第2話 王子の薬
オリバー様は飽きもせず、毎日庭園にきては、仕事をしている私と、おしゃべりをして帰っていく。話す内容は私の薬作りの事だったり、オリバー様の生活のなかの冒険譚だったり、時には王宮の噂話も教えてくれる。
来る時はお付きの人が1人いるが、基本オリバー様はご自身で全てなされる。庭園の全てが頭に入っているようで、移動や椅子に座るのも人の手を借りない。
ただ時折戸惑われる事もあるので、そのときは手伝いましょうかと申し出るの。
すると『よく気がついてくれたね』と優しく微笑まれる。その表情ったらありえないくらい素敵で、体の芯にキュンとくるの。
それにオリバー様はすごく探究心があって、目下の私の言葉であっても受け入れられる。
「そっか、ドロシーがそう言うなら試してみるよ」
こんな感じで、とても王族には思えない気さくな人柄。だから私もついつい多く話してしまうの。そして時には。
「あれドロシー、少し元気がないね?」
「そんな事ないですよ、私はいつも元気いっぱいですよ」
「うーん、それなら良いけど、あまりムリをしちゃダメだよ」
それに相手の異変によく気がつく。表情も見えないのに、声なのか雰囲気を読み取り、優しく言葉をかけてくれるの。その感受性には驚かされるわ。
ただ私は今まで、こんなに労わられた事がない。大きな体のせいで、いつも頼られるか、雑に扱われるのが普通。オリバー様の優しさって、特別すぎて戸惑ってしまうの。
それと素直に甘えられないのには、もう1つ理由がある。それはオリバー様の妹君、シャーロット様の存在が大きい。
姫様もまた毎日のように、私の名を呼び探しにくる。あっ、聞こえてきたわ。
「ドロシー、ここでサボっていたのね。まったくもう、探す私の身になりなさい!」
これが姫様の口癖。その声は野太く迫力があり、この小さな体のどこから出るのか、不思議なくらいだ。しかしオリバー様の存在に気付くと豹変する。
「え~お兄様いらしたの~。えへへ、えっとー、この子~用事があるので~連れていきますねぇ」
先ほどのセリフを聞かれているのに、あくまでカワイイ妹を貫こうとしている。この後もいつものパターンが続くの。
「アンタ、お兄様と仲良くしないでって、何度も言っているでしょ! 私がアンタを拾ってやったのよ。罰としてまた宿題やっておきなさいよ」
シャーロット様はそう言い、ノートを投げつけてくる。父のコネが姫様と繋がっているはずはないが、何故か事あるごとに言ってくるの。
兄の事が大好きなこの姫様とは、学院の元同級生。でも身分や付き合うグループが違いすぎて、在学中は交流はなかったの。ただ、ここに仕事が決まってからは、ほぼ毎日顔をあわせている。
と言うのも姫様は留年中。なのに面倒だという理由で、私に宿題の肩代わりをさせているの。テストもあるし、御自身でと進言しても。
「生意気。アンタはバレないよう、しっかりやればいいの、分かった?」
不本意ながら私も慎重になる。筆跡を真似るのはモチロンのこと、内容は姫のレベルに合わせたり、綴りもいい感じで間違えておくわ。
でも本当は、もっと薬学に興味を持って欲しい。あの手この手で姫様にアプローチするけど、『私は王女よ、アンタとは違うの。下級貴族のくせに生意気なのよ』と怒られる。私のやり方がヘタなせいで、関心を持ってもらえないのが残念です。
それと昼間は庭師、夜は手伝いで時間をとられ、思うように自分の勉強が出来ないのがツラいかな。だけどオリバー様には悟られたくない。いつも元気な女の子だと、思っていてほしいの。だから、もっと体力をつけて乗りきらなきゃ。
こんな毎日が日常になり、今日もオリバー様がそばにいる。
「でも不思議だなぁ。ドロシー程の才能があったら、薬学研究所に誘われたでしょ。ナゼ行かなかったの?」
「あっ、うん。えっと、くだらない理由なの」
「そっか、……うん、わかったよ」
言えるはずがない。物の醜美を知らない王子に、自分が劣っている存在だと知られたくない。だって私は王子の中では、仲のよい普通の少女なのだから。
「そ、そうだ。オリバー様、いい物を作ってきたの。これを触ってみて」
手渡したのは、私が紙で大きめに作った花の模型。王子の情報源は聴覚と触覚。耳は問題ないのだけど、指先で入ってくる情報には限度があるの。先日、花びらのような薄く脆いものや、複雑なモノは多少の誤解があるのに気づき、ちゃんと知って貰うため用意した。
「これが花……なの?」
「ええ、オシベの造りはこうなっていて、それとね」
初めは王子の手を取ることを躊躇ったけど、きちんと知ってもらいたく両手をとり導いた。
「ああ、わかる、分かるよ。うんうん、で、これが本物だから、そうか私はこう感じていたんだ!」
オリバー様の中の、未知だった領域がひらかれ、それに興奮して喜んでいる。そして、それに立ち会えたことが、私にとって何よりも幸せなことだと思った。それと手が触れたことが、ちょっと嬉しいかな。
「ドロシー、君に言いたい事があるんだ」
夢中になりすぎて、近づいていた距離に目まいがする。しかし、その朧気に揺らめく空間を引き裂く者がいた。
「アンタ、またお兄様に! もう承知しないわよ」
すごい剣幕で、シャーロット様が割って入ってきた。その怒りは凄まじく、両目が繋がるかという程に寄っている。そして花の模型を叩き落とし、これでもかと踏みつけた。
「シャーロット、止めるんだ。これはドロシーの好意だ。僕に見えない物を見せてくれたんだぞ」
「いいえ、この卑しいブタは、お兄様を狙っているのよ」
「なんて事を! 彼女への侮辱は許さないぞ」
「お兄様こそ目を醒まして、こいつはとても醜」
「いい加減にしろ! 王家の上位者として命じる。今すぐ謝罪をし、ここから立ち去れ!」
大きく目を見開いたシャーロット様は、私を睨みつけ去り際に小さく『このままじゃ済まさないわよ』と囁き走り去った。
「すまない。盲目王子は、妹1人をも抑えることができないようだ」
「いいえ、私こそ配慮が足りませんでした」
オリバー様の笑顔を曇らせてしまった。もっと私が注意していれば。
言葉が見つからず、長い沈黙が続いたが、鐘の音が私達を救ってくれた。
「エリクサーを飲む時間だ。この事はまた今度話そう」
はじめて知ったのだけど、超高級品のエリクサーを治療目的で使っている。エリクサーは部位欠損修復を得意とする万能薬。王子の目を治すのに用いている。
でも効果はなく、打開策が見つからないため、惰性で投薬しているそうなの。
でもそれは間違っていると思うの。オリバー様は幼いころ、熱病を患い、それが原因で失明をされた。切れた神経がエリクサーで治らないのは、他に永続的な破壊があるからだわ。
呪い特有の症状は見られないので、きっとその原因は体内にある毒に違いない。
でもこの手の毒は体内で作られるモノ。つまり単体でいくら解毒や、再生をしても上手くいくはずがない。そう、解毒をしつつ、体も再生を同時にバランス良くアプローチをすれば。
「オリバー様の目が見えるかも!」
居てもたってもいられなくなり、仕事が終わったあとお祖母さまのノートを開く。何百何千とあるものの中から、オリバー様の症状に合う薬を探し、寝るのも忘れ読み漁った。
いくつも候補になる薬は見つかった。そこから全ての組み合わせを比べてみる。
考えれば考える程、ワクワクしてきた。あの方の喜ぶ姿を思うと心も弾むけど、頭の中で正解のピースがカチリとはまる快感、それが嬉しいんだわ。
そうして夜が明ける頃、ようやく1つの答えにたどり着いた。
「うん、これならイケるわ。この組み合わせなら絶対治せる」
誇らしかったわ。お婆さまとの日々が、今の私を作り上げた。その知識を使い、考えることで、究極ともいえる絶妙な答えにたどり着けたの。
「……でも、どうしてなの? これじゃないといけないのに。こんな神話級の素材なんて手に入らないよ」
それは文献でしか見たことがない、超レアな素材。一般の者では、まずお目にかかれない物なの。
わたし、薬作りで初めて弱音をはきます。こんなの無理よ、出来っこないわ。だって無から薬は作り出せないもの。
絶望的なその事実に耐えられず、私の心と頭が悲鳴をあげてしまったの。どんな手を使えばいいのよ。