ep.04
「爆、頼む!匿ってくれ!」
「え?――うん?」
疑問を返したつもりだったが、彼は同意したと思ったようで転がり込むように玄関口になだれ込んできた。
そのまますぐに家の鍵を閉めてやっと安心したのか扉を背に座り込む。
「いやあ助かったわ、マジで助かった」
「今度は何?前にも危ないことはするなって言ったじゃん」
ヴィンスもグロリアに負けず劣らずの自由だよね――と続けると、それは勘弁してくれというように彼は肩をすくめた。
実は彼がこうやって逃げているのを見るのは初めてではない。
話してみると意外と面倒見の良い彼だが、実際はスリなどの犯罪行為も仲間としていることがあるらしい。
俺やグロリアにはそのようなところを直接的には見せないが、こうして匿うことは今までも度々あった。
「大したことじゃねえよ――それよりこんな気軽にここに来るようになるなんてなァ」
露骨に話逸らしやがったこいつ。
あの泣いてしまった日からヴィンスもグロリアも街で見かけるとすぐに声を掛けてくれるようになった。
こちらにはスマホみたいな便利な連絡ツールはないので、それだけがただただ不便だ。
「グロリアも同じようなこと言ってたけど、ほんとツィアさんは普通にいい人だよ」
「いやそれがもう驚きなんだわ」
近所の人からの印象も大概悪かったが、どうやらツィアさんの印象は街ぐるみで良くないことを二人の反応で知った。
巷ではどうやら魔女だと言われてるらしい。
とはいえこの世界で魔女――というより魔法を使える人間、というのはそんなに珍しくないのだ。
しかしそれでも怪しい人達への蔑称として使われることが多くあるのだという。
確かに一緒に住んでいても彼女の生活は謎だし、人と関わるのが苦手なのは確かだろうが、他は至って普通の人と変わらない。
きっと誰かが流した適当な噂が一人歩きしているのだろう。
「やってることだけでいったら多分ヴィンスの方がやべえ奴だよ」
「あーあー聞こえね聞こえね」
耳を塞ぎながら聞こえないアピールをするヴィンスの手を引きはがそうとするも、力ではやはり敵わない。
はた、と壁に掛かっている時計が目に入る。
「やば、グロリアとの待ち合わせの時間だ!ヴィンスも来るよね」
「いや行かねえよ?なんであいつと会うなら俺もみたいになってんだ」
とまあ今度はこっちがそんな言葉は聞こえないとでもいうかのような顔で彼の腕を引く。
前に大泣きしてしまったからだろうか、短い付き合いだがこうして引く腕を彼は一度も振り払ったことはない。
「あー爆おっそーい!あっ ヴィンスも来たの、相変わらず私のこと大好きだね!」
「好きじゃねえわ、爆がお前に巻き込まれないようにしに来たんだよ」
今となってはいつもの、と言える酒場で挨拶を交わす。
常連ともグロリアのコミュニケーション能力のおかげですでに全員知り合いだし、マスターも話してみると普通にいい人だった。
ツィアさんのこともそうだが見た目や風評だけで判断してはいけないと思わされたいい例だ。
しかしこんなところに出入りしているなんて多分これがツィアさんにバレたら怒られるんだろうなあ。
あの人は適当そうに見えて実はこういうことには厳しいのだ。
どうやらツィアさんは少々過保護な面があるらしい。
初めてヴィンスがうちに来たときにも、彼の良くない話を知っていたツィアさんから本当に心配された。
まあそれと全く同じ心配をツィアさんのことでグロリアやヴィンスにもされたわけだが。
「そういや聞いた?メイガスト公国で魔物の襲撃があったらしいよ」
「あそこ軍事弱いからなァ、その点うちは平和すぎて逆につまんねえよ」
「~~ッ!」
突然のファンタジー要素にテンションが上がったところで、口から零れかけた感嘆を飲み込む。
魔物ってホントにいるんだ――ってここで喜んでしまっては不謹慎だ。
しかしこういう現代日本では非日常的な内容の話を聞くと自分が異世界にいるのだと改めて実感する。
「へ、平和に越したことないじゃん?」
思ったより動揺していたらしく心を隠し切れず声が裏返ってしまい、グロリアがにやにやとこちらを見た。
「なあに今の~!絶対何か違うこと考えてたでしょ!」
「いやあ その~そんな大したことじゃなくて、」
「いいじゃんいいじゃん、ほら言うてみ?」
両肘をつきながらにこにこ笑うグロリア、エールを飲みながら呆れた顔をするヴィンスはとても対照的だ。
流石にこれは言っていいものか。
ていうか何よりここでファンタジー作品が好きで――なんて言っても伝わるのだろうか。
「ええと 実は物語が好きでさ、特にこう……冒険とか魔法とか勇者とかそういうのが出てくる感じの、」
「あー私も好きだよ!お姫様が魔物に攫われてそれを勇者様が助け出すとか、宝物を探して大冒険とか!」
「そ、そうそう!俺今まであんまり魔法使える人とか魔物が出るとか身近になかったからそういう物語好きでさ」
「それで魔物からそういう冒険ものの作品が浮かんだわけだ」
だけど不謹慎じゃん、と続けると2人とも顔を見合わせてうつむく。
「まあ確かにねえ、あくまで物語だから楽しいものだし」
それはまあ当然のことで、自分が渦中にいるとなったらそれはまた別問題だ。
なにせ自分の生き死にがかかっている状況で楽しめるほど肝が据わってはいない。
黙ってしまった2人を見てやっぱり良くない話題を出してしまったと後悔する。
「……逆に言うとさ、物語の中でなら楽しいわけだよね?」
「あ?あー……そうなんじゃね」
「じゃあさ 作っちゃえばいいんじゃない?夢と魔法と冒険のスペクタクルファンタジー!」
「……は?」
作る?何を?――意図が分からなくて思わずヴィンスの方を見ると同じように困惑した顔があった。
いまいち俺達が理解していないのに気付いていないのか、それとも見ないことにしているのかグロリアは楽しそうに話し続ける。
仕舞いにはマスターからもらってきた紙に狂気みたいな絵を描き出す始末だ。
「待て待て待て、俺らが理解する前に狂気を生み出すな」
「え 狂気って何!?どうみても可愛い可愛い使い魔ちゃんでしょ、よく見て!」
「やめろ目が合う!どう考えてもこれは魔物なんだよ!」
彼女の突拍子のない話によると自分達で物語みたいな冒険ができるようにしちゃおうということだった。
舞台を作ってそこにアイテムを散りばめて魔物と戦って最後は魔王を倒して攫われたお姫様を助ける。
どう考えても俺達にそんな大それたことが出来るとは思えない。
「こつこつ作ればいけるよ、協力者集めてさ!何人か当てだってあるし!」
「ゲームじゃないんだから、俺人が死ぬのは無理だよ」
「一定数のダメージを負ったら舞台から追い出すようにして……とかはどう!?」
「それどうやってすんだよ」
「これから考える!」
「こんな遊びのためにお姫様まで巻き込めないよ」
今までぽんぽんと楽観的な答えが返ってきていたのに突然グロリアが黙り込んだ。
そして嫌に神妙な顔をして俺達を手招きするので、2人で目配せしつつ素直に耳を寄せる。
「実はね、私がこの国のお姫様なの」
突然の暴露に嘘だろ、と反射的に言葉が出る。
しかしヴィンスには心当たりがあったようではくはくと何か言いたそうに口を動かすも言葉は出てきていなかった。
そんな反応のなかで本人だけが攫われる側がグルならいける、と悪戯が成功した子供みたいな笑顔で笑っていた。
なんだこのカオスな状況は。
そう思っていると今まで黙っていたヴィンスが勢い良く立ち上がる。
「お、お前……!!よくそれでいつもあんな不用心なことができたな!!!!」
今まで聞いたことのないような大声で叫び頭を抱えるヴィンスを、俺は宥めることしかできなかった。