出会い
王宮にある絞首刑台の上で、わたしドロシー·ヘヴンスは縄をかけられています。しかし、こんな恐ろしげな場所とは不釣り合いなことに、最愛の人から、なんとプロポーズをされました。
絶望と興奮が入り交じる私にとって、それはとても奇妙で衝撃的な、それでいて幸福でもある瞬間でした。
これは現実なのと疑う心もありましたが、今までのことを思いおこせば、ウソでも夢でもありません。そう、とっても不思議な現実です。
――幸せな時間を遡り、思い返す。
私は薬師の名門ヘヴンス男爵家の、長女として生まれました。そして薬師学校の最高峰、グリバラ薬師錬金学院に入学後、百年に1人の天才といわれ、無事に首席で卒業しました。私自身誇らしく、祖母や両親にも、我が家の宝だと喜んでもらえたわ。
と言うのも、私の実績はそれだけでないの。在学中には、数々の論文を発表したわ。中でも注目を集めたのは、世界で初めてマンドラゴラの栽培方法を確立した事と、あとは従来の2倍の効果を持つ、特製HPポーションを作った事かな。あの時は各地で講演をたのまれ、忙しく駆けずりまわったわ。
そんな私の目標は、王国立薬学研究所に入り、薬学を発展させて人々の役に立つ事。これはお祖母さまの影響で、探究心と奉仕の心を大切にしたいという思いからなの。
そして今日ついに、王国立薬学研究所の面接に来ました。すごく緊張するけど、夢への第一歩だもの頑張ります。
「うわ、ドロシー·ヘヴンスだね。噂通りだなぁ、なんて醜いんだ。面接はおしまい、出口はあちらだよ」
いきなり容姿を指摘された。というか知ってます、それ知ってます、あなたに言われなくても知ってます!
自分でも綺麗だなんてちっとも思わないわ。周りからも性格と見た目が、反比例だねってよく言われるし。
でもそれは関係ないはずよ。私は研究員になるため、面接を受けに来ました。私の才能ならこの研究所をさらに発展させ、その名声を高めることができると信じています。
「いや、才能と容姿の天秤が合わないよ。だから、ほれ、帰れ」
乾いた言葉が冷たい視線ともに放たれる。
私は薬師ギルドや大企業からも、ウチに来てくれと誘われていた。そちらの方がお給料もいいし、社会的地位もある。
でもそれらを全て断り、ここの研究員になることを選んだの。でも面接はたった1分で終了。しかも理由が私の容姿だなんて。
あまりのショックで、それからのこと覚えていません。気づいたときには、リビングでオイオイと泣いていました。
幼い頃からお祖母さまの師事を受け、様々な植物の名前から、その特徴や効能、薬のレシピ、飲み合わせなどあらゆる事を習得した。
毎日がとても楽しく、薬草を使った料理もたくさんあってね。食べながら学んだからグングンと成長し。……ううん、正直に言うと成長しすぎたの。
だってお祖母さまが、『咲かない花はない。お前は大輪を咲かせなさい』って。だからつい食べ過ぎて、ね。
そんなお祖母さまも去年なくなり、今際の際に、薬学錬金術のレシピを託されたわ。
それはお祖母さまの薬師としての集大成。そんな大事なモノを、私は活かせないだなんて情けない。
でも、これからどうしよう。薬師ギルドなんかは今さら無理だし、かといって薬作りから離れたくない。少しでもいいから、薬や植物に関わる仕事がしたい。
そんな私を見かねた父が、コネを使って紹介してくれた。ただ、薬師の名門とはいえ、地位の低い男爵家。あまり期待するなと言われた仕事先は。
〝王宮の庭師〞でした。
私は植物について自信はある。でも枝葉を揃えたり、草花を幾何学的に植える技術なんてない。最初は親方にも『ん?』ておもわれたわ。でも私にはこれしかないの。それに頑張っていれば、いつか研究所からお声が掛かるかもしれない。だから少しずつだけど、今は前に進む努力をしていきます。
そんなある日のこと、作業をしていると、1人の青年がベンチに座っていた。ここにいるっていう事は、王族の誰かということね。でも、王族って人数が多すぎて、誰なのか見当もつかない。
仕事をしながら、つい覗き見てしまう。すごく特徴的な人。明るい金の髪の毛はすごく繊細で、優しい風に揺れている。そしてツンと尖った鼻からは、利発な感じをうけるの。いわゆる美青年だけど、私には縁のない方だわ。
でも良いもの見れて、エネルギー満タンよ。このあとも頑張るわ。
「ねぇそこの人、この香りは何?」
不意に声をかけられた、美青年から声をかけられた! 口を利いていいかと迷うけど、王族を待たす事はできない。
「パ、パイナップルセージの葉を摘んだ匂いです」
「うーん聞いたことないなぁ、それを1つくれるかい?」
美青年が手のひらを出し待っている。私は慌てて差し出したが、不思議となかなか受け取ろうとしない。
「手の上に乗せて」
ハッと気づき私の手が触れないよう、そっと渡した。その時この方の、手と目の動きで気がついたの。この方って目が見えていない。
「本当にいい香りだ。果樹園でもないのに、おかしいなと思ったんだ。これが正体だったんだね」
ニッコリ笑うその視線は、少しだけ私からズレている。まぶたを閉じずに、他の人と同じ様な仕草なので、初めは私も気づかなかった。
「おや、別の甘い香りが……君からくるね」
ハズっ! こんな仕事をしているから、香水なんか付けていないし、それを嗅がれるのが超恥ずかしい。
「土の香りと甘さが混ざる、この匂いって?」
あっ、分かった。マンドラゴラだ。親方に許可を得て、王宮の庭園でも栽培を始めたの。今朝も数株欲しいと言われ、抜いたんだったわ。
「すると君は、王宮で噂のドロシー·ヘヴンスなのかい? マンドラゴラの権威の! 凄いぞ、あっ、私はオリバー·ランドルフ。会えて嬉しいよ」
ひょえー、名前を知られていたわ。いえ、逆に私もこの方を知っている。ランドルフ王朝の第6王子オリバー様。この王子様は幼い頃から聡明な方で、豊富な知識と数種類の語学を、耳だけで習得したのは有名だ。その才能は他国にも知られており、もし目が見えていたら、将来は宰相になったであろうと言われている。
「貴女の論文は全て聞かせてもらったよ。あのう、もし良かったら、私と友達になってくれないか?」
「ご、ご冗談を、それに身分が違います」
「からかってはいないよ。信じて、本心からなんだ」
唐突な申し出に戸惑っていると、オリバー様はそっと手を差し出し、私を見てきた。実際には見えていないのに、まるで心の底まで見透かされているようだわ。深く引き込まれる甘い瞳と、詰められたこの距離感にクラクラする。
「天が2人を会わせてくれたんだ。お願いだから、手をとりハイと言ってくれ」
「て、て、天だなんて! わ、わたし」
こんなキレイな人に頼まれるなんて。堪えきれずに、思わずうんと言ってしてしまったの。喜ぶその笑顔がまた眩しくて、私は今までに味わった事のない感情に、揺さぶられているわ。
「ありがとう。貴女は私にとって、初めての友だよ」
「こ、光栄であります、殿下」
「友達なんだから、それはちょっと堅いかな。そうだ、僕のことを名前で呼んで欲しいし、貴女のこともドロシーって呼んでいい?」
「は、はい、オリバー様」
「ありがとう、ドロシー」
わたしドキドキしている。なんだか世界が違って見えるわ。本当にこれが現実なのか、疑わしい。
でも、これが薬作りしか出来ない私と、素敵で優しい盲目王子との出会い。一方的な淡い恋の始まりだったのです。