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ギルド壊滅ニ日前

 ケノーバ・ゲシャン・ヒベ……

 ケノーバ・ゲシャン・ヒベ…………


 解読は難航していた。

 過去に存在した魔法の体系、呪文の体系を洗いなおしてみたが、どうやら精霊魔法の類ではないようだ。精霊を特定する言葉は含まれておらず、精霊に命令する要素もない。

 強力な術の中には、術者へのバックブラストを防ぐために、意図的に間違った精霊の名前や間違った命令を込めることがあるが、それとも違う。


 過去の魔術師たちが力を借りたという、神や悪魔の名前、または、遠回しに深淵の存在を呼び出す言葉にも似たものはなかった。


 ケノーバ・ゲシャン・ヒベ……

 ケノーバ・ゲシャン・ヒベ…………

 

 だめだ、完全に行き詰ってしまった。

 気は進まないが、こういうときは他人の知識を頼るしかない。

 まずは、偉大なるタナリスの神殿に向かおう。


 金髪男から、あの言葉を聞き出して数日。ずっと書物の山と格闘している。ろくに食事もとらず、寝てもいないので、髪もボサボサのままだ。外出の前にちゃんと手入れをしなくては。


 私は洗面所に向かい、髭を剃り、髪に(くし)を入れて、顔を洗うと、服も着替えた。鏡で確認すると目の下に大きなクマができていたが、これは化粧で誤魔化す。タナリスの賢者が見すぼらしい格好をしてはいけないのだ。

 賢者のメダルを首にかけて、いざ外へと足を踏み出すと、ムッとする熱気に包まれる。そろそろ本格的に暑くなる時期だ。

 広場を通りかかると、夏至の祭りの準備をしているらしき人々がいた。まったく、お祭り騒ぎなどという無駄なことのために、なぜこんなに労力を使う連中が多いのか。


 タナリスの神殿は、ペタの街の中央通り沿いにある。けっして規模は大きくないが、タナリスの目にかなうほどの知識人など、そうそういない。この規模で正解なのだ。

 私は受付で、面会を願い出た。

 そして待つこと数十分。ここの責任者でもあるタナリスの神官が現れた。

 挨拶が終わるや、私は単刀直入に、本題に移った。


「神官様。私が魔法の言葉を研究していることは、ご存知と思います。どうしても意味の解らない言葉に行き当たり、お知恵を拝借したく、参りました」

「敬虔なるタナリスの使徒にして、賢者たるバーダイク殿。その言葉とは?」

「ケノーバ・ゲシャン・ヒベ……という言葉です」

「んん? なんですと?」

「ケノーバ・ゲシャン・ヒベ」

「ケノーバ……ゲシャン……ヒベ……?」

「ご存知ありませんか? これは冒険者に正当なる対価を払って受け取った、魔法の言葉なのですが」


 神官どもは、情報に対価を払うことの重要性を説くが、私はそんなことは知ったことではない。無知で無為に日々を過ごす連中に、貨幣の対価などとんでもない。

 だが、対価を「払った」と私がいえば、神官には確認する方法もないだろう。


 神官は、しばらくその言葉を口の中で繰り返し、やがて、ハッと、何かに気が付いたような顔をする。


「神官様。いかがなさいましたか?」

「バーダイク殿。先ほど、冒険者からこの言葉を受け取ったとおっしゃいましたが、(まこと)ですかな?」


 神官は冷や汗を滝のように流している。平静を装っているが、何か恐ろしいものに触れたような、こわばった表情で、私を見た。


「はい、冒険者の名前は教えられませんし、金額も伏せますが、確かに」

「その冒険者は、恐ろしい奴かもしれません。以後、二度と近づいてはなりませんよ」

「なんですって?」


 どういうことだ?

 この神官の驚きようはどうだ? 触れてはならない知識に触れたとでもいうのか?


「神官様、それでは、この言葉は異界の邪神の罠なのでしょうか?」

「知ろうとしてはなりません!」神官はぴしゃりと言った。「いいですか、この言葉の真意を知ろうなどと考えてはなりません! 冒険者に払ってしまったお金は勉強代として諦めなさい。この言葉から、魔法を探そうなどと考えないように! この世には知らぬ方がよいことがあるのです!」

「え?……はぁ」

「いいですね? 知ろうとしてはいけませんよ!」


 それ以上、神官は何も教えてはくれなかった。遠回しな言い方で退出を求められたので、私は神殿を辞するしかなかった。


 結局、肝心な言葉の内容については何もわからないままだ。

 だが神官の態度は異常だった。何かこの言葉には、深淵の神の力が封じられているのかもしれない。

 しばしば魔法使いギルドは、危険すぎる魔法を発見すると、その魔法を知る者を尽く逮捕して記憶を消去する処置にでる。

 ケノーバ・ゲシャン・ヒベ。この言葉も、それに値するほどに危険なものなのではないか。


 私はほくそ笑んだ。

 そうだ。そういう言葉こそ、解析のしがいがある。

 なに、聡明な私ならば、異界の邪神も、魔王をも(あざむ)いて力だけを引き出して見せる。


 ククククク。

 知らぬうちに、笑いが口から漏れる。


 それが、身の破滅に繋がろうとは、その時の私は考えていなかった。


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