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ギルド壊滅当日

 手がかりがないまま、五日が過ぎた。

 あてにしていた神官も、魔法使いも、何かを恐れるように手を引いた。

 これからどうするべきか?

 神官が言っていたように、この言葉は忘れるべきなのだろうか?


 いや、こういうときは、気分転換にちょっと散策でもしてみよう。決めるのは、それからでもいい。


 私は外へと繰り出した。

 暑いのはここのところずっとだが、今日はそこに、人の熱気が加わっている。

 夏至の祭りが始まっていた。通りには子供連れの親子の姿が目立つ。

 まったく、私が世紀の発見をするかもしれないという時に、凡人どもは浮かれ騒いで、愚かなことだ。


 祭りの日が私は好きではない。騒がしく、研究の邪魔が多いからだ。

 だが、一つだけ嬉しいのは、祭りの日にはその日にしか味わえないご馳走や酒が屋台に並ぶことだ。

「真理は葡萄酒を飲み干したグラスの底で、賢者を待っている」とは、酒豪で有名だったとある賢者の名言だ。私だって酒は好きだ。

 というわけで、私は林檎酒(シードル)を売る屋台を見つけて、そこで一杯楽しむことにした。飲み終わる頃には、何か名案が浮かぶかもしれない。


 祭りの日の林檎酒(シードル)は、たいてい甘ったるく味付けされていて、私はそれが好みだ。グラスの中身が半分ほどになったところで、大通りを子供の集団が走っていくのが見えた。


「カールベー! カールべー! アルタクシアー!」


 子供が歌っている。これは夏至の()れ歌だ。最初の「カールべー」というのは、民間信仰に出てくる酒の神・ヘルガーのこと。「アルタクシア」は古い祈りの言葉で「お恵みあれ」という意味。


 何百年か昔、帝国内で飲酒禁止令が出たときに、ヘルガー信仰も禁止された。この時代、人々はこっそりと密造酒を飲みながら、ヘルガーの名前をもじって「カールべ」という隠語で呼び、禁止令にかからないようにヘルガー信仰を続けたという。


 もちろん、昔の話だ。今はとっくに飲酒もヘルガー信仰も許されている。

 だが、お祭り騒ぎがあると歌われる()れ歌として、当時の流行が残っているわけだ。


 ま、そういう事情を知っているのは、我々のような賢者だけだが……


 いや、待てよ?

 この戯れ歌のように、文字を入れ替えて「本当に言いたいことを隠す」というのは、古典的な方法だ。ひょっとすると、あの言葉も、そういう単純な仕組みに過ぎないのではないか?


 私は林檎酒(シードル)を飲み干して帰路につき、研究室に戻るや、あの言葉を筆記板に書き出した。


 ケノーバ・ゲシャン・ヒベ


 そして、この言葉に、さっきの思い付きを当てはめてみる。

 文字を入れ替えて、組み合わせるだけの単純な作業だ。

 一時間とかからず、すべての謎が氷解した。


 これから何をするべきかは、自分でわかっていた。

 私はありったけの魔法の武装を倉庫から持ち出し、冒険者の酒場へ向かった。もうすぐ夕刻になる。

 この時間なら、下賤な冒険者どもも店内に溢れかえっていることだろう。そこに、ターゲットもいるかもしれない。いなければ、炙り出すだけのこと。


 酒場の入り口を潜ると、思ったとおり、店は冒険者どもで満員だった。

 店の中央にある丸テーブルには、やはり、奴がいた。


「おやぁ? 蛇の賢者様、こんにちは」


 金髪男とそのパーティーに属する連中が揃っていた。奴らは今日もここで酒盛りをしてたんだろう。空のジョッキ、グラス、それに食べさしの乗った料理の皿が、テーブルにところ狭しと並んでいる。

 どいつもこいつも、ニヤニヤという含みのある笑いを私に向けている。

 そうか、やっぱり、こいつらは――!


「こんにちは。良い夏至祭りの日だね」

 私は努めて平静を装い、笑顔で返事をした。店内を見渡し、ここから避難経路になる場所と、人の動線を推測する。

 これから私がやることに、冒険者たちがどのように行動するか。

 事前に想定できる可能性は、ちゃんと押さえておかなくては。


「実はね。私は君にお礼を言いたくて来たんだよ」

 私の言葉に、金髪男の表情がわずかにこわばる。


「ケノーバ・ゲシャン・ヒベ」


 私は一言一言、念押しするように発音した。金髪男の仲間たちが、お互いの顔を見合わせている。

 そうだよ。私は気づいている。


「この言葉は、一文ごとに濁点と文字をバラバラに入れ替え、文章としては前後逆になってる。ただそれだけのチャチな仕掛だ。つまり……」


「あーすいません、蛇の賢者さん」金髪男は愛想笑いを浮かべて立ち上がった。

「僕たち、これからギルドに行かなきゃいけない用事があるので、ここで失礼しますね? そうだろ、みんな?」

「そっ、そーね! 早く行かなきゃ!」

「すっかり忘れてましたね!」

「賢者さん、お話はまた今度……」

 男の仲間たちも口裏を合わせ、小走りに酒場を出て行こうとした。


 そうはいかん。

 私は手短かに「施錠(ロック)」の魔法を掛けた。酒場の二つの出入り口の両方に。


「え? あれ? ドアが開かない?」

「マジ? 施錠(ロック)の魔法じゃん。解呪するから待ってて」

 金髪男と、仲間の魔法使いが慌てている。もう手遅れだ。


「ケノーバ・ゲシャン・ヒベのヒベとは、『ヘビ』のこと。ゲシャンとは『ケンジャ』のこと。前後は逆だから、これは『蛇賢者』つまり、私のことだ」


 私は呪文の詠唱を始める。今の気分にピッタリの、電光の魔法だ。一撃で、ケリをつけてやる。異変に気がついた冒険者たちが、唖然としている。


「では、最初のケノーバとは何か?」

 私は、前髪を手に取った。正確には、薄くなった前頭部を隠すため、頭に貼り付けた、部分カツラだ。艶のある黒馬の尻尾使った高級品だが、バレてしまった今はもう、必要ない。

「ケノーバとは『のハゲー』と並べるのが正しいんだろう。ケノーバ・ゲシャン・ヒベとは『蛇賢者のハゲー』という罵倒の言葉を、呪文っぽく聞こえるようにした、ただそれだけの言葉だったのだ!」


 タナリスの神官は気づいていた。

 カリグファも気づいていた。カリグファの奴が向けていた視線の先は、私の背後ではなく、私の頭だったのだ。小刻みにプルプルと震えていたのは、笑うのを堪えていただけだったのだ。


 ああ! 完璧なる私の容姿の、致命的欠点!

 その秘密がバレていたのなら、もう賢者など続けても無駄だ!

 かくなる上は、私を愚弄し、秘密を暴いた奴らに報復を!

 血の報復を!


「待って、落ち着いて、蛇の賢者さま! 謝りますから! 謝りますから!」


 金髪男が青ざめた顔に愛想笑いを浮かべる。私は無慈悲に、詠唱の最後の一節を唱えた。


「誰がハゲじゃあー!!」


 電光がほとばしり、酒場を焼いていく。冒険者どもと、酒場の従業員どもがみな悲鳴を上げながら、電撃に踊っている。

 良い気分だ。


 高笑いをしていると、外からドアを叩く音がする。

 呪文の光と音に気が付いた誰かが、酒場に入ろうとしているようだ。どうせ冒険者どもだろう。

 私は家から持ってきた魔法薬を飲み、魔法のスクロールを手に取った。

 さあ、来い。

 これで私はお尋ね者だが、それならそれで、これからはダンジョンに潜り、そこで冒険者狩りをして暮らそう。古代遺跡だって荒らし放題だ。


 そうだ、私は今、すべてから解放されたのだ!

 法律からも、信仰からも、前頭部に広がる肌色の恐怖からも!

 タナリスのメダルなど必要ない。もう、知識の神など信じない。

 今こそ、私の真実の人生が始まるのだ!



――以上が、関係者一同の証言をもとに推測される、襲撃事件の真相である。


 事件の現場には、おびただしい数の犠牲者が折り重なり、床にはタナリスの賢者のメダルが投げ捨てられていた。

 現在、冒険者ギルドは業務再開に向けて、犠牲者の治療と欠員の補充を進めている。

 体制が整い次第、バーダイクを逮捕するための懲罰部隊が編制される予定である。

 容疑者の潜伏先については諸説あり、他の都市のギルドからも情報を募っている。


 なお、由々しきことであるが、怪我から回復した冒険者が、ペタの街でバーダイク狩りに走っており、これが住人に不興を買っている。

 なんでも、男性を見ると問答無用で前髪を引っ張り、カツラかどうか確認しようとするらしい。これで髪を毟られた男性たちが、泣きながらギルド本部にクレームを入れており、その対処がさらにギルドの業務をひっ迫させているのだ。

 恐怖と疑心暗鬼のために、ペタの街の男性の間では、他人の前頭部に視線を向けることが禁忌となっており、さらなる流血も懸念されている。


 冒険者諸氏は、恐怖に駆られることなく、理性的に対処して欲しい。


 どうせ諸君らも、歳を取れば仲間入りをするかもしれないのだから――。


 ペタの街のギルドマスター・記





またしても貴方の人生の貴重な時間を十五分ほど無駄にさせていただきました。

無駄のついでに、評価ポイントも入れてくれますと、もっと人生を無駄にできます。お得です。

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