオロしている。段々騒ぎは大きくなり、人々が集まってきて、その中にオリバー様もいらっしゃった。状況を確かめると、王子はこの場をおさめようとされた。
「シャーロット、証拠もないのに、家中の者を疑うんじゃない」
「でもお兄様、この娘はドラゴンコアを欲しがっているのは確かなの。持っていないはずはないわ」
だから盗むだろうと思い込み、確認もとらずに締め上げたのね。
「いや、ドロシーは信頼のおける人だ。僕は彼女の誠実さを信じるし、その名誉を守る」
「ヒドイわ、そんな女を庇って!」
そう言ってシャーロット様は、この場を去った。
「ドロシー、妹がすまなかった。あれには言い聞かせるので、許してやってくれ」
「いえ、疑いが晴れただけで充分です」
「君は優しいな。でも、何故ドラゴンコアが必要なんだい?」
まだ完成もしていない薬の話をして、変に気を持たせてはいけない。だから試したい事があると、言葉を濁してしまった。
「そうか。だったら、これを使うといい」
そう言って王子は指輪を外し、私に下賜された。よく見るとその台座には、深紅に光る小豆大の宝石。これはドラゴンコアだわ。入手不可能と思っていたのに、突然目の前に! でもどうしてですか?
「ドロシーにはこれが必要なんだろ? 僕が持っていても、その色を見ることはない」
理由も聞かずに私を信じてくれた。しかも希少なものを惜しげもなく。聡明な殿下なら、これの価値を分かっているはず、それなのに……。私もその誠意に応えるべきだわ。
「殿下、このドラゴンコアが必要な理由をお聞き下さい。実は殿下の視力を取り戻す薬の原料となるのです」
「な、なんと!」
「はい、祖母から託された秘技ならば可能なのです。これで最後の材料が揃いました」
言ってしまった。でも自信はある、成功するのは間違いない。ただそれは視力が戻ったその瞬間、殿下は私の姿をご覧になる。皆に醜いと蔑まれ、夢を諦めざるを得なかったこの姿を。
長い沈黙が王子の心情だわ。
「ドロシー、お願いがある。僕に光を与えてくれる君を知りたいんだ。不躾で悪いが、君の顔を触らせてもらえないか?」
その問いにお付きの人がギョッとしている。そうよね、驚くわよね。本当の理由など言えず、恥ずかしいと断ったけど、是非にもと言われ、伸びてきた手を拒む事ができなかった。
彼の指が肌をなぞる。ゆっくりと眉からまぶた、まつ毛を優しく触れてくる。目の前で2本の指が動き、戸惑いながら頬を辿り鼻筋をつたっていく、そして……。
「ここは唇だね。……すまない、レディに失礼な事をした」
優しい指だった。それを1度だけでも知ってしまった。この後の人生で、2度と味わうことはない幸せ。もっと触れてほしい、私を感じてほしい。見えていない瞳が私を溶かす。
「お手が汚れますよ」
オリバー様の指をハンカチで、そっと拭う。
でもこれでいいの。今まで十分夢を見させてもらったもの。ご褒美が大きすぎるくらいだわ。私は私にできることをすればいい。
「つきましては殿下。薬が完成しましたら、主治医殿の立会いをもって、服用していただきたいのです」
「ドロシー、急に殿下だなんて、どうしたんだい?」
「それでは私は作業に入りますので、これにて失礼いたします」
「あっ、待って」
ありがとうございます、オリバー様。そして、さようなら楽しい日々。これでお別れです。
そして4日後、薬が完成し、その日のうちにオリバー様が飲まれることになりました。