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ギルド壊滅五日前

 気に入らない。ああ気に入らない。クソ冒険者どもめ。

 私は酒場のカウンター席で、一人、酒をすすりながら毒づいた。


 私の名はバーダイク。

 ペタの街の連中からは、蛇の賢者などと呼ばれている。

 そう、私は知識の神にして蛇の王・タナリスを信仰し、またタナリスの大神官からも認定を受けている偉大な賢者なのだ。

 外出のときは、常に賢者の証となる紋章の入ったメダルを首に下げ、艶のある自慢の黒髪にしっかりと櫛を入れて、シミ一つない清潔な上着を羽織り、優雅な足取りで歩む。


 格式が高いのだ。


 ペタの街で幅を利かせている「耳の賢者」とかいう奴は、冒険者と同じような服装で走り回り、下賤(げせん)の者にまで頭を下げて知識を乞うという。

 まったく見すぼらしい。

 ああいうのが賢者を名乗るとは世も末だ。


 ああいうマガイモノと私は違うのだ。


 だのに、ペタの街の連中は、出自も定かではない「耳の賢者」を信頼し、権威ある私に対しては敬意を払おうともしない。

 古代遺跡を荒らしまわる「冒険者」とか呼ばれる連中は、特に不愉快だ。

 私は慈悲深い。なにしろ、私の偉大な研究のために、愚民どもにも貢献させてやろうと思っているのだから。

 しかし冒険者どもは、それを理解しようとしない。

 連中が古代遺跡で手に入れた知識や遺物を提供するように求めても、冷淡な態度が返ってくる。

 口を開けば「いくら払ってくれるのか?」と、金の話しかしない。

 まったくもって愚鈍で下劣な連中なのだ。


 だが、古代遺跡を私が自力で調査する、というわけにはいかない。

 遺跡やダンジョンの調査と遺物の回収を、一手に引き受けているのが、冒険者ギルドだ。

 奴らは、皇帝や魔術師のギルドと取引をして、独占権を認められている。


 たとえ正式な称号を受けた賢者といえども、冒険者ギルドの認可を受けずに古代遺跡に潜ることはできないのだ。


 今日も今日とて、ダンジョンから戻ってきた冒険者と交渉を試みたが、無駄に終わった。奴らは目ぼしい遺物を手に入れると、すぐにあの忌々しい「耳の賢者」の元へ鑑定に向かってしまう。それを呼び止めたところで、私の提示した金額には見向きもしない。


 いくら、私の格式の高さを見せつけても、賢者の仕事に奉仕することの社会的意義を説いても、なしのつぶてだ。今日も、私が声をかけた男は、ペタのダンジョンから古の魔法のスクロールを持ち帰っていた。この中身がわかれば、少なからぬ収穫があっただろうに。


 ああクソ冒険者めが。愚かな「耳の賢者」めが。


 そんなわけで、ここでヤケ酒を煽っている次第だ。

 この酒場は、冒険者ギルドのすぐ向かいにあるため、奴らのたまり場になっている。

 酒も、料理も、量は多いが味の繊細さには欠けている。冒険者らしい下品な店だ。だが唯一、混ぜ物をしていないワインが安く飲めることだけは取り柄といっていいだろう。


 私はワインをすすり、聞き耳を立てた。ここに来たのは、酒のためだけではない。

 この店を何度か利用して知ったことだが、冒険者という奴らは自分の冒険をやたらと周囲に自慢気に話してしまう。しかも、しばしば遺物の知識や魔法の言葉について、無頓着(むとんちゃく)であった。


 ダンジョンの壁に、何か文字が刻まれていたとしよう。

 それを、何者が何の目的で書いたのかなど、冒険者などには理解できようはずもない。

 その言葉が、どこかの扉を開ける合言葉という可能性も有り得るが、もっとありそうなのは、言葉自体が罠で、うっかり発音すると災いが降りかかることだ。


 現世への侵攻を試みる「異界の邪神」は多数いるという。

 奴らは、現世の人間に自分を召喚させるために、役に立つ魔法の呪文に混ぜて自分の名前を発音させようとするのだ。

 古代人は魔法と呪いを使いすぎて、最終的に、現在「魔王」と呼ばれる異界の神を現世に呼び出し、滅びた。そのきっかけも、罠の仕掛けられた魔法の呪文が広まってしまったからだという。


 だが、そうした言葉こそが、私にとっては研究の対象である。魔力のこもった言葉を集め、解析してどのような意味があるのかを突き止めて、新たな魔法を作り上げる。

 これが私の仕事なのだ。


 どこかに目ぼしい冒険者の集団はいないものか。

 つい最近、冒険から戻ってきて、何か自慢話をしたくてしょうがないような連中はいないか。

 私が何気なく酒場を見渡すと、入り口のドアが開いて、数人の男女が入ってきた。いかにもな服装、真新しい傷のついた鎧。

 見覚えのある奴らだと思ったが、あれはさっき、私の求めを拒否した冒険者どもじゃないか。


 私は慌てて目を逸らし、そして、悟られないように、奴らを目で追った。

 メンバーの大半が若い。まだ二十代だろう。人数は五人。奴らはへらへらと軽薄に笑いながら、店の中央にある丸テーブルに陣取った。

「おやじー! 酒と食い物! 金はあるからどんどん持ってきて!」

 リーダーらしき背の高い、金髪の男が主人に声をかけた。こいつらはこの店の常連でもあるのだろう。店の主人は、必要な酒と料理がすぐにわかったようで、ただちにウェイトレスと厨房の料理人に指示を出す。これから酒盛りというわけか。


「耳の賢者」は、奴らにけっこうな報酬を払ったのだろう。まったく、奴の資金源はなんなんだ。

 ワインをちびちび飲みながら様子をうかがっていると、丸テーブルに他の冒険者たちが集まってきた。彼らは乾杯をして、雑談を始める。

 なんでも、あの金髪の男が率いる冒険者のパーティーは、ペタの街のダンジョンの地下5階の踏破に成功したのだという。


 ペタの街のダンジョンというのは、この街の近郊にある有名な地下迷宮だ。


 ダンジョンとは、かつて古代人が作り上げた自動機械であり、内部では魔法のアーキテクチャが自動的に生産され、配置されている。それを侵入者から守るために、迷宮のような構造になっており、各所に罠があり、番人となる怪物たちが徘徊している。


 かつては、ダンジョンの心臓部に潜む「ダンジョンマスター」と呼ばれる人造人間(ホムンクルス)を殺害して、ダンジョンを閉鎖することが冒険者の役目だった。

 しかし、管理人であるマスターが死亡したダンジョンは、それ以後何の宝も産出しない、空の迷宮になってしまうのだ。

 これでは商売が上がったりだ。

 そういうわけで、ここ五十年ほどの冒険者はダンジョンを生かさず殺さずの状態で維持するようになった。


 とはいえ、ダンジョンマスターが危険な存在であることに変わりはなく、彼らがダンジョン内に配置する物体は――それがモンスターであれ、魔法のアーキテクチャであれ――なんらかの悪意が背後にあるという。

 だからこそ危険であり、だからこそ有用なのだ。


 金髪男のところに、次々と他の冒険者がやってくる。乾杯と祝福の声。そして、今回の冒険で何があったのかの話題になっている。さてさて、このあたりからは、よく聞いておかなければ。奴が持ち帰った古の魔法が何なのか、その正体を突き止めなければ。


 私は自分の酒を手にして、こっそりとテーブルを移動し、連中の視界から外れていて、なおかつ、話が良く聞こえそうな席に座った。

 連中に背中を向けて座るかっこうになったので、誰が誰に話している内容かはわからないが、重要そうな情報を知るのに不都合はないだろう。


 連中の冒険談は、ときおり雑談とウンチク話、自慢話、それにパーティー内の男女のノロケ話で中断する。聞いているとイライラしてくるが、必要な情報を得るまで我慢しなければ。


 断片的な話を総合すると、金髪のパーティーはペタのダンジョン五階にいた番人を倒したようだ。

 あんな軽薄な笑いを浮かべた青二才に倒されるとは、その番人とやらは弱かったか、それとも、よほど金髪男が幸運だったのだろう。

 そうして、その住処から回収してきた財宝の中に、あのスクロールが混じっていたという。それが「耳の賢者」にとっては価値の高いものだったようで、金髪男が買取を頼むと、相当量の金貨を支払ってくれたようだ。


 欲しい。スクロールが欲しい。呪文の言葉が欲しい。断片でも手に入れれば、内容を類推する手がかりになるのだが。


「あっれぇ?」

 金髪男の声がする。酔いのせいだろうか、ろれつが回っていない。

 なんだ、何が起きたんだ?

「そこにいらっしゃるのは、蛇の賢者様じゃあありませんかー?」


 しまった。バレたか。

 私は観念して後ろを振り返る。

 なに、別に法律に触れるようなことをしてたわけじゃない。ただ、話に耳を傾けていただけだ。

 冒険者どもが、不審者を見るような目で私を見る。

 いや、不審者というより、珍獣を見るような目かもしれない。

 私は不愉快だったが、そもそもこんな無学なやつらに私の研究が理解できようはずもない。奴らの態度は、無知が故なのだ。ここは、威厳を保ちつつ格の違いを見せつけてやらなければ。


「やぁ、いかにも私は蛇の賢者・バーダイクだ。知識の神にして蛇の王・タナリスに愛された賢者である」

 私は前髪をかき上げ、顎を上方15度に傾けてそう言った。鏡の前で何度も練習したのだ。これは、私がもっともカッコよく見える角度、カッコよく見える仕草だ。


「あー、こいつ、私知ってるー!」

 冒険者どもの一人、派手な服装の魔女が、不愉快そうな顔で私を指差した。

「こいつー、あたしたち冒険者のことを『下賤(げせん)』とか『下劣』とかいって見下してた奴じゃなかった?」

 その言葉に触発されたのか、他の冒険者どもが次々に私に関するあらぬ噂をささやきはじめた。

「あ、そういえば、こんな人いましたね。話が長いばかりで要領を得なくて、しかも、無料で冒険の成果を渡せとか言い出す人ですよね?」

「そーそー」

「あー、あいつかー。賢者とか何とか言ってるけど、ただの寸尺詐欺師(すんしゃくさぎし)だよねー?」


「な、なんだと?」

 詐欺師と言われて、普段は冷静沈着で礼儀正しいこの私も、頭に血が上った。

「偉大なるタナリスの賢者を捕まえて、詐欺師だと? ふざけおって。私の目的は新たなる魔法を開発して、それを広めることなのだ! 一つの魔法が生み出され、世界の真理がまた一つ明らかになるのだ! お前たちのやってることは何だ? せっかく手に入れた古代の英知の結晶を金に替えて、それを飲み食いするだけだろうが?」


 しかし、恥を知らない冒険者どもには、反省の色などなかった。


「飲み食いすることの何が悪いのよー? 生きていくには食べないとねー」

「耳の賢者さんも言ってましたよ。たっぷり稼いでたっぷり使えって。金は世界の血液だから、稼いで使って巡らせれば、みんな幸せになれるって」

「だいたい、あんただって作った魔法を無料で配布するわけじゃないだろ? 自分は金取るくせに他人にはタダ働きしろなんて、虫のいい話して恥ずかしくねえのか?」


『ええい、下賤(げせん)な冒険者のくせに、知った風な口を利きおって! 私の偉大さが理解できないくせに!』


 私は心の中で叫んだ。そうだ。私は正しい。こんな奴らが私に反論するなど、信じられない! あり得ないことなのだ!

 すべては、耳の賢者の奴が、いらぬ知恵を付けたのが悪い!


「ほら! 言ったぞ。聞いたな? コイツ、また俺たちのことを下賤(げせん)な冒険者と言いやがったぞ?」

「サイテー」


 冒険者どもが怒っている。

 しまった、心の中で叫んだつもりが、うっかり口に出してしまった。

 店内にいる冒険者どもの全員が、私を冷ややかな目で見ている。

 痛い。視線が痛い。

 ああ、タナリスよ、奴らに天罰を!


「ふ、ふ……不愉快な店だ。二度と来るものか!」

 私はワインを飲み干して、音を立ててグラスを置くと、奴らに背中を向けた。

 くそっ、見てろよ。いつかこいつらに吠え面をかかせてやる。

 店を去ろうと足を踏み出したところで、後ろから金髪男の声がした。


「待て待て、蛇の賢者さん。俺の連れが失礼な口を利いてしまったなぁ。申し訳ない。謝るよ。このとおり!」

 向き直ってみると、金髪男が頭を下げていた。

 他の冒険者たちは、金髪男に、何か信じられないものを見るかのような視線を向けている。

 フン。この男は、自分と私の差を理解できる程度の知性はあったようだ。


「蛇の賢者さん。あんたは、呪文の言葉を知りたいんだって? 魔法のスクロールに書かれていた言葉を俺は知ってる。だが、無学な俺にはまったく意味がわからない。あんたなら、そこに秘められた魔力を引き出せるかもしれない。詫びの代わりに、そいつを無料で教えてやるよ。それで手打ちにしてくれないか?」


 何? 魔力のこもった言葉だと?

 私は威厳を見せつけようと、前髪を払い、金髪男にうながした。

「よろしい。拝聴させていただく。教えてくれたまえ」

 金髪男は咳払いを一つすると、ゆっくりと、こんな言葉をつむぎ出した。


「ケノーバ・ゲシャン・ヒベ」


「ケノーバ・ゲシャン・ヒベ……だと。それが魔法の言葉かね?」

 私は大仰(おおぎょう)にうなずいて、金髪男に確認する。

 金髪男はコクリと首を縦に振った。


 よし。この言葉さえ聞いてしまえば、もうコイツらに用事はない。

 私は笑いを噛み殺し、さも感謝しているような表情を作った。


「確かに、受け取った。汝の知識への献身は、タナリスもお喜びになるであろう。今後は君のために、タナリスに捧げる祈りの言葉を増やすとしよう」

「はい、それはありがとうございます」

 金髪男は赤ら顔に笑みを浮かべて、一礼した。フフン。恐れ入ったか。


 なにか言いたそうにしている冒険者どもに背中を向け、私は酒場を出た。


 よし。不快な思いこそしたが、結果をみれば私の威厳が冒険者どもを圧倒したのだ。私は意気揚々と自分の研究室へ向かった。



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